時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百五十六)

2011-03-06 06:09:32 | 蒲殿春秋
その日藤原範季邸は正室教子の采配によって綺麗に整えられた。
邸の中は掃き清められ、几帳などの調度品は夏に向かう季節にふさわしいさわやかなものが設えられた。
庭にではこれも教子が日々手入れさせている木々が雨にぬれてしとやかな雰囲気を醸し出している。
そして心づくしの膳部が支度されようとしていた。

やがて、その邸に源範頼が現れた。
範頼も初夏を感じさせる狩衣を着して現れたが、その背後にいる当麻太郎はいかつい巨体を震わせながら目を光らせて主に従っている。

範頼は寝殿に通された。
久々に見る範季の邸の寝殿である。
若き日々は当たり前のように出入りしていた場所である。
養父との間に様々な思い出のあるところである。

養父が現れるまでその場を見回した。

やがて、養父範季が現れる。養父はずかっと腰を下ろした。
そして養父の背後にある御簾の中にも人影が現れる。
御簾のから女ものの衣が毀れる。その御簾の奥から一瞬強い敵意を感じたがそれはすぐに消えた。

範頼は両者に礼をした。

範季はしばらく押し黙っている。
が、やがて
「六郎よう参った。」
という。
範頼は
「お言葉に甘え参上いたしました。」
と答える。

範季はためらいながら背後をみやり言葉を出す。
「これが六郎じゃ。」
御簾の奥でうなずいた気配がする。

そしてさらに言葉を重くしながら範季は言う。
「六郎、これが、その、あの、なんというかわしの・・・・・
北の方じゃ。」

すると御簾の側に控えていた女房が言葉を発する。
「北の方さまの仰せです。六郎殿よく参られました。
私が前陸奥守(範季)の室です。どうぞよしなに、とのことです。」
女房から言われた範頼も答える。
「私が蒲冠者でございます。私の方こそ宜しくお願い申し上げます。」

頭を下げた範頼は御簾を見つめ、御簾からも範頼に対して視線を送っているのが読み取れる。

その後無言がこの寝殿を支配した。
梅雨時のじっとりと暑さを含んだ空気の中、この場は重苦しさに包まれようとしていた。

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