『活版印刷三日月堂』シリーズは読んだことはないけど、「言葉の園のお菓子番」シリーズはちゃんと読んでる。それにこれはポプラ社から出ているから読むことにした。あと表紙の写真とタイトル。なんだかお話は重そうだけど、読もう。
ほしおさなえの本を読むのは初めてではないけど、シリーズ物ではなく、単発の渾身の力作を読むのは初めてだ。今まで読んだ幾分軽いタッチの作品とはまるで違う。だけど、やはりこれは彼女らしい作品だ。もちろん『菓子屋横丁月光荘』や『言葉の園のお菓子番』だって決してただの軽い読み物ではない。そこには丁寧な日々の描写が根底にある。大きな事件は起きないけど、少しずつ何かが動いていく。
今回の作品は大きな事件から始まる。ある風景画家の転落事故死から。8階からの飛び降り自殺。彼女の死の謎を巡る物語である。だが、ミステリーではない。
その転落事故で巻き添えを食い、怪我をした歩行者の青年。彼は体が治ってからも心を病み引きこもり続ける。
だが、主人公は彼ではない。彼の従姉である女性が主人公だ。彼女もまたコロナで仕事を失って行き場をなくしている。母の実家であり今は叔母がひとり暮らしている川越の染織工房に居候する。そこに先の従弟がやってくる。このふたりの話。
生きる意味を見失ったふたりが祖母の仕事だった染織を通して再生していく姿を描く。ミステリー仕立てにはなっているけど、あくまでも基本は日常描写だ。静かに過ぎゆく時間を描く。ゆっくり時間をかけて彼らが自分を取り戻していく姿を描く。いい小説だった。