スタートは結構ドキドキさせられる。ミステリ仕立てのドラマだ。「映画」と「戦争」がお話の根底を成す。男のもとにある日届いたフィルムの切れ端。そこに映る女性の姿に引き込まれる、というところから始まる。彼は撮影地であるその島を訪れる。
だが、島に渡ってからすぐにフィルムの謎を握る女と出会うのはちょっと安易か。しかも、彼女が語る秘密がこの芝居のすべて、というのも。構造の単純さが悪いというわけではないけど、もう少し気を持たせてもいいのではないか、と思ったのだ。雰囲気を作り上げる演出が素晴らしい。植木歩生子はたったひとりでこの物語を支えきったのは確かに凄い。1人芝居としては見せ方に難ありなのだが、彼女はよく雰囲気を作り切れた。いくつものキャラクターを演じ分けることが出来てない。だから一本調子になる。だが、演出にも助けられ、世界観の確立は出来ている。
ただ、これは『思い立ったら吉日』にも言えることなのだが、ドラマの作り方、掘り下げ方が甘いので、感動には至らないのが惜しい。1本調子でキャラの描きわけが出来てないから後半は単調になる。しかも、自分を見失ったまま、生きる悲しみが表面的にしか描けていないのも、もったいない。ラストのオチも弱い。そんないろんな欠陥もあるのだが、作品世界をきちんと支えて最後まで破綻なく見せたのは立派だとは思う。
本題である2人の女の入れ替わりから始まる悲劇の物語自体は面白いのだが、彼女がこの島で自分を騙して、彼との愛を貫こうとしたのはなぜか、彼女のほんとうの気持ちはどこにあるのか、そんな主人公の心の闇を描かなくてはこの芝居は成立しない。もちろん、そんなものは目には見えないし、セリフにも出来ない。彼女の息子がこの島にやってきて彼女の消息を追うことで、見たもの。それが彼の今後の人生にどういう意味を持つことになるのか。それこそがこの芝居の描くべきものなのであるのだが、そこも十分には描き切れていない。こんなにも頑張っているのだから、そのことが返す返す残念でならない。