季節を描く

季節の中で感じたことを記録しておく

“古代ローマ帝国の遺産:栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ”展(国立西洋美術館、2009.10.8)

2009-10-08 21:06:27 | Weblog

 台風が通り過ぎたばかりの秋の午後、上野公園は樹から落ちた葉っぱでいっぱいである。その上を歩いて西洋美術館の“古代ローマ帝国の遺産展”へ行く。
 「アウグストゥスの胸像(オクタヴィアヌス・タイプ)」(1、後1世紀前半)はアレクサンダーに似たヘレニズム的王タイプの像であり若々しい。
 これに対して「皇帝座像(アウグストゥス)」(10、後1世紀中頃)が一目してゼウスを思わせる。ユピテル神(ゼウス)として神格化されたオクタヴィアヌスである。

                《皇帝座像(アウグストゥス)》
 「アグリッパの胸像」(6、前1世紀後半)は若き日の精悍なアグリッパの像である。彼はオクタヴィアヌスにとってのいわば“孔明”にあたる軍事的天才であった。

                             
 「アポロ像」(17、後1世紀)は不思議な感じがする。顔はアルカイック・スタイルで左右対称。ギリシア人がエジプトの様式を取り入れたもの。ところが体はクラシック・スタイルで左右非対称である。二つのスタイルの折衷。ローマ人があこがれたギリシャ文化を彼らが摂取する過程の一作品である。
 「イシスの儀式」(24、後1世紀半ば)がローマに入ったエジプトのイシス信仰を示唆する。イシス女神は夫であるオシリス神を救った。権威ある女神である。このフレスコ画には踊るエチオピア人神官、やしの樹などローマ人のエキゾチズムが見られる。

                                
 「骨壺」(39、後1世紀)は緑のガラス製の蓋付きアンフォラ(二つの取っ手がついた壺)である。ポンペイ出土。中には火葬された骨が入る。なおローマでは紀元後2世紀からは土葬が主流となる。
 「金のランプ」(69、後1世紀)は蓋が失われているが約1kgある。ネロがポンペイにあった神殿に捧げたものと言われる。

 「モレジネの銀器一式」(70、前40年ー後1世紀)のうち、皿4枚のセットに白鳥と貝殻の飾りがつく。この二つはアフロディーテの持ち物である。
 「双頭の蛇の指輪」(83、後1世紀)が金製で精巧。魔除でありまた豊饒を象徴する蛇がローマでは宝飾品にしばしばつかわれた。

                                       
 「ザクロ石の指輪」(84、後1世紀初頭)、「縞メノウの指輪」(84、前1世紀ー後1世紀)はともに台が金である。
 金・真珠の「真珠の耳飾り」(73、後1世紀)、金・エメラルドの「首飾り」(77、後1世紀)、また金・エメラルド・真珠母貝からなる「首飾り」(78、後1世紀)などもある。

                                          
 「アレッツオのミネルヴァ」(16、前3世紀)は、前2世紀にローマがギリシアを征服する以前のローマ人による作品である。端正で美しい。

             

 ポンペイのフレスコ画、「庭園の風景(南壁)」(111、ユリウス・クラディウス朝時代)は描かれたいわば人工の自然である。柱頭の首、その上のバッカスの巫女の絵、また劇の仮面が無気味。

                             

 「庭園の風景(東壁)」(112、同前)は夾竹桃がメインをなす。

                                  
 「モザイクの噴水」(113、同前)はポンペイの屋敷のなかにあった。モザイクの青が息を飲むほど美しい。
 「豹を抱くディオニュソス」(116、前1世紀ー後1世紀)が若い青年としてディオニュソスを描く。小さな子どもの豹が獰猛なのに彼はそれを愛おしそうに見る。印象的な彫像である。

                       
 美術館の外は夕方で風がやや冷たい。文化会館の前の石畳を上野駅へと向かう。