Tenkuu Cafe - a view from above

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-空から見るからこそ見えてくるものがある-

初秋の佐渡を飛ぶ (終)

2011-11-03 | 関東


道中、熱が高く、狭い駕籠の中でゆられながら、ひらひらと自分が蝶に化ったような錯覚をしきりに感じた。平塚の外れの野をゆくとき、菜の花に蝶が舞い、『荘子』にあるように
栩栩然として宙空に点を撃つことを楽しんでいる。荘周(荘子)は夢に胡蝶となり、覚めれば荘周であった。荘周が夢を見て胡蝶になったのか、胡蝶が夢をみて荘周になったのか、大きな流転のなかではどちらが現実であるのかわからない。佐渡の新町の生家の物置の二階で『荘子』を読んだときの驚きが、菜の花畑の中をゆく駕籠の中でよみがえった。

「おれは蝶だぞ」

伊之助は、駕籠から首を出して叫んだ。早くゆけ、もっと揺れろ、ともいった。駕籠かきはおびえながら、すねを高く揚げた。伊之助の体はおもしろいほど揺れ、やがて熱が伊之助の意識をいよいよ宙空に遊ばせた。

戸塚の宿の松原が夕もやにけむるころ、旅籠に着いた。

明治十二年三月十一日であった。 夜、大喀血をし、窒息したのかどうか、旅籠の一隅で誰にも看取られることなく逝った。

(司馬遼太郎著 『胡蝶の夢』より)





伊之助、41歳。
胡蝶のように舞い、世を去っていった。









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