
青山七恵が長編小説を書いたならどんなものを書くのだろう、と密かに期待していたのだが、とうとうそんな日がやってきた。しかも中途半端な長編ではなくちゃんと400ページもある。しかも、こんなにもくっきり鮮やかにストーリーがあるのだ。読みながら本当に彼女が書いた小説なのか、と疑うほど従来のタッチとは違う。あの淡く消え入りそうな世界を描く人が、こんなにも明確なストーリーテリングの作品を書く。
しかも、主人公は男である。20歳の大学生。容姿端麗で爽やか。みんなから愛される好男子。でも彼は、いつも好きになった女の子から去られる。彼女たちは彼を嫌いになったわけではない。それどころか今もとても好き。なのに、去っていくのは彼の優しさが怖いからだ。あまりに優しすぎて、そこに愛情を感じられない。自分のことを愛しているのではなく、誰でも彼は分け隔てなく愛するのではないか、と心配になる。現に彼は誰にも優しいのだから。
問題のある女ばかりと付き合うことになる、と読みながら最初は思ったのだが、最後まで読んで問題はそんな簡単なことではないと知らされる。彼を刺した女や、彼にいろんなものを貢がせた女。彼女たちに彼は騙されたのではない。本人はまるで彼女たちを恨んではいない。そこが、問題なのだ。こんなにも酷いことをされながら、彼はまだ相手の女を愛している。それどころか自分が悪いと思う。それってお人よしではなくて、一種の病気なのである。この小説はそのことに、本人が自覚するまでの物語だ。
ずっと彼が好きで彼を見つめていたテンテンの気持ちには彼は鈍感だった。もちろん彼が特別彼女のことをなんとも思っていなかったという厳然たる事実はある。それでも彼は鈍感過ぎた。彼が好きになる女の子たちへの想いも、実はあまり深い愛情を感じさせない。この男はもしかしたら、誰も愛してはいないのではないか、と思う。
3人の姉に苛められて生きてきた彼は潜在的な女性恐怖症なのだろう。もちろん彼を「苛めた」(それは「愛した」と言い換えてもいいし、3人は本当に彼が好きなのだ)彼女たちのことを、彼は苛められているとは露ほども自覚してはいない。このトラウマが根底にある。
彼は優しいから彼女たちのことを愛している。だが、そこには本人の主体的な想いは介入しない。ただ受け身である。そのことが女たちを不安にさせる。彼が本当はどう自分のことを思っているのか、わからない。彼の気持ちが知りたいから、彼に暴力を振るったり、彼にプレゼントを強要したりしてしまうのだ。愛情の確認作業でしかない。なのに、彼はけなげにこたえる。されるまま、言われるまま、になる。ますます女は不安にさせられる。やがては女のほうから逃げるしかない。
そんな自分に彼は気付く。この急転直下のラストにはドキドキさせられた。だって、後10ページしかないのに、そこから話を一気に終わらせるのだ。読みながら大丈夫か、心配になった。ここからすべてを終わらせるのには、10ページはあまりに少ない。そこまでの370ページのテンポから考えると、後100ページは欲しいところだ。だが、もう本には10ページしか残されてないことは厳然たる事実だった。
物足りない人も確かにいるだろう。だが、見事なエンディングだ。これ以上の説明は不要だ。短編、中編小説の名手である彼女の面目躍如である。
しかも、主人公は男である。20歳の大学生。容姿端麗で爽やか。みんなから愛される好男子。でも彼は、いつも好きになった女の子から去られる。彼女たちは彼を嫌いになったわけではない。それどころか今もとても好き。なのに、去っていくのは彼の優しさが怖いからだ。あまりに優しすぎて、そこに愛情を感じられない。自分のことを愛しているのではなく、誰でも彼は分け隔てなく愛するのではないか、と心配になる。現に彼は誰にも優しいのだから。
問題のある女ばかりと付き合うことになる、と読みながら最初は思ったのだが、最後まで読んで問題はそんな簡単なことではないと知らされる。彼を刺した女や、彼にいろんなものを貢がせた女。彼女たちに彼は騙されたのではない。本人はまるで彼女たちを恨んではいない。そこが、問題なのだ。こんなにも酷いことをされながら、彼はまだ相手の女を愛している。それどころか自分が悪いと思う。それってお人よしではなくて、一種の病気なのである。この小説はそのことに、本人が自覚するまでの物語だ。
ずっと彼が好きで彼を見つめていたテンテンの気持ちには彼は鈍感だった。もちろん彼が特別彼女のことをなんとも思っていなかったという厳然たる事実はある。それでも彼は鈍感過ぎた。彼が好きになる女の子たちへの想いも、実はあまり深い愛情を感じさせない。この男はもしかしたら、誰も愛してはいないのではないか、と思う。
3人の姉に苛められて生きてきた彼は潜在的な女性恐怖症なのだろう。もちろん彼を「苛めた」(それは「愛した」と言い換えてもいいし、3人は本当に彼が好きなのだ)彼女たちのことを、彼は苛められているとは露ほども自覚してはいない。このトラウマが根底にある。
彼は優しいから彼女たちのことを愛している。だが、そこには本人の主体的な想いは介入しない。ただ受け身である。そのことが女たちを不安にさせる。彼が本当はどう自分のことを思っているのか、わからない。彼の気持ちが知りたいから、彼に暴力を振るったり、彼にプレゼントを強要したりしてしまうのだ。愛情の確認作業でしかない。なのに、彼はけなげにこたえる。されるまま、言われるまま、になる。ますます女は不安にさせられる。やがては女のほうから逃げるしかない。
そんな自分に彼は気付く。この急転直下のラストにはドキドキさせられた。だって、後10ページしかないのに、そこから話を一気に終わらせるのだ。読みながら大丈夫か、心配になった。ここからすべてを終わらせるのには、10ページはあまりに少ない。そこまでの370ページのテンポから考えると、後100ページは欲しいところだ。だが、もう本には10ページしか残されてないことは厳然たる事実だった。
物足りない人も確かにいるだろう。だが、見事なエンディングだ。これ以上の説明は不要だ。短編、中編小説の名手である彼女の面目躍如である。