
昭和天皇がずっと生きていた日本。112歳になった彼は今も皇帝として政権を握っている。そんなまさかの世界を舞台にした喜劇。終演後に少しお話した時、作・演出のピンク地底人3号さん本人が「これは喜劇」とそう言っていた。「そうかぁ、これは喜劇なんだ」と感心した。僕はそんなこと一切思わなかったからとても新鮮だった。(後で見たが、パンフにもちゃんと喜劇と書かれていた)それにしてもこれはとんでもなく怖い喜劇だ。今回ピンク地底人3号が取り上げたのは日本の有り得たかもしれない(あり得ない)戦後。まさかの悪夢を描く政治劇だ。
写真を取り込むために見たステージナタリーの解説には(というか、それはチラシの引用だが)「舞台は架空の日本。1948年、巣鴨プリズンで死刑宣告を待っていたA級戦犯・桐野健人は、神の祝福を受けたことにより釈放される」と書かれてある。なるほどわかりやすい。僕は基本、見るまで、そしてここに書いた後までは解説等を一切見ないから、いろんなことがいつも新鮮。一切先入観なく見るから芝居や映画はいつもとても驚きに満ちている。それにしてもこの作品にはド肝を抜かれた。こんな設定で平然と芝居を作るピンク地底人3号は凄い。恐るべき才能である。
圧倒的な権力を誇りいつまでも死なない皇帝(演じる林英世が圧倒的で素晴らしい!)。彼を尊敬して祖父のような皇帝になりたいと願う16歳の後継ぎになる孫の凛介(薮田凛)は、今もオネショしてしまうくらいに心が繊細な少年だ。映画が大好きで自分で映画を作ることになる。親友になるひかるは凛介と同じ16歳で冷静に状況を判断し彼を助ける。皇帝が亡くなり凛介が後を引き継ぐことになる。心優しい彼は独裁的な祖父とは違い国民に優しい国家を目指すはずだった。
先の展開がまるで読めない凄い芝居だ。この劇がどこに行き着くのか。やがて死んだ皇帝そっくりの男がやって来て、凛介の秘書になり、再びこの国を軍事国家に戻していく終盤の展開は怖い。アメリカの新大統領とのオンライン会談からラスト前まで一気に坂道を転げていくような展開になる。16歳の皇帝のたどる道筋。そしていきなりの、まさかのエンディングだ。これは悪夢の話なのか。希望の夢なのか。
2時間10分。ずっと緊張が続く。前作に続いて手話を取り込んだ劇というのも面白い。冒頭の3姉弟妹を受け入れる場面から、ラストの新皇帝誕生まで過剰な説明は排して、的確で丁寧かつスピーディーに展開していく物語にも圧倒される。100歳を越える老皇帝が日本を統治し、彼がこの国をどうゆうふうに作り上げたのか。そこは直接は描かれないが、確実に昭和64年以後の時間は背景として描かれてある。いや、昭和20年以後の時間のすべてが描かれている。そこを想像させながら目の前のドラマを追うことになる。これは圧巻の凄い芝居だった。