リーメンシュナイダーを歩く 

ドイツ後期ゴシックの彫刻家リーメンシュナイダーたちの作品を訪ねて歩いた記録をドイツの友人との交流を交えて書いていく。

216. 16回目のドイツ旅行(19)ミュンヘン、バイエルン国立博物館

2020年05月20日 | 旅行

▶三つ目の目的地、バイエルン国立博物館にて



マティアス・ヴェニガーさんと バイエルン国立博物館ロビーにて

 

◆2019年8月1日(木)ミュンヘンの続きです。

 私と連れ合いの福田三津夫は1時50分にバイエルン国立博物館に入りました。荷物をロッカーに入れてから受付でマティアス・ヴェニガーさんとお約束をしている旨伝えると、じきにロビーに来てくださいました。上の写真はタブレットで娘の福田奈々子が漆のくつべらを作っている動画をお見せしているところです。ヴェニガーさんのお宅に伺ったときに、乾漆という方法で木も陶器も使わずに布に漆を塗って作った靴べらをプレゼントしたのですが、どうしても布から作った靴べらだということが信じていただけなかったのです。でも動画をお見せしてもまだ半信半疑のようでしたが。

 ヴェニガーさんは、「すぐにリーメンシュナイダーを見ますか? それともどこかでお話をしますか?」と聞いてくださったので、いくつか質問があったものですから、まずお話ししたいとお答えしました。すると、鍵を開けて普段は入れない場所に案内されたのですが、そこは何と天井までズラッと本が並べられたバイエルン国立博物館の図書室だったのです。ここで三津夫が「エラスムス・グラッサーのカタログがあったら買いたいのですがありませんか?」と尋ねると持って来てくださった見本はずしりと重たいカタログでした。私からはヴェニガーさんの書かれたTilman RIEMENSCHNEIDERという本を写真展でお世話になっている永田浩三先生にプレゼントしたいのでサインをお願いしたいとお伝えしました。そして、ふと本棚を見ると私の写真集も1巻目と3巻目が並べられているのです。でも2巻目にはバイエルン国立博物館の作品を載せていなかったので置いてありませんでした。そこで、「帰国したら2巻目をお送りしますね」とお伝えしました。すると「ちょっと待っていてくださいね」とおっしゃって、しばらくすると図書館の担当のジグルン・リーガーさんという方を連れて戻ってきました。どうしたのかなと見ていると、彼女に「ここにいる福田緑さんが2冊目の写真集を日本に帰ったら送ってくれるというので、替わりにこのグラッサーのカタログと交換するということができませんか?」と聞いてくださったのです。彼女は快く「良いですよ」と了承してくれました。さらに、ヴェニガーさんは「この重たい本を旅行中持って歩くのは大変だから日本に送ってもらっても良いでしょうか」と聞いてくれたのでびっくりしました。「もちろん良いですよ」とにこやかに答えてくださったリーガーさんとヴェニガーさんに感謝です。確かにとても重たそうな分厚いカタログでしたから。

 その後、あれこれお話したあと、ミュージアムショップに行き、Tilman RIEMENSCHNEIDERを購入。するとヴェニガーさんがビニールを会計の方に頼んでハサミで切ってもらってサインを入れ、またセロテープでとめてもらって手渡してくださったのです。著者のサイン入りの本はきっと永田先生に喜んでいただけるだろうと嬉しくなりました。(もちろん帰国後にお渡ししたとき、永田先生は胸に抱きしめて喜んでくださいました。)ここまでのヴェニガーさんの気遣いには感謝してもしきれません。

 リーメンシュナイダーの部屋に入ると、このほの暗い照明が素晴らしいと思っていること、反射がギラつかないのでケースに入っている作品も撮影しやすいことなどヴェニガーさんにお伝えすると喜んでくださいました。隣の部屋に移って「いわゆるヴィプリングの十字架祭壇からの二つの群像」という作品をしっかり見て、さらにゲロルツホーフェンの祭壇の後ろにこんな文字が書かれていたので作成年代が特定できたのだと説明してくださったり。その後は用事があるからと一度お別れしたのですが、私たちが帰ろうとする頃に受付嬢が「すみません、ここで待っていてください」と引き留め、なんだろうと思ったらヴェニガーさんが疲れた様子で走ってきて「あなた方を探して2回も博物館を走り回ったんですよ」と仰るので驚きました。ボラーコレクションを是非見せたいと、閉まっているコレクションルームの鍵を開けて見せてくださったのです。お忙しいのにいつもこうしてかけずり回っていらしたので、これでは太る暇がないのだろうと思ったことでした。ボラーコレクションを拝見した後、今度こそお別れを言って博物館をあとにしたのでした。

