Reiko's Travel by Camping Car

2004年4月に退職して以来亭主と二人ヨーロッパの国々をキャンピングカーで旅行している、英国在住40年の主婦です。

キャンプ旅行 ポルトガルの年の暮れ

2011-12-29 16:07:47 | 旅行
オルニャオのサイトへ来て今日で20日、お正月からはスペインへ行き10日からモロッコへ渡るつもりだから、もう一度ここオルニャオのブログを書いておこう。

もう3週間以上晴天が続いていて、今では青空が当然のようになったが、暖冬とは言え暗いイギリスの冬を考えると、英国に住む友達に申し訳ない気になってしまう。
クリスマスはキャンパーの中でチキンの丸焼きとローストポテト、疑似ヨークシャプディングで亭主が大喜びした。


クリスマスの翌日、運動も兼ねサイトから7-8Km位離れたフセタ(Fuseta)の町まで散歩に行った。サイトの横の鉄道線路は海岸とほとんど平行に走っていて、線路の海岸側には家は一軒も見当たらない。




南ポルトガルは冬の平均温度が18度、夏は40度にもあがると言う。働きもののポルトガル人は線路と海岸までの広大な湿地帯を塩田に変えた。
冬季は人影もないこの塩田では、かもめの群れや足長の海鳥がえさをあさっているばかり。



道端には金盞花(マリーゴールド)の原種やこの地方独特の黄色や白の野生の花が咲き乱れ、純白の家々の垣根には冬と言えどもカラフルな花が咲いている。濃い緑の葉の間から金色のオレンジやみかんが実っているのが見える。



線路脇の田舎道を歩いていて20分に一本くらい来る電車に手を振ると、運転手も手を振ってピーポーと汽笛を鳴らしてくれる。もうずいぶん昔に日本でもこんな情景があった。





フセタの町は新市外が横に広がりどこの家も純白、狭い旧市街に入ると昔からの壁タイルを張ったテラスド・ハウスになる。道端のカフェーでは年寄りが集いお茶を飲みながらおしゃべりに余念がない。こんな平和な年の暮れ、この地方の人たちは幸せだなーと思う。




帰りはたった一駅だけれども2時半の電車に乗った。下りの電車は落書きがひどくみすぼらしく見える。この地方の電車はプラットホームよりずっと高くて3段の階段を登らなければならない。体の不自由な人たちは一体どうするのだろうか?最近のヨーロッパでは身障者の為にあらゆる便宜が図られていて、電車もバスも車椅子のままで乗降できるというのに・・・・・。キャンプサイトだって身障者用のシャワー、トイレが設置されていて、何人かの車椅子のお年寄りが住みついている。





12月26日夕方6時過ぎ南西の空に新月が輝いた。去年と同じ時期だったと思うに、昨年は東北に新月が昇った。

今年は史上最悪の災害の多い年だった。激動の歴史の変遷があった年でもあった。2012年は一体どんな年になるのだろうか。ポルトガルの陽だまりで平和な世界を願っている。
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キャンプ旅行 オルニャオの日々(Olhau)

2011-12-20 10:23:45 | 旅行
  



オルニャオのキャンプサイトに落ち着いてもう10日も経ってしまった。
毎日特別することも無いが、どこに居ても生活していることに変わりない。掃除、洗濯は毎日こまめに、三食はほとんどキャンパーでクッキングしている。たまにお昼にショッピングに出ると、町のレストランやスーパーの簡易食堂で昼食を食べる。外食は塩分が多いのがたまに傷。町のクリスマスデコレーションもあちこち見られ、キャンパーにも派手な電気の飾りが見られる。ショッピングセンター内のクリスマスツリーはいろいろ工夫を凝らしてあり、特に卵の空箱を利用したツリーは良く出来たと感心した。

  

去年この町へ来てはじめの印象が、町の空き地いたるところの落書きで何と落ちぶれた町だろうと思ったのに、今ではこれらの大きなグラフィティ(落書き)は完全な芸術だと思うようになった。

  

 

この巨大なキャンプサイトで数百台のキャンパーやキャラバンに住む人たちは、ほとんどが北ヨーロッパからの60才台以上のゴールデン・エイジの年寄り?この50人乗りのバス・サイズのキャンパー(10メーター以上ある)がこのサイトに5台も停まっている。彼らは6ヶ月くらいはここに住み着いているのらしいが、こんな大きな車がポルトガルやイギリスの田舎道や街中を走ると思うと恐ろしい。

