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映画・演劇のレビュー

上品芸術演劇団『約束だけ』

2007-09-12 23:38:54 | 演劇
 このたった1時間ほどの短い芝居が、とても面白い。とても小さな芝居だ。意図的にそのスケールが保たれている。この話なら大作仕立てにすることも充分可能だ。だから、しない。社会派ドラマとしても、近未来SFとしても成立する。だから、しない。鈴江俊郎さんはあくまでも小さな話として立ち上げることで、可能なものとしてこの芝居を構成する。

 世界のかたすみに生きる4人の男女。ロンドンのパン工場で働く不法滞在の女たちと、彼女たちを監視する役目を与えられたヤクザ。ビルの屋上にあるロフトで暮らしている。狭い部屋に4つものベッドを入れて、隠れ住んでいる。

 日本から高い渡航費を払ってここまでやってきた。日本に残してきた家族に仕送りをするために働いている。渡航のために借りたお金も返さなくてはならない。ヤクザであるはずの男(鈴江さんが演じる)は、とても優しく彼女たちを保護者のように守ってくれる。女たちはそんな男に甘えている。

 屋上のテーブルで彼女たちが話をしている。日本に残してきた家族のこと、自分のこと。そこで語られるエピソードはとてもさらりと描かれる。悲壮感はない。

 2050年、日本は完全に経済が破綻してしまい、円は暴落し、とても生活していけない。ここロンドンで1週間パン工場で働いたなら、日本での1ヶ月分の給料が貰える、なんてセリフが、さりげなく出てくる。いったいどうなっているのか、と思わされる。しかし、芝居はそういう世界の状況を説明することはない。

 彼女たちの差し迫った今の状況が描かれるだけだ。もっとお金を稼ぎたいから売春をさせろ、と言う女がいる。しかし、ヤクザは「女は体を大事にしなくっちゃいけないから、そんな事したら駄目だ」と諭す。「堅実な仕事をしてコツコツ稼げ」なんて言う始末だ。そんなエピソードからスタートして、一人の女が妊娠していてどうしようか、という話、さらにはヤクザとその恋人の話へと広がって行く。気付くと、もうラスト。警察とヤクザの組織によって彼女たちがここから追われていく。

 きちんと作りこんだビルの屋上のセットがいい。彼らの閉塞感と、心地よさが同居する空間が、見事に作られている。決して幸福であるはずがない。それどころか悲惨な状況だ。なのに彼女たちはこのささやかな時間と場所を愛しく思っている。だから、突然それが終わっていく(そんなこともあらかじめ分かっていたことかもしれない)ことも受け入れていく。もちろんそれは受け入れざるえないことだが。

 3人の女たちは自由に芝居をしている。鈴江さんは彼女たちを型に押し込めるではなく、自由に芝居をさせている。自分の世界観を押し付けたりしない。役そのままに保護者のように見守る。とても温かい芝居である。

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