リーメンシュナイダーを歩く 

ドイツ後期ゴシックの彫刻家リーメンシュナイダーたちの作品を訪ねて歩いた記録をドイツの友人との交流を交えて書いていく。

271『結・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーからシュトース』の「まえがき」

2022年08月28日 | 日記

▶『結(ゆい)・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーからシュトース』の内容紹介


フライブルクの路上モニュメント 一番下に見えるのは私の靴です。

 

▶『結・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーからシュトース』まえがき

 

まえがき 
                                                                                          

   ドイツ旅行にはまり始めたのは1999年のことだった。妻の福田緑がドイツ中世後期の彫刻家、ティルマン・リーメンシュナイダーの追いかけ人(びと)になったからだ。
 「ドイツでこんなに著名な彫刻家の写真集が日本に存在しないわけがない。」と主張したのが私、「出版されていない。」と断言したのが妻だった。「それならどちらが正しいかお寿司を賭けよう」と言いながら内心ほくそ笑んだが、私が知っている本屋では最大の池袋のジュンク堂に行っても、ネットで探してもいっこうにリーメンシュナイダーの写真集は見つからなかった。結果として妻にお寿司をおごることとなってしまった。
  それから9年後に日本初のリーメンシュナイダーの写真集出版が妻の手によって成し遂げられた。現在までに4冊を数える。

  第Ⅰ巻『祈りの彫刻 リーメンシュナイダーを歩く』                   2008年
  第Ⅱ巻『続・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーを歩く』               2013年
  第Ⅲ巻『新・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーと同時代の作家たち』   2018年
  第Ⅳ巻『完・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーと同時代の作家たち』   2020年

  第Ⅰ巻はドイツのアマチュア写真家ヨハネス・ペッチュ氏のカラー写真と娘・福田奈々子の白黒写真の合作、第Ⅱ~Ⅳ巻は緑の撮り下ろしと寄贈していただいた写真で構成してある。
  追いかけ人としての緑の執念は凄まじいものだった。リーメンシュナイダー本人だけでなく工房、弟子、リーメンシュナイダー派の作品までしらみつぶしに探し求めて写真を撮って回った。ドイツを中心にイギリス・オランダ・フランス・オーストリアなどのヨーロッパ各国、アメリカ・カナダにまで足を延ばした。一般人には鑑賞がかなわない個人蔵や、探しても見つけられずにいる作品などを除けばほぼ見尽くしたといってよい。その数は妻なりの数え方で450作品中426作品、拝観率は94.7%となる。ドイツの中世彫刻研究者に聞いてもここまでリーメンシュナイダーを追い求めた者はいないようだ。オタクの域をはるかに超えてしまったのかもしれない。
  妻と共に「リーメンシュナイダーを歩く」うちに、同時代のほかの作家たちの彫刻にも強く魅せられたのが私である。まさにドイツ・ルネサンスと呼ぶべき個性と創造性に満ちた彫刻群だった。これらを日本に紹介しない手はないと緑に強く出版を勧めたのが第Ⅲ、Ⅳ巻に結実した。

   ニュルンベルクといえばナチ戦犯に対する「ニュルンベルク裁判」やワーグナーの歌劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー(職匠歌人)』を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。あるいはドイツの最髙峰の画家といわれるアルブレヒト・デューラーの出身地ということでデューラーの家を訪れる人も多いかもしれない。さすがにリーメンシュナイダーのライバルと称されるファイト・シュトースの工房があった地でもあることを知っている人はごく限られているだろう。

 ドイツ中世後期の彫刻の追いかけ人(びと)の私たちにとってはニュルンベルクといえば、すでに数回訪れているゲルマン国立博物館がまずもってお目当ての場所である。数点のリーメンシュナイダー作品だけでなく、ファイト・シュトースやアダム・クラフト、ペーター・フィッシャー(父)などの作品の宝庫でもあるのだ。ところが残念なことに緑の写真集にはここの作品は1点も掲載されていない。その理由は、緑が撮影した写真の掲載のお願いをしてみたが許可が出ず、博物館が撮った写真を購入しなければならなかったからだ。アメリカにある美術館の大半も同様で、年金暮らしの私たちにはこれは大きな問題であった。
  しかし、ゲルマン国立博物館に勝るとも劣らない彫刻群が、そこから歩いて数分の距離に存在しているのを我々は知ることになった。

