
市川崑の傑作『炎上』をたぶん45年振りくらいで再見する。デジタルリマスター版である。NHKのBSでたまたま二日連続お昼の映画劇場を見る機会に恵まれた。日米の1958、9年作品の競演である。僕が生まれた頃に公開された映画であり、10代の頃にいずれも見た映画だ。昨日のワイルダーには別の意味で驚かれたけど、今日の市川崑には的確に感心させられた。昔見たとき以上にこの映画が凄いことを思い知らされた。何より市川雷蔵が素晴らしい。それを名優たちが短い登場時間で実に適切なサポートをしている。ほとんどがワンポイントリリーフなのに鮮やかな印象を残す。
初見時はリメイク版である高林陽一監督の『金閣寺』の方が凄いと思ったが、今見たらどう思うだろうか。もちろん2本はまるで違う映画だ。だけど2本とも三島由紀夫の原作を見事に自分のものにした傑作映画であることは疑いない。
モノクロ映像で美の象徴である金閣寺を捉えた。金閣への過剰な思い入れが狂気に至る過程を描く。端的な描写で実に的確に溝口の心情、置かれた環境を表現する。見事というしかない鮮やかさ。市川崑の美学が結晶した一部の無駄もない99分。
ほとんど喋らない雷蔵。(吃音だから)だけど、だから彼の気持ちは誰にも伝わらない。もちろん彼には伝える気もない。金閣寺だけがわかっているからそれだけでいい。そんな傲慢が全編を貫く。こんな我儘な映画はない。だから素晴らしい映画になった。この寡黙な映画の前では原作が饒舌だったとすら思わせる勢いである。