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映画・演劇のレビュー

遊劇体『ふたりの蜜月』

2015-06-24 22:02:17 | 演劇
キタモトさんの「鏡花全作品上演」と並ぶライフワークとも呼ぶべき作品となったツダを舞台にしたシリーズの第6作。毎回さまざまな人々のどうしようもない生きざまがそこには描かれる。今回は2卵生双生児である姉妹の物語。ふたりのたどる4年の歳月が描かれる。18歳から22歳まで。20世紀の終わり。衝撃的な事件を起点にして、その3年前に遡り、時系列に沿いながら運命の時へとカウントダウンしていく。だが、これは事件の顛末やそれによって人生が歪められたふたりの悲劇を描くわけではない。ただ、静かに事実を受け入れ、生きていく。事件なんてなくてもかまわないほどだ。だが、事件は起きるべくして起こる。

両親の心中という出来事(ここではそれははっきりとは語られない)を目の前にして2人はそれぞれの対応をする。パニックを起こす姉と、冷静に突き放した反応をする妹。それはまるでコインの表裏のようにきれいな対をなす。冒頭のエピソードだ。

遡って、18の夏。そこから時間軸に沿って話は展開するのだが、ゆっくりと、不穏な空気を孕みながら冒頭のカタストロフへと向かう。シンプルで美しい。もうひとつの前哨戦となる事件(従業員が機械に挟まれて左手を失くす)を挟んで、ラストに向けて一気に加速する。

旧家の宿命である「家を継ぐ」(家業は林業を営んでいる)ことを使命付けられた姉と、「家を出ていく」ことを義務付けられた妹。2人がたどる結末を見せたいわけではない。しかし、修羅をゆく2人の姿を描くラストシーンは、冒頭のエピソード以上に衝撃的だ。妹を背負い、永遠に続く山道を歩き続ける姉の姿は徐々に鬼の形相になる。大熊ねこの迫真の演技と相俟って、恐ろしい。しかし、その恐怖は彼女の悲しみと背中合わせだ。しかも、背中に妹をおぶっている。

生きていくことは相対するものと誠実に向き合っていくことだろう。激しさと静けさは同居する。キタモトさんは4年に及ぶ、短くて長い、そんなふたりの蜜月を見守る。


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