藤原範季はある日妻に切り出した。
久々に姉の所に行かぬか、と。範季の妻教子の姉たちは都のしかるべき家に嫁いでいる。
ことに教子は土御門通親の妻となっている姉とはしきりに行き来がある。
妻は怪訝な顔をした。
夫がそのような言葉を言うことはめったになかったからである。
しばらくして妻は夫に問いかけた。
「私がこの邸にいると何か殿にとって都合の悪いことがあるのですか?」
範季は答えに詰まった。
妻は強い疑惑の目で夫を見つめる。
「私はこの家の主婦です。殿と共に高倉家の家政を取り仕切る立場にあります。
その私がこの邸の中で起きることに知らぬことが一つでもあってはならないのです。」
━━ 全く・・・・
この妻の鋭さには常に驚かされる。我が娘よりも若い妻になぜこのように圧されるのか・・・
「そなたの仇がこの邸を訪れる。」
「・・・・仇?」
「我が猶子の蒲冠者がな。」
教子の瞳の奥が一瞬鋭く光った。
蒲冠者ーーー即ち源範頼は教子にとっては究極の仇である。
一の谷まで進出した平家は鎌倉勢を主力とする軍勢に討ち取られた。
その鎌倉勢の大手を率いていたのがこの蒲冠者範頼なのである。
しかも範子の兄平通盛を討ち取ったのも範頼の手のものなのである。
その兄の死がまた一つの悲劇を起した。
当時懐妊中であった兄の妻の小宰相が夫の後を追って命を絶った・・・・・
範頼が、兄、兄の妻、そして生まれるはずだった兄の子の命を奪ったのである。
さらにこの一の谷の戦いによって平家の帰京の望みが遠ざかった。
教子は静かに息を整えた。
「殿、わかりました。
蒲冠者は殿にとっては大切なご猶子です。
どうぞこの邸にお呼び下さい。よろしければ何日か逗留して下さっても構いませぬ。」
教子は静かに範季を見つめた。
「されど、一つだけ条件がございます。」
「!!!!!」
「私は、この家の主婦です。殿が客人を迎えるならば私みずから客人をもてなさねばなりませぬ。
ましてや蒲冠者は殿のご猶子です。殿のお子です。ならば蒲冠者は私の子でもあります。
私が蒲冠者をもてなします。この家の主婦として、蒲冠者の母として。」
教子は凛として夫に向かった言い放った。
夫藤原範季はこの若い妻を唖然として見つめた。
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久々に姉の所に行かぬか、と。範季の妻教子の姉たちは都のしかるべき家に嫁いでいる。
ことに教子は土御門通親の妻となっている姉とはしきりに行き来がある。
妻は怪訝な顔をした。
夫がそのような言葉を言うことはめったになかったからである。
しばらくして妻は夫に問いかけた。
「私がこの邸にいると何か殿にとって都合の悪いことがあるのですか?」
範季は答えに詰まった。
妻は強い疑惑の目で夫を見つめる。
「私はこの家の主婦です。殿と共に高倉家の家政を取り仕切る立場にあります。
その私がこの邸の中で起きることに知らぬことが一つでもあってはならないのです。」
━━ 全く・・・・
この妻の鋭さには常に驚かされる。我が娘よりも若い妻になぜこのように圧されるのか・・・
「そなたの仇がこの邸を訪れる。」
「・・・・仇?」
「我が猶子の蒲冠者がな。」
教子の瞳の奥が一瞬鋭く光った。
蒲冠者ーーー即ち源範頼は教子にとっては究極の仇である。
一の谷まで進出した平家は鎌倉勢を主力とする軍勢に討ち取られた。
その鎌倉勢の大手を率いていたのがこの蒲冠者範頼なのである。
しかも範子の兄平通盛を討ち取ったのも範頼の手のものなのである。
その兄の死がまた一つの悲劇を起した。
当時懐妊中であった兄の妻の小宰相が夫の後を追って命を絶った・・・・・
範頼が、兄、兄の妻、そして生まれるはずだった兄の子の命を奪ったのである。
さらにこの一の谷の戦いによって平家の帰京の望みが遠ざかった。
教子は静かに息を整えた。
「殿、わかりました。
蒲冠者は殿にとっては大切なご猶子です。
どうぞこの邸にお呼び下さい。よろしければ何日か逗留して下さっても構いませぬ。」
教子は静かに範季を見つめた。
「されど、一つだけ条件がございます。」
「!!!!!」
「私は、この家の主婦です。殿が客人を迎えるならば私みずから客人をもてなさねばなりませぬ。
ましてや蒲冠者は殿のご猶子です。殿のお子です。ならば蒲冠者は私の子でもあります。
私が蒲冠者をもてなします。この家の主婦として、蒲冠者の母として。」
教子は凛として夫に向かった言い放った。
夫藤原範季はこの若い妻を唖然として見つめた。
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