  

食器洗い場へ行くと出会った人たちと気安くおしゃべり、英語の出来ないフランス人のおじさんはチーナ(中国人)?と聞き日本人と知ったらすぐ”おはようございます”、こんばんはございます”と片言の日本語連発。翌朝自転車で”おはようございまーす”と走り抜けていった。

スーパーマーケットの支払い場でオブリガード(ありがとう)と言うととっても喜ばれる。
ポルトガル人のお客まで一緒ににっこりして、此方まで嬉しくなる。市場でだってこうして地元の人たちに混じって平気で買い物が出来る。

今日、スーパーで買い物中に亭主が寄ってきて、”あれだからイギリス人は嫌われるんだ”と言う。キャッシャーではこの店はクレジットカードは受け付けないと言うのに、態度の大きいイギリス人の男性は”ヴィザはどこでも有効なのに君はヴィザなど知らないのか!!”と怒っている。 何をえらそうに・・・・とは私の独り言。

  

スペインもそうだがポルトガルでもスーパーの中で生鮮魚の売り場が充実している。一匹の魚でもえらやはらわた、うろこ、尻尾など全部とってくれる。このサーヴィスは市場ではあまりない。以前にスペインのスーパーで私の前に小イカを1kgほど買った客がはらわたを抜いてもらっていたから30分以上も待たされて、頭にきたことがあった。



今日は新鮮な鯛があったから1匹買って刺身に、頭と中骨は味噌汁にした。亭主にはステーキとチップス。お互いにハッピイでこれに越したこと無し。

この巨大なサイトの中間点でしかWifiが使えない。レストランの庭がWifiの使える最端でその日によって、電波の強弱が激しくて、つながらないことも多い。
ウォータ・タワー近くの道端のベンチでコンピューターをつけて、マレーシアの友達とスカイプ交信。すっかり楽しんで大声で話していたら、通りかかったサイクリストの夫婦が去年クエテイラで親しくなったアイルランド人の二人だった。
偶然の再会に大喜び、ポルトガルでアイルランド人、マレーシア人、イギリス人、日本人とのおしゃべりなんて何と国際的ではないか。

  

この10日間に雨が降ったのが1日だけ、ほとんど空が澄み渡って、キャンプサイトの上空を舞う2羽のコウノトリを見て何と幸せだろうと思う。
昨日は暖かくて半そでで海辺へバードウオッチングに出かけた。海は遠浅で貝拾いの人たちがあちこち見える。遠くに一塊のへら鴨の群れが見えたが、土手を行く3人の人たちを恐れて飛び立っていった。今年は去年ほど野生の鳥が見えないのが気になる。
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キャンプ旅行 オルニャオ (Olhau)

2011-12-11 13:10:07 | 旅行
クェテイラから南ポルトガルの主要都市ファーロを挟んだ反対側の町オルニャオは、昨年2回も滞在したところで、馬鹿でかいキャンプサイトはヨーロッパ北部からの避寒者でいつも活況を呈している。
ここが気に入ったのは、サイトのすぐ近くの野鳥観察公園と活気あふれる土曜マーケット、そして魚料理が美味しいマーケット周囲のレストラン。

昨年はここにWifiがあるのを知らなかった。レセプションから奥行き500メータ以上ある松林の中にキャンパーを停めたが、Wifiの電波が受けられるところは、ウオータータワーからレストランの間だという。
レストランの庭のテーブルでブログを送付する。毎日良い天気が続き、日中気温は20度を越える。ヴァレンシア以来もう2週間以上も晴天が続いているが、内陸の朝夕は急激な気温の変化で身を切るほど寒かった。
この南部ポルトガルは、昨年もそうだが穏やかで暖かい。

皆この地で6ヶ月はゆっくり落ち着いて、夏だけ故郷へ戻ってゆく。キャンプサイト料金も夏の7-8月は高騰して若者や家族連れの短期滞在者で占められる。

ここオルニャオのサイトは電気込みで一泊9.5ユーロ(8.1ポンド)と驚くほど安い。おまけに設備が整っていて文句なし、しいて言えばレセプションまでが遠すぎる(文句を言えば罰があたりそう。ポルトガルの神様ごめんなさい)

