二つの顔の母

2000年08月06日 | 家族

 あの日、私は、9時に家を出ました。
 大宮まではいつもの状態で行けたのですが、17号に入ったらすごい車の量
で渋滞してた。前後をトラックに挟まれて私は、(ああ…、今日は平日なんだ。
みんな働いているんだな)と思った。まわりを見れば、レジャーに行くという
感じの車はない。社名を書いたバン、建設機材を積んだ2トントラック、宅配
便。みんな仕事してんだ。
 私は、少し進んですぐブレーキを踏むという動作を繰り返しながら、母のこ
とを考えました。(おれのこと、分かんなかったらどうしよう。「どなたです
か?」なんていわれたら、哀しくなるな)そんなこと、うじうじ思いながら車
を走らせました。
 兄が毎日会社の昼休みに、家に戻って母に昼食を食べさせている。今日は私
が行くから家に戻らなくていいよ、ということを伝えたくて、下館というとこ
ろの手前あたりのコンビニの駐車場に車を停めて、携帯電話をかけた。兄は、
「会社の弁当とってないから家に戻る」といった。私は、兄の分も何か買って
いくことにした。
 町のスーパーで買い物をして実家に着くと、兄の車があった。私が、手入れ
のしていない、雑草が伸び放題の庭に車を停めると、兄が出てきた。
 母は、奥の座敷に寝ていた。ムワァっとする熱気が漂よっていた。一段と手
足が細くなったなと思った。
 母は、私の顔を見て「来たのが…」と呟いた。
「母ちゃん、誰だが、分がっか?」
 と、兄がいう。
「分がっぺな」
 と、母は嬉しそうにニコニコしてた。
 私は、ほんとうに私のことだと分かったのかどうか不安だった。
 兄が会社に戻ってからも、しばらく私は母の側に坐っていた。一通り私のこ
と家族のことを訊くと、母は話すことがなくなり、私をじっと見ているだけだ
った。団扇であおぎながら母を見ていると、なんかたまらない気持ちになった。
「母ちゃん、おれ、もごうの部屋にいっから、何かあったら呼んで」
 といって、私は居間に行った。
 缶ビールを1本飲むと、疲れていた私は、座布団を二つに折って枕にして寝
た。
 どのぐらいたった頃だろう、母の呼ぶ声がする。時計を見ると5時前だった。
 急いで母のところに行くと、
「なんで、はやぐ来ねえんで。母ちゃん寒くてさむくて、しょうがあんめな」
 きつい顔つきで怒っている。部屋の空気は、昼とあまり変わらない温度だっ
た。
「そこのとぼ閉めろ」
 私は、母の見つめる先にある雨戸を閉めた。
「これも…、あれも閉めろ」
 母の指さす障子、襖も閉めた。
「母ちゃん、これでいいのが…」
 私は、居間に戻った。まだ外は明るい。母は、真っ暗な部屋で何を思って寝
ているのか。正直なところ、私は、こんな母の世話をし続けることはできない
な、と思った。

 現在母は、介護認定の結果を待っている。役場の人が来ていろいろ母の状態
を調査に来たという。しかし、かかりつけの医者のほうからの書類が届かない
ので、まだ、結果が出ていない。なにやってんだ、という思いです。早く書類
を出してくれればいいのに。
 この町でも、老人を預かる施設は少なく、空きがないという。町会議員に頼
めば、早く入れると兄はいわれたという。こういう話を聞くと、いやになりま
す。
 兄が会社に行っている間、母が一人で寝ている。こういう状態がいつまで続
くのか。

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