唐茄子はカボチャ

映画と音楽と・・・

バベル

2007年06月07日 | 映画 は行
4つの話を少しずつ展開させてつないでいく、この監督の得意の手法です。そんなに複雑にしてないし、わかりやすいです。でも、もうちょっと突っ込んでいきたいと思った瞬間に物語の流れが切り替わってしまうので、そのたびに話を再構築しなければいけないのがちょっと面倒かなあ・・・
手塚治虫さんの陽だまりの樹を読んだときにお医者さんとお侍さんの2つのエピソードが切り替わると、そのたびに盛り上がるんだけど、その余韻が強い中で切り替わったときにちょっと引きずってしまって、未練が残ってしまうような・・・それに似た感覚がありました。

だからといって4つを完全に分割しちゃってやったら、一回盛り上げてまた落としてまた盛り上げてって、いちいち面倒かな?

ちょっと面倒と書きましたけど、観ている邪魔にはなりません。そして、時間の流れに沿ってということではないですけど、それもそんなに気にならないです。むしろ、ブラッドピットの電話のシーンは、電話の先ではまだ子ども達には何も起きていないところがまたいい感じでした。

バベルの題名にあらわれているように、人間の社会の発展の中で、輝かしい未来・・・となっていない現実の部分を描いています。それは、映画の中でとても歯がゆく思う部分なんですけど、同じ人間同士で同じ言葉を使っても言葉が・・・心が通じないというところに一番の社会のゆがみが見えてくるわけです。

日本の場合は、その言葉が聞こえない少女の心が傷つくさまを描いています。言葉というのは、人間同士が心を伝えてコミュニケーションをとっていくと手も大事な手段ですけど、それが通じない。その通じない「言葉」自体を持っていないことだけで、変な目でみられて自分を拒絶されてその反動で自分を傷つけていくわけですね。心の中の安心を求めて無茶してあがいている感じが切ないです。
人と人との関係が切り裂かれている日本の社会の堕落を描いています。
しかし、あんな迫られ方をして、刑事さんは立派ですね。でも、あそこでやり始めたら確実に親が帰ってきて大変なことになっていたでしょう。感動も何もあったもんじゃない。
まさかあの子、ベランダから・・・・と、不安にさせますけど、よかったよかった。

メキシコの場合は、結婚式の風景がとても幸せで、なごませてくれるんですけど、そのままでは終わらなかったわけです。同じ言語を話しているのにその言葉屋心が通じないという点ではこの話が最高にむかつきます。人間同士が相手の気持ちを汲み取って、お互いに尊重しあうことがで切り社会であれば、こんなことにはならなかったわけですけれども、警察の一方的なやり方で歯車が狂っていきます。乳母の「わるいことをしたんじゃないのよ。ただ、愚かだっただけ」という言葉が印象的でしたが、その愚かな行為を受け入れられない社会、その人の失敗を犯罪的に追い詰めてしまう社会ってなんなんだろうと思います。悪とはなんぞやって言うのが問われます。

モロッコは悲しすぎますね。銃を普通にあてがわれている現実もそうですけど、ただ、銃を持っているのはテロを起こすとか、戦争だからとか、そういうことじゃなくて羊を守るためなんですけど、あそび心とかちょっとした競争心がバスを狙うゲームに自然になっていってしまいました。とんでもないことをしてしまった弟。そこですぐに親に知らせればよかったのですけど、そうはならないですよね。隠そうと嘘までついて、それがまたどんどんふかみにはまっちゃうわけです。これも、子どもの愚かさ・・・本当はそうやって成長するんだろうけど、その愚かさが、この場合は本当の犯罪にまで発展し・・・取り返しのつかないところまで言ってしまいます。銃社会への警告とも取れます。

一番印象に残るのはアメリカです。
ブラッドピットと女の人の関係もよかったですけど、モロッコ観光のバスの人たちの孤立振りが今のアメリカを象徴しているような気がしました。

バスのなかだけがアメリカで、周りは敵に囲まれているという不安。外国に行っても、アメリカの中にいるんですね。だから、村のなかに孤立させられたら不安で不安でたまらないわけですね。村人全員がテロリストに見えるわけです。
アメリカ国家が作り上げた「アメリカ人」ですね。
そして、皮肉にも、奥さんの心配を一番してくれたのが現地の人だったわけです。
バスの中だけがアメリカで・・・といいましたが、考えてみると、バスをアメリカにたとえて、世界から孤立している象徴でもあるのでしょう。そして、その中だけは安全と思っていたところに一発の銃弾・・・9.11のテロがおきたときのアメリカの動揺を表しているのかもしれません。(そう思ったのはセプテンバー11を見たばかりだからというのもあるかも)
そして、真実がどうかという冷静な対応ができずにテロだなんだと騒ぎ立てているところもアメリカっぽい。

そんなすさんだ世界の中でも、人間は、心のつながりを求めて必死であがいているわけですね。

アメリカの女の子、ダコタファニングっぽいかわいい子ですけど、妹さんなんですって。エルファニングっていうそうで。これから活躍しそうです。

モロッコの人たちの顔が良いです。

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