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映画・演劇のレビュー

柴田元幸『ケンブリッジサーカス』

2010-06-21 22:48:47 | その他
 翻訳家の柴田さんのエッセイ集なのだが、全体が一編の小説のようなスタイルになっているのがおもしろい。。生まれ育った六郷を舞台にしたお話からスタートしてロンドン、ニューヨーク、オレゴン、そして再び東京に。旅のエッセイだが、まるで柴田さんの人生そのものがそこには投影される。どこにいても自分は自分だ、と思う。そう思うのは、たぶん柴田さん自身なのだが、まるで自分が(こちらの自分は僕自身のことね)そこにいて、彼になり代わって旅をしている気分にさせられる。別に柴田さんは小説のように書いているわけではないのに、勝手に感情移入してしまって、我が事のようにこの旅を楽しんでいる。どこにいても、自分を旅している感じがいい。これは観光とか体験記とかではない。

 ポール・オースターとの対話も、ただの対談ではなく、お互いの子供時代を語り合いながら、ブルックリンと東京が微妙に重なり合うのがいい。オースターと柴田さんという別々の人生が交錯して、ひとつの風景を作っていく。旅は特別のものではなく、なんだか自己を確認するためのもののようになる。

 ここでは現在と過去の区別さえつかない。それらが雑然と一体化し、この1冊の中に存在している。意図的に今の自分とあの頃の自分を対峙させながら話を展開させていくという構成になった文もあるし、思い出話が多いのもそんな印象を与える原因だろう。さらには、ここと、そこが自在に飛んで、時間や空間さえ超越していくのだ。もちろん実際はそんな大袈裟なものではなく、ただ心に浮かぶままをとりとめもなく書き留めていけば、そうなったのだろう。(それって、なんだか『徒然草』のようだ)

 いろんなスタイルの文章が並ぶのに、それらがまるで別々なものにはならない。ちゃんとひとつに繋がっている。とても素敵なドラマがここにはある。だからまるで小説を読んだような印象が残るのだ。


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