星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

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天使が通り過ぎた(24)

2008-02-24 03:35:43 | 天使が通り過ぎた
 雨がほとんど止んだ周辺の景色は、すべてが水に洗われ清々しく感じられた。遠くの山は雲と霧にかすんで、来たときほどはっきりとは見えなかった。
「コーヒーがおいしかったです。」「素敵なお店に連れて行っていただいて、ありがとうございました。」
 無言でいると何とも言えない重い空気が漂っているような気がして、私は先ほどのお店の感想を言った。
「そうですか。でもあれだけでお腹いっぱいになりましたか?」
 ケンイチさんはわざとどうでも良いことを言って、この場の雰囲気を明るいもの変えようとしているのだろうと、私には感じられた。
「はい。私そんなに大食いに見えますか?」
 私も努めて明るく言った。
「いやいや。そういう意味ではないんですよ。」

 まだ昼前の道路はそれほど渋滞しておらず、順調にいったらあと1時間ほどで新幹線に乗る駅に着くのだろうと思った。それからしばらくの間、車内は静かだった。ケンイチさんは運転に集中していたし、私は先ほどの通彦の電話の動揺から完全に抜け切れていなかった。ケンイチさんが特に話しかけてこないことが、今の私には有難く感じられた。
 
 ケンイチさんの横顔を何気なく眺めながら、通彦の運転する車に乗っているとき、彼の横顔を眺めているのが好きだったことを思い出していた。私は飽きることがなかった。真正面から見ると照れてしまうけれど、横顔を、しかも通彦は運転中滅多に脇見をしないので、私は無防備にいつまでも眺めていることが出来たのだった。そんなことを思いながら、同じようにケンイチさんの横顔を眺めていた。意外に白髪が多いのだなあと、また思った。実際の年齢は分からないけれど、老けた感じには見えなかった。30代後半くらいなのだろうか。40代か。車の運転が好きそうだというのは通彦と共通しているところかもしれない。だが、この人のほうが通彦よりも温かみを感じるように思えた。自分が悪いのでもないのに、見ず知らずの私をこうして駅まで送り届けてくれているのだから、やはり善い人なのだろうと、そう思おうとした。

 そんなことを思っていると、一瞬だけケンイチさんがこちらを向いた。信号で車が止まった瞬間だった。不意を突かれたようで、どきりとした。慌てて視線を前に戻した。そしてばつの悪さをごまかすように、こんなことを口走ってしまった。
「私先週、付き合っていた人に振られたんです。」
 私は前を向いて、できるだけ淡々と話し始めた。同情を引くつもりもなかったし、男に振られた女だと隙につけ入れられたくもなかった。
 ケンイチさんは先ほどと同じように、私が話しの続きを言うのを、無言で待っている風だった。何も言わず沈黙していた。
「お前といてもおもしろくないと、言われてしまいました。」
 通彦に言われていちばん堪えたせりふを口に出したことで、収まっていた何かがまた突き上がって来そうになった。私は黙り込んでしまった。数秒経っても数十秒経っても私がその続きを話さないので、ケンイチさんはこれでいったん話は区切られたのだと判断したのか、やや暫くたって「そうだったんですか。」と小さく言った。

 ケンイチさんは、私がこんなことを言ったところで、何と返事をして良いか困ってしまうだろう。見ず知らずも同然の女に、私振られて彼におもしろくないと言われました、と告白されても、何と反応していいやらと思うだけだろう。数時間後には別れ、二度と会わなくてよいと思って気軽にこんなことを話してしまったことを、少し後悔した。だが私がそう思っていると健一さんは意外な言葉を発した。
「僕も実は、同じようなことを言われました。」

 私はケンイチさんの横顔をまた一瞬だけ見た。だがあまりお顔をまじまじ見てはいけないような気がして、また前を向いた。そして次々に開ける視界と走り去る風景を、まっすぐと凝視していた。
 「僕は、もう別れて2年ほど経つんですが、やっぱり、あなたは無口だから楽しくない、と言われたんですよ。」
 私も同じように、ケンイチさんが話しの続きを言うのを待っていた。確かに、この人は饒舌なほうではないのだろうなあというのは、たった数時間一緒にいても察しはついた。私が無言でいるので、やはり車の中は、外の車自身が道路を走る音に囲まれ、静まり返っていた。

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