最近はEU圏内ではユーロ不安定、ギリシャに次ぎ、ポルトガルの経済が破綻寸前まで行っているという。昨年から見るとガソリン代が高騰し,1月からは準高速道路も料金を徴収するそうだ。



土曜日は港にある常設マーケットの周囲に野菜や日用品の市がたち、何としても見逃すわけにはいかない。

昨年も買った500グラム入りのアーモンドを、昨年と同じ年寄り夫婦の出店から買う。言葉はわからないからジェスチャーだが、おじいさんがこのアーモンドは俺が木からとったものだと言う。
オリーヴの漬物は量り売りで、大中小の金属の枡で買う。いろいろ種類があるが私はやっぱり黒オリーヴが一番好き。大枡いっぱいのオリーヴが2.5ユーロ、うれしい。

  

柿もこの地方でも取れるが、スペインほど立派なものではなく、皆自分の庭で取ってきたものを売っているみたい。1kgで1.2ユーロからだからロンドンのマーケットと変わらない。今が取り入れシーズンのオレンジは1kgが40セントから80セントくらい幅があり、サイズや種類で違うらしい。ここのオレンジは新鮮で味が違う。ここにいる間は毎日オレンジを食べ続ける。

  


ポルトガルは豚肉が安く、このマーケットの肉屋さんは売っている肉の半数は豚肉、そして鳥、牛、羊肉は豚肉より格段に高い。ほとんどが塊で日本のようにきれいにスライスされた肉はあまりない。

  



魚市場は込み合っていた。ぎらぎら光る大きな太刀魚などどうして料理するか判らない。
1kgの鯵と巨大なカツオを買ってしまった。カツオは近海では取れないはずだから鮮度が落ちていたがやっぱり魚は最高。



12月10日は満月、午後から曇りだった空が夜中の1時澄み渡った。月光であたりは明るく静まり返ったキャンプサイトを照らしていた。
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キャンプ旅行 クォテイラ(Quartaira) ポルトガル

2011-12-10 15:12:12 | 旅行



今回がスペイン、ポルトガルの旅では3回目、ブルーの線は2004年10月から12月の旅でスペインは一般観光地をめぐったもの、赤の線は昨年11月から今年3月までで北スペインからポルトガルを主に周ったもので、今回は今まで行かなかったところを中心にしているが(黒線)、今いるところが昨年クリスマス、正月を過ごしたクォテイラのキャンプ場。



私たちも渡り鳥と同じで、以前に行ったキャンプ場へ行く。コウノトリは昨年作った巣に帰ってゆく。キャンパーを停めた辺りは、イギリスのキャンパーが多く、昨年おしゃべりしたイギリス人が何組もいて歓迎してくれた。クリスマスの間はキャンパーを置いたまま英国の家族のところへ帰る人たちも多い。
ヨーロッパ人のクリスマスに対する心構えは、日本人がお盆や正月に対する故郷へ帰って家族や親戚、友達に会うのに似ている。

キャンプサイトでもキャンパーやキャラバンの周りに色とりどりの電球や飾りを下げ、ポインセチアの鉢植えを並べているところもある。ヨーロッパ人にはクリスマスは25日だけでなく、12月1ヶ月がクリスマスなのだ。



  

クォテイラのキャンプ場には大きなユーカリの木が多く、その下を通るとさわやかな香りがする。12月がこの白い花の満開時期で、今が一番良い時期。
1月末から3月にかけてポルトガル、スペインはミモザの花が辺りを彩るが、このサイトのミモザはもう少しで開花しそうなくらいつぼみが膨らんでいる。


  

12月8日はポルトガルの祭日、この日は宗教祭日でカソリックのこの国では聖母マリアを祭る行進がおこなわれる。午後2時ごろ町へ出てみたがあまり人出はないし、車もほとんど走っていない。魚市場の近くの港へ行ってみると、青と白の旗で飾った漁船や、観光船が30艘ほど並んでいる。一艘の船の舳先に、花に囲まれたマリア像がすえつけられ、やたらと太った若い僧侶がバイブルを読み上げ、集まった人たちは神妙に聞いている。

  

  

3時過ぎてから船は数艘づつ港を離れ海岸に平行に走ってゆく。日本なら太鼓を叩いたり歌を歌ったりしてもっとお祭り気分が上がるだろうに、ここは何もない。堤防の突端ではお祭りに興味のない若者たちが魚釣りに夢中で、中サイズの鯖や,小鯛のようなのが釣れていた。