 

◆人と人との繋がりー動画のご紹介

 今回の旅で私はマティアス・ヴェニガーさんと3回お目にかかりました。2007年に第一巻目の作品についてあれこれ質問してメールをやりとりしたあとは10年以上ご無沙汰だったヴェニガーさんですが、2018年の旅行で初めてお目にかかってから今回の旅ではお宅に招待されてご家族と食事をしたりして、急速に心の距離が縮まっています。今回のコロナ禍ではバルセロナのお友だちが亡くなったそうで、東京の状態も心配して何回もメールをくださいました。

 『Bewegte Zeiten』 (「動きのある時代」?「感動する時代」?どう訳して良いのかよくわかりませんが)という本は、2018年にグラッサーの作品を集めてミュンヘンのフライジング博物館で大展覧会を開催した時のカタログです。ヴェニガーさんはこのカタログに載せられているグラッサーの「モーリス・ダンスの踊り手」の彫刻をご自分で撮影しています。記事も相当部分書かれているのでカメラマンでもあり研究者でもあるという方です。帰国後しばらくしてこのカタログが届きました。私はこのカタログを見て数々の素晴らしい写真を拝見し、第4巻目の写真集にはヴェニガーさんが撮影したエラスムス・グラッサーの写真もたくさん入れたいと思い、所蔵しているミュンヘン市立博物館にお願いしてみたところ、ご本人と直接話しあってくださいと返事が来ました。ヴェニガーさんは喜んで「どの写真を使いたいですか?」と209枚もの画像を送ってくださったのです。ワクワクしながら選びました。中でも魅力的な笑顔の「新郎」を今度の写真集の表紙に使うことにしています。そして次のドイツ旅行では、このカタログに載っているグラッサーの他の作品をもっともっと見ることが大きな楽しみとなっています。

 このヴェニガーさんとフランクフルトにあるリービークハウスのシュテファン・ロラーさんとは仲良しで、ヴェニガーさんの仲介によって今までお目にかかることができずにいたロラーさんともこの旅行でお目にかかることができたのでした。(207の記事を参照してください。)

 今作っている写真集にはニコラウス・ゲルハールト・フォン・ライデンのノートルダム博物館(フランス、ストラスブール)にある彫刻も載せたかったのですが、許可申請の手紙を出したもののコロナ禍で連絡が付かず、メールアドレスも公開されていなかったため、ロラーさんにお願いしてみました。それはノートルダム博物館の館長さんとロラーさんは一緒にゲルハールトの作品修復をしたり、展覧会を開催したりしてよくご存じだったからです。ロラーさんが快く館長の女性と連絡を取ってくださって、写真掲載の許可をいただくことができました。三津夫が一番好きで載せたかったノートルダム博物館「ある男の胸像」も裏表紙に使えることになり、ホッとしています。こうしてお一人と知り合うとさらにその知り合いのネットワークが広がっていくのですね。20年の間に親切な方々と知り合っては助けていただいて4冊の写真集ができあがっているのだと改めて感謝しているところです。

 三津夫はインターネットサーフィンが好きでいろいろな情報を集めていますが、最近のコロナ禍による緊急事態宣言下で、ベルリンのボーデ博物館でもジュリアン・シャプイさんが作品を前に語りかけている動画などを見つけてくれました。この解説には、シャプイさんがボーデ博物館館長となっているので昇進したのかと思って喜んでメールを出したところ、「私は2007年から館長でしたけれど」と返事が来てドキッとしました。私は前巻の『新・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーと同時代の作家たち』で「刊行に寄せて」の原稿をいただいたときに、副館長と訳しています。でもシャプイさんの原稿では確かにLeiterと書かれているのです。それなのに何で誤訳をしたのだろうと振り返ったところ、思い出しました。ボーデ博物館を検索すると別の方のお顔が出ていて、名前も経歴も紹介されているので、その方が館長だと思い込んでいたのです。でも今考えるとその方はベルリン国立博物館全体の館長さんだったのでした。シャプイさんにもすぐにお詫びのメールを送ったのですが、ここで皆さまにも私の早とちりを心よりお詫びして訂正します。大変失礼をいたしました。

