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映画・演劇のレビュー

『秒速5センチメートル』

2013-01-01 19:10:15 | 映画
 三話からなる連作アニメーション作品。たった63分の世界が、なぜかこんなにも豊穣で、永遠と思えるほどに奥行きがある。これは、ほとんど奇跡のような作品である。

 小学校の頃からスタートして、出逢いから再会までの10数年間のドラマが綴られていく。でも、再会は永遠の別れでもある。こんなにも切ない恋物語を見せられるとは思いもしなかった。映像のワンシーン、ワンシーンがため息が出るほどに美しい。それは、綺麗に描いたからではなく、(もちろん1枚1枚の絵がとても丁寧で、美しい! のだが)我々観客が綺麗だと思えるからだ。新海誠監督のこだわりは、この美しい世界を愛おしいものとして丁寧に見せていくことにある。それはただの表層的な美しさではない。生きていること自身の美しさなのだ。

 そこに生きる子どもたちの姿がちゃんとフォローされていく。その背景としてこの風景はある。東京から栃木の田舎の駅までの旅。種子島での高校生活。東京でのひとり暮らし。3つの話、3つの時間は、ひとつの、ふたりの人生の軌跡。別れ別れになった少年と少女がその後にたどる日々。別々の場所で、相手を思いやり、それぞれの人生を生きる。風景の中で確かに生きている人間たちの姿、その相乗効果が、この奇跡の映像を形作る。

 何も言わないけど、心の中にきちんと秘めていた想い。お互いのそんな想いがまず根底にある。小学3年生の頃、転校してきた少年。たったひとりぼっちで、新しい土地で不安を抱えて1歩を踏み出す。その1年後、ここに、同じように転校してくる少女。2人はそうして出会う。第1話は、再び転校した少女のもとに会いに行く、話。自分もまた、遠くへ転校していくことになり、その前に最後にもう一度会いたい、と思う。中学1年生の冬。東京から栃木までたったひとりで会いに行く。だが、雪のため電車がどんどん遅れてしまい、約束の時間は過ぎてしまう。電車の中で、心ばかりが逸る。でも、どうしようもない。不安で泣きそうになる。でも、我慢する。たったひとりの車両の中(実際には他にもお客はいるはずなので、そこはイメージであろう)ただ、ひたすら待つ。やがて、ようやく動き出す。駅の待合で7時。だが、彼がたどりつくのは11時を遥かに過ぎた時間。でも、少女はずっとそこで待っている。心細い。でも、待っている。この映画はあらゆる意味での「時間」がテーマとなる。

 この小さなエピソードが最初の話だ。それだけで30分くらいある。全体は63分だ。この地点で全体のバランスは崩されてある。3話は均等である必要はないのだが、少し驚く。時間は均等ではない。収縮自在で、一瞬が永遠で、永遠が一瞬にもなる。雪の中、朝まで2人だけで過ごす時間。その後、2人は2度と会うことは叶わない。でも、2人の想いは永遠のものとなる。リアルじゃない。そんなものを描きたいのではないからだ。この映画はリアルなんてものを越える。

 高校生になった彼が過ごす時間が、2話では描かれる。彼に想いを寄せるクラスメートの少女の視点から描かれる。言えない想いを描く。少年は優しい。だから、彼女は彼を好きになる。でも、彼は彼女の気持ちを知らない。彼の心はどこか遠くにあるように見える。だから、最後まで彼女は彼に伝えられない。言えないのは、心の弱さではない。想いの深さだ。だから、彼の気持ちが見えてしまうからだ。彼は心を閉ざしているのではない。別のものを見ている。それが彼女にはわかる。

 最終話が、タイトルロールでもある。でも、このエピソードはお話ですらない。成人して、東京で暮らす彼。同じように成人して同じ東京で暮らす彼女が偶然踏切で出逢う一瞬のすれ違いが描かれる。桜舞う中、声もかけられないままで、別れていく。彼にはあれが彼女であるという確信はない。今ではもう顔すら定かではない。でも、確かに彼にはわかる。

 東京の大学に進学し、就職して東京でそのまま暮らす。だが、日々擦り切れていく心。仕事をやめて、これからどうするのか、あてもないまま、ここにいる。彼女は、恋人ともうすぐ結婚する。幸せそうな笑顔が描かれる。2人がもし、今、再会し、そこから何かが始まるとしても、それはこの映画が描くべき物語ではない。

 
 誰もが、それぞれのかけがえのない人生を生きている。うまくいかないことも、たくさんある。もちろん、そこには幸せな時間もあるだろう。だが、そのことにすら、気付かないまま過ぎていく時間もある。何が正しくて、何が間違いなのか、そんなこと、誰にもわからない。ただ、このそれぞれの人生はかけがえのないものであることは確かだろう。それで、いい。
 

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