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映画・演劇のレビュー

『千夜、一夜』

2022-10-12 10:19:27 | 映画

震災後の福島、立入禁止区域での認知症気味の母と息子の生活を描いたデビュー作『家路』から8年の歳月をかけて完成させた久保田直監督渾身の第2作。今回は30年夫の帰りを待ち続ける女の話。今回も前作に引き続き主人公の登美子を田中裕子が演じる。行方不明者(年間8万人が失踪するという現状がこのお話の背景になっている)の夫の安否、もしかしたら拉致されたのではないか(映画の舞台は新潟の離島、というか佐渡島だけど)という疑念。いいかげん彼のことなんか忘れて新しい人生を生きたらいい、とみんなも思う。無骨な幼馴染の男(ダンカン)はずっと彼女を想い続けている。

一緒になったのは(そして居なくなったころだって)まだ20代だったのに、もう50代後半になり、老境に達する。そんなにも長い間ずっと彼の帰りを待ち続ける。今では彼の顔も思い出せない。(写真は毎日見ているけど)イカを裁く仕事をしている。(『川っぺりムコリッタ』の松山ケンイチと同じだ! もちろんそれって二人が『家路』で親子を演じていたという符合)意地になっているのではない。今でも愛しているから忘れられないのだ。もちろん60前の女が「愛している」とか言葉にはしない。全編、生気のないくたびれた顔で無表情。一人の部屋でカセットテープに残された夫の声を聴く。

そんな彼女を頼って一人の女がやってくる。彼女と同じように(2年前に、だが)夫が失踪したという女(尾野真千子)だ。中学教師だった夫がある日散歩に行ったままいなくなった。2年間探し続けてきた。心も体も限界に達している。同じ境遇にある彼女に登美子は助けを求められる。実は少し迷惑。仕方なく援助の手を差し伸べるけど、どうしようもないし、あまり積極的にではない。終盤たまたま街で彼女(尾野のほうの、です)の夫をみつけるところからの展開がドラマチックだ。

登美子の心境の変化が怒濤のクライマックスで綴られていくが、そこまでの1時間50分の抑えた演技との対比が見事。もちろんこのラスト15分ほどでも彼女が感情を爆発させるわけではない。尾野の夫を一晩泊めるシーンから、(彼女の夫のように)一時行方不明になっていたダンカンが帰ってくる話も込みで、ラストのふらふらと波打ち際をいつまでも歩いていくシーンまでは一気だ。だが、そこには答えはない。答えなんかないのがこの映画の答えだ。そしてこれは重くて暗いだけの映画だ。だけど、この素晴らしい映画が見せる痛みから僕たちは目が離せない。

 


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