  


このお祭りはつまらないなと思いながら海岸線のプロムナードへ行ってみるとどんどん人々が集まってくる。
船は港とは一番遠い海岸に集まり何をしているのかが全然見えない。4時過ぎにプロムナードに集まった人たちがぞろぞろ港の方角へ移動している。船も港へ戻ってゆく。

  


プロムナードの人々の間にマリア像を担いでいる数人の男性がみえた。
海を渡ったマリア像は旧市街の教会へ帰ってゆくらしい。すごく期待してきたから、この簡単なお祭りにはすごくがっかりしてしまった。
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キャンプ旅行 エルヴァス (Elvas) ポルトガル

2011-12-05 22:14:26 | 旅行


メリーダを出た朝は霧が深くて、見残したメリーダの町を見ようと計画していたのを変更して、真っ直ぐポルトガルへ向かうことにした。この道は7年前の12月ポルトガルからスペインへと通った道で、雨模様で寒かった。ポルトガルの国境まで深い霧は晴れなくて、入国とほとんど同時に空は真っ青、太陽が暑い。



国境から14Kmのエルヴァスの町は、この町の表看板と言うべき巨大な水道橋が、メインストリートの横に伸びていて決して見逃すことがない。7年前は雨の中駐車場が見つからず、この水道橋の写真を撮ってすぐスペインへ向かった。インターネットに拠ればこの7Kmの水道橋は15-17世紀に作られたものだと言う。
今日の素晴らしい天気に時間もたっぷり、そして水道橋のすぐ横に駐車することが出来、2時間ほどこの町を探索することにした。

  

7年前この町の歴史が知りたくてインターネットを調べたことがあったが、観光地でないここは町の名前さえ載っていなかった。今日水道橋から上手に歩くと堅固な城壁に囲まれた中世の町並みが現れた。

  



ポルトガルの町はスペインのそれよりも白さが際立って鮮やかだ。狭い一方通行の通りを車が走り、ところかまわず駐車している。広いオリーヴ畑の中に盛り上がった岡の上は、教会や、城砦が見える。

  



観光案内所の壁のポスター(上の写真)はこの町から数キロ離れた岡の上の城砦で星型は上空写真でなければわからないだろう。観光案内所に英語の説明書が無くてここがセント・ルジア城砦としか判らなかった。

  

町のスクエアはサンタ・マリア教会(旧エルヴァス大聖堂)の前でこの日は骨董市が開かれていた。どこかのお屋敷からもってきたのではないかと思われる素敵な家具があったけど、もちろん買えない。

  

  

このエルヴァスの旧市街は大きな変形ひし形の城壁で囲まれた岡の上の町で、その一角にあるエルヴァス城からの眺めは格別素晴らしい。周囲の岡はコルク樫の林とオリーヴ畑で、どこもかしこもからからに乾燥しているように見える。城自体は内部が崩れ落ちた13世紀のもので城砦とタワーが残っていてとっても安い料金で一周できた。 
城砦を出た町外れの公園は鈴なりのオレンジの木に囲まれた中にベンチが点在していた。 
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キャンプ旅行 メリーダ(Merida)

2011-12-05 18:05:40 | 旅行


1週間のんびり過ごしたカサーレスのキャンプサイトを去ってメリーダへ向かう。走行中に何組かのコウノトリのグループが飛んでいるのを見かけた。スペインも寒くなってきたから皆で集まって暖かいアフリカ辺りへ避寒に行くのかと思った。ところがこの夜のローカルニュースでは、コウノトリが帰ってきた、と人々が集まって写真やビデオを撮っているので、一体どこから帰ってきたのだろうと不思議でならない。




メリーダはローマ時代、イベリア半島(スペイン、ポルトガル)で一番栄えた町で、当時人口4万人と言われている。2千年後の現在人口5万4千人とあまり変わらない。4万人の人々が生活し人生を楽しんだことを想像すると、ローマ人は本当にすごい人達だったのだと心から尊敬してしまう。



カサーレスから1時間ほどでメリーダのキャンプサイトがある。午前中に着いたので、町までのバスの有無を聞くと日曜日はないと言う。キャンパーで町の中心地を目指すと途中に立派なアクアダクト(水道橋)が目に付いた。そのすぐ近くに駐車して、一番近い観光名所がこのとてつもないアリーナだった。この広大なアリーナは当時馬車のレースの行われたところで、映画ベンハーに馬車の競技があったが、それがこのようなアリーナだと説明されていた。

