時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

用語解説について

2006-06-03 17:45:56 | 用語解説
現在と時代がちがいますし、歴史小説の中でも比較的マイナーな時代なので
「必要かもしれない」と思って作成しました。

ただしこれは、素人が自分の知識において作成したものです。

用語解説 ラ行

2006-06-03 17:41:25 | 用語解説
流刑(るけい)
律令で定められた五つの刑罰(苔、杖、徒、流、死)のうち2番目に重い刑罰。
流刑地に追放され、そこの国衙の監視下に置かれる。
律令では「労役」も義務づけられていたようだが、実態はよくわからない。
罪の程度によって近流、中流、遠流にわかれる。(遠流が一番重い)
流刑先は「国」に割り当てられ、どこに居住するかは国衙の判断にゆだねられたらしい。
また、流刑先は「島」とは限らず遠流でも陸続きの場所も多い。
江戸時代のように拘留場所が指定されている「島流し」とは少し趣が違うようである。

用語解説 マ行

2006-06-03 17:33:31 | 用語解説
乳母(めのと)
あるていど身分のある家の所に生まれたこどもには「乳母」がつきます。
乳母は母親よりも密着して子供を育てています。
乳母にも色々いて、本当に授乳をする乳母から、授乳はしないけれども養育に専念するもの、有る程度子供が大きくなってから必要に応じて付けられる乳母もいます。
育てた子供(養君)が大きくなると、その側近として乳母やその家族が活躍するようになります。

目代(もくだい)
国守は本来任国に下ってその国を治めるのであるが
平安後期の院政期になると本人は任国へ赴かず
代理の者を任国に送ることが多くなった。
その代理のものを国守の目代わりということで「目代」と呼んだ。
目代は職務に応じて複数の人間が送られることも多かったらしい。
その中でも「公文目代」が一番権限が大きかったとも考えられている。

用語解説 ナ行

2006-06-03 16:56:18 | 用語解説
女院(にょいん)
上皇並みの権限や待遇を有する女性。
位階を授ける権利や朝廷の官職への斡旋権などがあり
それを求めて多くの廷臣がつてを頼って女院のもとに伺候した。
仕える女房は官位を有する人物の関係者が多く女房自身も所領を持ち
それが女院の所領形成の一角を担っていたとも考えられる。
女院には
元皇后中宮(待賢門院、高陽院、皇嘉門院、九条院、高松院、建礼門院)
天皇の生母(美福門院、建春門院)
特定の皇女(上西門院、八条院)
などがいたが
皇女系の女院に荘園の集中の傾向がみられる。
なお、待賢門院、建礼門院は天皇の生母でもあり、
美福門院、建春門院、上西門院はいったん立后されてから女院となっている。

女房(にょうぼう)
天皇、院、女院、摂関家などに仕える女性。
高貴の人に近侍し要件をとりついだり
一定の政治行為を行ったりする。
身分によって上臈、中臈、下臈に分けれられるが近親男性が貴族身分を
有している場合がほとんどである。
彼女達は歌、絵画などの当時の文化の担い手でもあった。
なお、「女官」「官女」は彼女達より一段格下と見られている。



用語解説 タ行

2006-06-03 15:58:10 | 用語解説
知行国(ちぎょうこく) 院政の時代になると、
 特定の国の国司をある一定の人物が推薦するようになります。
 そのような国を知行国といい
 推薦権を持つ人を知行国主と呼びます。

治天の君
 上皇・法皇の中でも「院政」をしくことができるその時代の唯一の上皇・法皇
 現在の天皇が自分の直系の子孫であることが必要絶対条件だった。
 この治天の君が「自分の子孫のうち誰を天皇につけるか」を決めることのできる
 唯一の存在だった。
 保元の乱の原因の一つに、「自分の子孫の即位」(自分が院政を敷く権利)をめぐる
 崇徳上皇と後白河天皇の争いもあった。
 なお、平安末期から鎌倉初期にかけての治天の君は