 ここで、三津夫が見つけた動画のご案内です。お時間のあるときにご覧ください。

 まずはボーデ博物館の動画です。ジュリアン・シャプイさんが誰もいない館内で作品の解説をしていらっしゃいます。シャプイさんはフランス(多分)の方なのでゆっくり話してくださっていて、英語のキャプションもついているのでわかりやすいと思います。でもシャプイさん、何だか疲れたお顔に見えてちょっと、胸が痛みます。第三巻の表紙にした庇護マントのマリア像も出てきますのでお楽しみください。(ちょっと長いです。18分2秒)
      http://www.youtube.com/watch?v=mokJvdR6dFc

 

 次はニコラウス・ゲルハールト・フォン・ライデンのネルトリンゲンにある祭壇のフィルムです。(この際壇については相当な頁を割いて第4巻目の写真集で紹介します。)フランクフルトのリービークハウスで中世彫刻担当のシュテファン・ロラーさんが解説をしていらっしゃいます。この時はとっても寒かったそうです。教会で作業をする皆さんは厚着をしていますね。(5分12秒)
       https://www.youtube.com/watch?v=UBfxPTsvwPU

 こちらはリービークハウスで開催したニコラウス・ゲルハールト・フォン・ライデン展のフィルムです。シュテファン・ロラーさんの話が入りますが早口すぎて理解がおいつきません。ただ、修復なったネルトリンゲンの彫刻が見られますので、参考になるかと思います。そしてウィーンに行かなければ見られないと思っていたシュテファン大聖堂にあるフリートリッヒ三世墓碑の上板まで展示してあるのに驚きました。(1分45秒)
    https://www.youtube.com/watch?v=yYFRP0DdAa0

 こちらは上の二つのフィルムの合体版のようなフィルムです。コンパクトにまとめられています。(8分4秒)
      https://www.youtube.com/watch?v=j7T0YMHqNpg

 

    今度はフライジング博物館で大展覧会を開催した時の動画です。ミュンヘンのバイエルン国立博物館マティアス・ヴェニガーさんが写真撮影をしたモーリス・ダンスの踊り手たちが出てきます。ご本人が出ていないのは残念ですが。(3分7秒)
 
 https://www.youtube.com/watch?v=ViUBIWxzvYw

    こちらも同じ展覧会の別フィルムです。(2分47秒)踊り手たちの表情はこちらの方がよく見えるかもしれません。
   https://www.youtube.com/watch?v=z7BxdIOnkR8

※文字色が揃えられず、見にくいかと思いますがごめんなさい。
※このブログに掲載したすべての写真のコピーをお断りします。© 2015 Midori FUKUDA

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215. 16回目のドイツ旅行(18)ミュンヘン往復

2020年05月15日 | 旅行

▶今日からはバイエルンチケットで動きます。



グレゴール・エーアハルト作 聖母子像 ミュンヘン、タールキルヒェン

 

◆2019年8月1日(木)ミュンヘンは盛りだくさん

 ジャーマンレイルパスは距離があって特急で動かないと不便な目的地に行く場合に使いますが、今日はランツフートからミュンヘンへの往復ですし、ミュンヘンでは地下鉄にも乗るため、バイエルンチケットで動くことにしています。忙しいのに9時からしか使えないのが残念ですが、朝はいつも通り6時過ぎには目が覚めましたので、ゆっくり朝食をとりました。パンにトマトとハムとレタスを挟んだサンドイッチでも充分美味しい食事です。昨日の雨から一気に晴れて暑い日となりました。電車の時間までは、フランクフルトのシュテファン・ロラーさんからいただいたニコラウス・ゲルハールト・フォン・ライデンの分厚いカタログを見て予習に余念がありません。
 ランツフート南駅から列車で出発。中央駅で乗り換えてミュンヘン行きの列車に乗ると周り中お喋りで賑やかでした。これはドイツの列車内ではわりと珍しいことですが。窓から強い日が差し込んでまぶしく、朝着て来た上衣をカーテン替わりに掛けて日記を書きました。