  

アリーナから歩いて約10分、旧市街の真ん中に円形劇場と半円形劇場が隣り合わせにある。入場料を払って入るが日曜日とてローカルのスペイン人が多かった。特に若い人たちが多く、若者もこんな遺跡に興味があるのかしらと思ったが、この半円形劇場では夏の間音楽祭や、オペラなどが上演されるという。
なんてラッキーな人たちだろう。先祖から受け継がれた最高の遺産で今でも楽しめるなんて。
この半円劇場の再建された柱やデコレーションなどは、トルコのエフェシスの遺跡を思い起こさせる。

   

  

ローマは狼に育てられた双子の兄弟が作り上げた伝説があり、狼が双子に授乳している像はローマとルーマニアで見たが、この町にもあった。この町もローマの末裔として誇りを持っているのだろう。

  

円形劇場のすぐ近く、この町では一番の見所と言われるローマン博物館は日曜日は無料だが2時に閉館、月曜日はヨーロッパのほとんどの博物館が閉まる。ここもその例外でない。あきらめてこの町を去ることにして、キャンパーで出発したが、道を間違え狭い道をあちこち走り回った挙句、町の反対側の川淵に出てしまった。そしてここのローマ橋にびっくり仰天。グアデアーナ川にかかるこの橋は全長783メータ、60からのアーチで成っているという。
今までローマ人の建設した立派な橋は何度と無く見ているが、こんな長い橋は見たことがない。普通で100メータもあったら長いほうだ。

  

このローマ橋の横に、アラブの城砦、アルカザーがあり、どうしても見たいと駐車場を探すが旧市街のほうはどこも満杯。とうとう川向こうへ行きローマ橋の近くに駐車できた。この橋を渡って早くしないと4時にアルカザーが閉まるかもしれないとあせりまくって、亭主はそっちのけ、7百メータを走ったがその長いこと。5時閉館と聞いてやっと落ち着き見て周ったが、まだ800年くらいしか経っていない城砦の中はほとんどが瓦礫のやま、川淵の城壁は強健そのものだった。
  

この石畳をアラブの人たちが闊歩したんだなーなどと思いながら歩き回った。

  




5時過ぎて次の町まで行くには遅すぎるので、今夜はメリーダのキャンプサイトで一泊しようと道を引き返した。


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キャンプ旅行 カセーレス 2日目

2011-12-01 16:58:34 | 旅行


スペイン通りで只一軒出ていたお土産やさん、アーモンドや栗、チーズ,干しいちぢくなどスペイン産のものばかり、本当の土・産。

  

狭い石畳の道を小型車が走る、時々ヴァンなどが通るとわき道に立って居れない。両壁いっぱいにぎりぎりで通ってゆく。

  

前に行ったカサーレス博物館、今回は外を一回りしてみたら、素敵な飾りと変わったガーゴイル、このガーゴイルは今まで見たことがない。


 

ロス・カセーレス・ハウスとサン・マテオ教会の狭い道に若いスペイン人の男性が大きな声で歌っていた。遠くから聞こえ、合唱団が歌っているのかと思って行ってみて驚いた。スペインのフラメンコか民謡らしい。やってきたスペイン人の団体が拍手したから彼はすごく嬉しそうだった。

狭い細道の小さなアラビア博物館。一回りしても10分もかからない。トルコで見たような飾りが5つの小部屋に飾られていた。


 

さてこの町の全景を見るには旧市街の反対にある岡をめざす。途中に写真を写す最適地・サン・マーキーノがあるが、折角ここまで来たからにはと2kmほど先の山頂のサナトリウムまで登った。相当傾斜の激しい道がつづいて、マラソンや自転車のトレーニングをしている人が多く、又健康志向のスペイン人に多く追い越された。       


    



  

こうして山頂から見ると旧市街は小さくて、その周りを取り巻く住宅地や工業地帯、新規開発のアパート群など相当大きな町に発展しているのが伺われる。

 

サナトリウムは改装工事中で、その横の高いキリスト像がカサーレス博物館の窓から見えた。メーヨー広場に戻り遅い昼食を食べてこの町を去る。

   

スペイン語は面白い。これはドン・キ・ホーテとよむ。お金もちの別荘の門についていた標識。確かにドン・キ・ホーテはスペインの物語だ。
 
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