 白河 (天皇 堀川・鳥羽・崇徳)
 鳥羽 (天皇 崇徳・近衛・後白河)
 後白河 (天皇 二条・高倉・安徳・後鳥羽)
 後鳥羽 (天皇 土御門・順徳・仲恭)

 と続いていた。 
 

用語解説 サ行

2006-06-03 15:57:51 | 用語解説
在庁官人
 各国の国衙において国守または目代の下で実際に行政を行っていた現地の官人。
 現地の有力者が多い。
 世襲になる場合が多いが、ここのポストを抑えると現地では絶大な影響力や
 同族に対する支配権が確立するのでこの地位を巡るお家騒動もあったらしい。


荘園  
 都の実力者に土地を寄進すると
 国衙から課される税が免除になったり、
 その土地への国司の立ち入りを拒否することができるようになります。
 (もちろん土地の所有者への税は別途発生します)
 そのような土地のことを荘園と呼びます。
 荘園は本所(皇族、摂関家、大寺社)
    領家・預所(中級貴族)
    下司・荘司(在地管理者)
にそれぞれ権利があり、一つの土地に沢山の所有者が存在するという
 複雑な関係になっています。
 また、国衙側がその土地を「荘園」と認めない境界線を巡る争いなどのトラブル
 もしょっちゅう発生していたようです。

 ちなみに、荘園の大量発生期は白河院(後期)、鳥羽院が院政を執っていた時期
 だったようです。
  
 

受領(ずりょう) 国守(こくしゅ)の項をご参照ください。

摂関家(せっかんけ) 摂政と関白を出す家柄。
 藤原道長 頼通の直系の子孫の家だが
 後に基通と兼実の子孫から五摂家が成立する。

摂政(せっしょう) 天皇の政務の代行者で天皇が幼少の場合「摂政」と呼ぶ。
 天皇の代行者なので、現在の閣議にあたる「陣定」には出席できないが
 皇族以外の人臣でなれる最高の地位である。
 従来は天皇の外戚が就任していたが、院政の時代になると外戚であるかどうかに
 関わらず藤原摂関家の世襲となっていた。
 院政の時代になっても、院の意向は天皇の採決という形をとらなければ
 有効にならなかったので、摂政関白は必要不可欠な存在であった。


 


用語解説 カ行

2006-06-03 15:57:40 | 用語解説
官位(かんい) 
 官職と位階を合わせていう。
 くわしくは「官位について」
 ならびに「官位についての補足図」

 をご参照ください

国(くに)  朝廷は全国を「国」にわけて支配していました。 
 「国」の面積は現在の都道府県を大体3分の1位に分割したものが
 多かったようです。
 国には国府(国衙)がおかれ、中央から国司が派遣されて
 地方行政がまかされていました。 

元服(げんぷく)
 当時の男子の成人式のようなもの。
 これを行うと成人男性とみなされる。
 大体10代前半に行われたが、高官の息子は5歳頃に元服する。
 それまでポニーテール状に結わえていた髪型から
 頭の後方で結わえて「烏帽子」をつける。
 衣服も子供のものから大人の者に変更する。
 なまえも「童名」から正式名を名乗ることになる。
 (例 千幡→源実朝)

国衙(こくが) 各「国」の役所や役所組織。
 現在でいうところの「県庁」や「県庁組織」のようなものです。

国司(こくし)
 地方行政を推進するため朝廷から派遣される役人。
 守(長官)・介(次官)・掾(三等官)・目(四等官)の4ランクに別れる

国守(こくしゅ) 国司の中でも守をさす。(親王任国の場合は介)
 現在の知事のようなもの。(ただし、現地の民選ではなく中央からの派遣です)
 「受領」(ずりょう)ともいいます。
 ちなみに、最大のお仕事は「現地の税を都に納入すること」で
(もちろん他のお仕事もきちんとしなければなりませんが)
 規定の分を納入したら徴収した税金は自分の懐に収めてもOKでした。
 その為、一回国守に任じられると膨大な冨を蓄えることができたようです。