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映画・演劇のレビュー

『ロルナの祈り』

2009-12-28 21:01:31 | 映画
 アルバニアからベルギーにやってきた移民女性、ロルナが偽装結婚で国籍を取得し、その後薬物中毒の夫とは離婚し、お金のために、さらにはロシア人と再び偽装結婚をしようとする過程が描かれていく。

 映画は彼女の心の葛藤を省略を多用した独自の文体で見せる。2008年カンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞したのもうなずける。見事なストーリーテリングだ。監督は『息子のまなざし』や『ある子供』『ロゼッタ』の鬼才リュック・ダルデンヌ、ジャン=ピエール・ダルデンヌ兄弟。これが面白くないはずがない。

 ただし、ロルナの置かれた状況はなかなかわからないまま、話だけがどんどん進んでいくから、じっくり見ていないと映画から取り残される。情報量も少ないから人間関係の把握には時間がかかる。だが、ただロルナを見つめていくことを通して、少しずつ見えてくるものが、僕たちを魅了する。この映画の世界の虜にさせられる。彼女の背後にある様々な問題は徐々に明確になる。

 薬物中毒の夫との関係も、ただ利用するためだけのものから、本気で中毒から脱却しようとするこの男に対して、今までとは違う何かが芽生えてくる。それは断じて愛ではない。彼女には大切な恋人がいる。だから、戸籍上は夫とはいっても、この男はただのカモでしかない。お金を儲けるために、もうさっさと捨ててしまわなくてはならない存在なのだ。DVをふるったということにして離婚に持ち込もうとする。だがなかなかうまくいかない。そんな中で彼女はこの弱い男が必死になって麻薬と戦う姿に、自分たち移民が命がけで生きる姿を重ねてしまう。

 お金をためて家を買う。恋人と一緒に幸せに暮らす。そんなありきたりな願いを叶えるため、なりふり構わず生きる。アルバニアで幸せに暮らせたならなんの問題もなかったはずだ。ただ、そんなあたりまえは祖国にはない。生きていくため異国に来て、犯罪を通して生存権を手に入れた。なんの苦労もない人間にはわかるまい。

 薬中の夫が再起した時、彼に死が訪れる。新しく購入した自転車で走っていくシーンの直後、観客である我々は彼が死んだと知らされることになる。えっ?と思わされる。死体の確認、葬儀と続く。映画はここから一気に加速する。彼女の妊娠から、それが想像妊娠だったことを知らされるまで。そして、ラスト。「赤ちゃん」とともに、静かに眠りにつく。安住の場所を求めたロルナの旅がこうして終わる。

 なんとも言えない映画だ。胸締め付けられる思いにさせられる。生きていくためにただ必死になり、悪に染まる。別にロルナが可哀相だなんて思わない。問題はそんなことではない。少し距離をおいてただ彼女だけを見つめていく中から、ほんの一筋の希望が見えてくる。ささやかな希望だ。だが、それは心を熱くするものだ。ダルデンヌ兄弟が描く冷徹なドラマに襟を正す。

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