 今日の一番目の目的地はタールキルヒェン。ミュンヘン中央駅で地下鉄に乗ったことが滅多にないので戸惑いました。何とかU1(だったかU2だったか忘れましたが)に乗って一駅目の Sendling Tor でU3に乗り換えました。ミュンヘンの少し南の方に動物園(Zoo)があるのですが、そのThalkirchen 駅から歩いて数分の所に静かに建っている教会でした。そこにはグレゴール・エーアハルト作の聖母子像(写真トップ)があるのです。教会の敷地内に入ると下の写真のような彫刻も立っていて落ち着いた雰囲気です。教会の入口は開いていましたが、入るとすぐ高い鉄柵で遮られていて聖母子像は彼方。帰国してパソコンで見たら案の定、望遠力のない私の一眼レフでは聖母子像があまりくっきりとは捉えられていませんでした。今作っている写真集第4巻目に載せたかったのに残念です。


マリア・タールキルヒェンにて

 二番目の目的地は市の中心部にあるミュンヘン市立博物館です。ここにエラスムス・グラッサーの「モーリス・ダンスの踊り手」たちがいるはず。リーメンシュナイダーより10歳ほど年上の彫刻家で主にミュンヘンを中心に活躍していたようですが、何といっても絶妙な動きのある彫刻はリーメンシュナイダーの対極にあると言っても良いほど。踊り手たちの表情も豊かです。腕、足の動きも見事なのです。ただ、残念ながらガラスケースに入っている彫刻は光が反射してどうしても全体像がうまく撮れません。辛うじて2体はケースの外に出ていたので、下から様々なアングルで撮影することができましたが。

 グラッサーは16体の踊り手の彫刻を1480年に一気に彫ったとどこかの解説で読み、すごい人だなと思っていました。その彫刻はミュンヘンのダンスホールに設置されていたそうですが、現在ではこのミュンヘン市立博物館に10体が所蔵されています。私はキッツィンゲンの人形博物館でも1体見た記憶がありました。写真を探してみたらやはりそうです(写真・下)。でも、よくよく見るとどうも色が綺麗すぎるし表情に深みがないようです。ネットで検索してみると、グラッサーのモーリス・ダンスの踊り手というタイトルの画像の中には似たような作品がたくさんあるのですね。もう一度今回のブログを書くに当たり、家でしっかりヴェニガーさんのカタログでこの彫刻について書かれている部分を読んでみたところ、16体彫刻を作る契約だったことは書類で残っていますが、結果的に10体しかできなかったのではないかと書かれていました。どうやら私は早とちりをしていたようです。

 

エラスムス・グラッサーの「モーリス・ダンスの踊り手」についての説明と人形。
ここにも16体彫刻するという契約書があったと書かれています。
でも、この作品を
誰が彫ったかは書かれていません。キッツィンゲンの人形館にて。

 

◆いよいよ三番目の目的地、バイエルン国立博物館へ

 ここから一番近いバス停に行き、100番の市内循環バスでバイエルン国立博物館へ向かおうと思いましたが、どうやらバス停は遠いようです。最も近い地下鉄駅を聞き、とりあえずLehelに向かいました。7月28日にヴェニガーさんと午後2時に約束していたので、遅れたくはありません。でもお昼も食べていないので、Sendling Torで乗り換えたときに急いでサンドイッチを買い、バイエルン国立博物館にようやく着いてから木陰で急いで食べました。この日はせわしない一日になったのは朝のスタートが遅かったからですね。そのため、市立博物館もバイエルン国立博物館も写真を撮ってくるのを忘れてしまいました。次回はあせって約束に間に合うように走り回るのはやめておこうと思いました。欲張りすぎの計画だったのです。続きはまた次回に。

※このブログに掲載したすべての写真のコピーをお断りします。© 2015 Midori FUKUDA

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