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映画・演劇のレビュー

『満ち足りた家族』

2025-01-29 12:46:00 | 映画
ソル・ギョングとチャン・ドンゴンが主演する。それだけで興味深いが、ホ・ジノの新作だからこれを見た。それにしてもこんなに凄い映画だとは思いもしなかったから驚いた。うれしい悲鳴だ。

もちろん僕はホ・ジノの映画はもれなくすべて見る。だけど、『八月のクリスマス』を超える映画を期待したわけではない。あれは僕の生涯ベストテンの一作である。あれは若くして死ぬという理不尽な運命を静かに受け入れるアジョシを描く素晴らしい作品だった。だが、今回は平気で人を殺してしまう子どもたちを描く。まるで違うタイプの映画だけど、これは新たな一歩を踏み出した彼の傑作である。デビュー作と第2作の『春の日は過ぎゆく』あの2作を凌ぐ映画はもう彼には作れないのか、と毎回ここまで見ながら思っていたのだが、これはまさかの裏切り。

最近の作品は路線変更して迷走しているという印象しかなかった。だから今回も似合わないミステリータッチのサスペンス映画って感じで「大丈夫か、」と心配だった。しかしそんな心配は杞憂になった。いや、それどころかこの作品は新たな彼の代表作と言える一作になったのだ。これは今までの優しい作品とは違うタイプの映画だ。

ここには悪意がある。ただそれが何なのかはわからない。だから不安になる。善意の人である彼がこんな映画を作った。ここに登場する兄と弟の関係は断絶している。そこには表面的で最低限の付き合いしかしない。弟は兄を軽蔑している。認知症の母は弟夫婦が面倒をみている。なのに母は世話をする弟夫婦に冷たい。面倒を見てもらっているにも関わらず兄のことばかり心配している。兄を溺愛している。映画は弁護士で傲慢な兄と正義漢で真面目な弟というわかりやすい図式から始まる。だが必ずしもそうじゃない。

劇中、2組の夫婦の会食が2回描かれる。兄が弟を呼び出しているようだ。仕方なく弟夫婦は行く。その時事件が起きる。お話はそこで大きく動く。最初はここには来ないふたりのそれぞれの子どもたちがホームレスに暴行を加えたこと。2度目はその事件に対する対応。どこに決着をつけるかを話合う。

ふたりの子どもたちが抱える闇がこのお話を動かしていく。ホ・ジノがこんな映画を作るのかと驚く。冒頭のシーン(最後までこの衝撃的なエピソードが尾を引く)からラストまでずっと緊張が続く。この先どうなるのか、まるで読めない展開である。しかもそこで描かれるものは人間の根幹に関わる問題である。介護、家族、正義、犯罪、心の痛み。あらゆる問題を孕み持つ。あんなに簡単に殺人を犯す。心はないのか、と震撼させられる。

ふたりの父親たちは子どもたちの未来のために何を選択するのか。さらにはふたりの母親たちはどう対応するのか。そして何より本人であるふたりの子どもたち、彼らは何を思うのか。終盤の展開にもショックを受けた。まさかの展開には震えるしかない。あんなことがありなのか。しかもクレジットの後、まだある。心のない子どもたち、と割り切ることは出来ない。

そして、あのラストの家族写真まで。全く気を許す暇もない。裕福だけど、幸せそうな家族ではない。映画は満たされない家族を描く。

誰が正しいのか、誰が誤っているのか。お話は二転三転するけど、それはサスペンス映画だからではなく、人間ドラマだから。人の心はわからない。この恐るべき映画をホ・ジノが作る。これがあの『八月のクリスマス』の監督だとは思えない。

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