唐茄子はカボチャ

映画と音楽と・・・

昨日は友だちの結婚を祝う会があって・・・

2006年10月23日 | ほか
あまりそういうのに顔を出すの好きではないんです。でも、なんか、今回は行かなくてはいけないような気がして・・・
その友だちとの距離感がそうさせたのかな?
今までは、この人のときは今までの関係上行かないわけにはいかんだろうというのを、「いきたくない」という思いからさけてきたところもあるんですが・・・
さっきも言った距離感というのは、年賀状を出す時に案外近い人はいつでも会えるという理由で出さないで、なかなかあえない人に出すのってあると思うんですけど・・・そういう意味で、なかなかあえない昔の友人が集まるという一定の距離感がそうおもわせたのかもしれません。

集まった人も、いつも顔を合わせている人だとなんと言うか、めんどくさいでしょ?そうでもないか・・・

どっちにしても、きちんとした服を着るのも嫌いなんでやっぱり嫌いは嫌いなんです。

でも、行って良かったかどうかを聞かれれば、「良かった」と答えます。
2人がそれぞれの人生を重ね合わせる瞬間ですから。個人と個人の生きてきたものが映し出されるわけですね。そのときに、ああ、やっぱりこの二人は様々な道を乗り越えてここの道を選んだんだなあと、思うことができたからです。

そして、自分もうらやましくなってしまいました。式に出るってことは、もしかして、じぶんのけっしん・・・またあとで・・・


・・・あぶなかった・・・人が来るんだもん・・・・こんなことかいてるの観られたら恥ずかしいもんね。
決心と言っても、相手がいるから言ってるとかではないんですが、そういうところに自分を追い詰めていく役割もあるのかもと思いました。

そして、その会場は小さく静かな、しかし、力強い「結婚したい願望」という炎がぶつかり合う戦場となるのかもしれません・・・

まあ、それはそれとして、今までこういうの嫌いだったのは、他にも理由があって、結婚なんて、それをあえて参加して祝福するのかもわからなかったからというのもあるのですが・・・それを、「良かった」と、こういう風に考えられたのも歳をそれだけ重ねたからなのでしょうなあ・・・・

2人の幸せが自分のすさんだ心を溶かしてくれたのかも。なんてね。

でも、やっぱり好きにはなれないなあ・・・・

話はちょっと変わって、祝う会の後にみんなで2次会と言うことで、飲みに行くのかと思ったらいきなりカラオケでしたが、行きました。
こんなときに「サントワマミー」を歌った、場をわきまえない私ですが、またそこでも小さく、しかし、たしかに熱い炎を感じました。でも、だからといって、何かがあったわけではないですけれど・・・・みんな意識的にそういう曲を選ぶでしょう?だから、おのずとそういうほうに気持ちがいってしまうのではないかと・・・・・

それでカラオケボックスで驚いたのは、外国曲の多さです。プリンスだけでも、あれやこれやで、さすがにそこで歌う気にはなれなかったけれど、歌ってみたいなあ・・・人がいないところで・・・

そこで問題です。これはどこまでが自分の本音なんでしょうか・・・・どこまでが見栄なのでしょうか・・・

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