フェズのキャンプサイトはヨーロッパのスタンダードから見れば最低で、女性側のシャワーはお湯が出ない。男性側はお湯はあるがシャワーヘッドがなくて一本の水が流れ落ちてくる。洗濯タブは排水が壊れていて床が水浸しになるし、食器洗い場にはお湯が出ない。洋式トイレは男女一つずつあるが崩壊寸前。これでキャンピング・インターナショナルとはよくも名付けたものだ。もう何年もメインテナンスはなされていないようだ。
今朝9時半頃にはサイトのオーナーに別れを告げ、フェズから約60Km西のメクネス(Meknes)へ向かった。途中の町でもモロッコの赤地に星のマークの国旗が翻りスマートな制服のポリスマンが交通整理をしている。今日は国王がこの辺りを通られるのかもしれない。
メクネスの環状線で大きなスーパーマーケットを見つけた。物価は日ごろ食べている食料品の値段で判る。全体にポルトガルやスペインより安い。特にこの地特産のオレンジは1kg30ペンスもしない。
スーパーに併設したガレージでディーゼルを入れたが1リッターが55ペンスくらい。スペインの半額で英国(世界一高い)のディーゼルと比べると1リッターに80ペンスの差が出る。どうしたらこんなに安くなるのだろうと亭主が不思議がって居る。
何度も道を間違え親切な人に連れて行ってもらったキャンプ場は閉まっていた。近くの観光客用の馬車の御者のおじいさんはこのサイトは5年ほど前から閉まっているという。
がっかりして城壁周囲の観光道路に駐車してお昼にした。壊れかけた城壁の上にコウノトリが巣を造っているが、コウノトリも共同生活をするのかしら。
メクネスの観光はあきらめ城壁を半周したところで,王都のメインゲートのマンスール門の前に出た。駐車できないからそのままキャンパーを走らせ、とうとう新市街の下町の埃にまみれたマーケットストリートに入り込んだ。同じ地域をぐるっと一回りしてしまったので、またもや親切な若い人に車で先導してもらい、やっとメクネスの町から抜け出すことが出来た。
メクネスから北へ25kmほどのキャンプサイトには問題なく着いたが7km北にローマの遺跡があるので落ち着く前に遺跡の観光を計画。途中のなだらかな山の中腹にムーレイ・イドリスの白い町が現れた。帰りに寄ってみようと、ヴォルビリス遺跡へむかった。
このローマの遺跡は紀元前40年頃から繁栄し2万人もの人が生活していたと言う。神殿跡や凱旋門それに浴場跡もしっかり残っていて一回り歩いてみると以外に広大な地域だった。
当時のモザイクもそのまま残っていて人々の生活がしのばれる。有名な 夏草や つわものどもの 夢の跡 の句が思い浮かんだ。ここに住んでいた人たちは戦に明け暮れたわけではないだろうが、これだけの廃墟だとわびしさが漂う。
ヴォリビリスの遺跡からもはっきり見えるムーレイ・イドリスの町は急な七曲の坂道を登ってゆくと広場が現れたが車でいっぱい。キャンパーの入り込む隙間もない。
結局山頂付近で折り返し帰ってきた。この町は1000年以上も昔からイスラムの聖都としてあがめられ、昔は非イスラムの人は町の中にも入れなかったという。ヴォルビリスから見る夕焼けは素晴らしいと聞いていたが夕暮れ前に帰ってきて、キャンプサイトからでも素晴らしい夕日が見えた。