 ゲルマン国立博物館をたっぷり見たあとに決まって訪れるのは聖ローレンツ教会である。『地球の歩き方 ドイツ 2021~22』(ダイヤモンド社、2020年)の「おもな見どころ」として写真入りで紹介されているが、ここにはファイト・シュトースの「天使の挨拶(受胎告知)」(第Ⅲ巻 161~162頁)やアダム・クラフトの自刻像の台座が有名な「秘蹟室」(同 169~170頁)があるので多くの観光客が訪れる。
 あるとき私たちがデューラーの家までの道沿いにあるフラウエン教会にも足を延ばし、そしてその先の聖ゼバルドゥス教会に足を踏み入れたところ、驚愕すべき事実が待ち受けていた。緑の事前の調査では教会の外壁にアダム・クラフトの最高傑作と思われる作品「シュライアー・ランダウアー墓碑」(第Ⅳ巻 167~171頁)が鉄柵越しに拝観できることはわかっていたので、まずはこの大作をしっかり撮影をした。そして入口の受付で売っていた小さいながらも充実した内容の冊子を見て、この教会の彫刻は実に質の高いものであることが判明する。教会の外壁だけではなく内陣にもアダム・クラフトの作品「十字架の道行き」(同172~173頁)、ペーター・フィッシャー(父)の代表作「ゼバルドゥス墓碑」(同 177~180頁)、ファイト・シュトースの三連の「フォルカマーの記念碑」(同 143~145頁)、「聖アンデレ」(同 146~148頁)、「ヴィッケルの磔刑像」(同 149~152頁)など数点の傑作が目白押しなのだ。
  ほぼ同世代のファイト・シュトース、アダム・クラフト、ペーター・フィッシャー(父)はニュルンベルクを中心に活躍した彫刻家だが、この聖ゼバルドゥス教会にはそれぞれ最高の知恵と技量が結集されたに違いない。緑の撮影が終了するのを教会の椅子に座って待ちながら、500年前のこの三巨匠たちにどんな交流があったのだろうかと、思い巡らしていた。
  そんなとき、ふとミュンヘンのバイエル国立博物館の「いわゆる『枝を折る人』」(第Ⅳ巻 174~176頁)を思い出した。作者がペーター・フィッシャー(父)で、モデルがアダム・クラフトの青銅製の像である。高さ40センチメートルほどの小品だが、三十数キログラムもあると教えてくれたのは博物館のマティアス・ヴェニガー博士(本書154頁)だった。

 それにしても、私たちはドイツ中世後期彫刻の宝庫といっても過言ではない聖ゼバルドゥス教会を今まで易(やす)々(やす)と見逃してきたのではないだろうか。『地球の歩き方 ドイツ』だけでなく『地球の歩き方 南ドイツ』にも見どころとして紹介されていないのだ。第Ⅳ巻『完・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーと同時代の作家たち』の出版価値はこれを紹介したところにあったと思っている。
  一応、写真集は第Ⅳ巻で完結したが、紙数の関係で紹介しきれない作品があまた残されてしまった。日本の人たちにもっと作品を紹介したい。そうした強い思いを抱いたのが私だった。
 写真集で緑が書き尽くせなかった作品との邂(かい)逅(こう)のドラマもある。十数回のドイツ旅行で知り得たドイツ中世後期の彫刻作品を所蔵する美術館や博物館、教会などについての情報も伝えたい。そのように緑に何度も出版の意義を伝えてようやく本書作成の運びとなった。
                                                 
 なお、本書の作成に際してもう一度ニュルンベルクのゲルマン国立博物館に緑の写真掲載を求める手紙と見本を送ったところ、正面性のある写真を博物館から購入するという条件で、ほかのアングル写真は緑の写真を掲載してよろしいという許可を得ることができた。今まで撮影料を支払って写した写真は載せてきているものの、購入した画像を掲載するのは今回が初めてだ。しかし、これまで掲載できずにいたゲルマン国立博物館のリーメンシュナイダーやファイト・シュトース、ダニエル・マウホ(?)やペーター・デル(父)の傑作も「特別掲載アルバム」として見ていただくことができるようになった。
 さらに、マウホについてはウルム博物館から多くの画像を寄贈いただくことができたため、作家別アルバムとしてマウホを特集し、日本に紹介することが可能となった。
 また、撮影は許可しているが公開を禁じているバンベルク大聖堂にも写真掲載の許可をいただいた。
 リーメンシュナイダーの代表作「皇帝ハインリッヒⅡ世と皇妃クニグンデの石棺彫刻」「いわゆるリーメンシュナイダー祭壇」を紹介できる日が来たことを嬉しく思う。
  
  最後に、ミヒャエル・パッハーの祭壇画について触れておきたい。
 写真集第Ⅲ巻、第Ⅳ巻を見ていただければ一目瞭然のように、パッハーは優れた彫刻作品を数多く残しているが、その技量の高さは絵画にまで及んでいる。詳しくは本文を読んでいただくとして、ここではノイシュティフト修道院の「教父祭壇(祭壇画)」(アルテ・ピナコテーク所蔵)を計8点特別掲載できることとなった。パッハーが彫刻家と画家の「両刀遣い」であるという全体像を本書で紹介できる幸せを感じている。
 さらに、卓越した「両刀遣い」といえば、ファイト・シュトースもその一人に数えられる。ミュンナーシュタットの聖マリア・マグダレーナ教会の「リーメンシュナイダー祭壇の祭壇画」はシュトースの代表作である。嬉しいことに、マティアス・ヴェニガー博士撮影の写真(50~54頁)も掲載させていただけることになった。
                                                              
 私たちは美術の専門家ではない。自らの嗜好の赴くまま、作品を訪ねてどこまでも訪ね歩く美術愛好家である。そんな私たちとこの本でドイツ中世後期彫刻の旅にご一緒していただきたい。


     2022年3月
                                                      福 田 三 津 夫

※このブログに掲載したすべての写真のコピーをお断りします。© 2015-2022  Midori FUKUDA

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