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映画・演劇のレビュー

白石一文『ここは私たちのいない場所』

2015-10-25 20:49:30 | その他

昨年読んだ白石さんの『彼が通る不思議なコースを私も』はタイトル通りとても不思議な小説で、でも、それを読むことで、「私も」目が覚める想いがした。教育問題を扱い、こういうことってあるんだ、とちょっとした衝撃だった。昨年の僕のベストワン小説である。そんな彼の最新作である本作もまた、なんとも言い難い作品だ。

こんなことがきっかけで、まだ50前なのに、仕事を辞めて、何もせずに暮らす。管理職でエリートコースを歩んできた。でも、部下の不祥事の尻拭いのため辞職、というのは表向きのことで、ほんとは自分から辞める決意をした。もう働くのに疲れたのかもしれない。仕事人間で、家庭も持たず、ひとりで生きてきた。なのに、仕事を失くしたなら、何をするのか。退屈を持て余すことは必至だ。しかし、そんなふうでもない。

だいたい辞めるきっかけは不祥事を起こした部下の妻にはめられて、強請られたことから、なのだが、本人はそれをきっかけにして自主的に辞めている。しかも、彼を強請った女とその後も付き合う。それどころか、彼女と一緒にいることで、彼は心の平安を持つ。だからと言って彼女を愛した、とか、いうのではない。それどころか、最初の夜だけでその後は関係を持たない。そういうことが目的ではないからだ。では、彼の目的とか何か。

5歳のとき、3歳だった妹が死んだ。そのことが彼のその後の人生に影を落とす。そんなこと、あるのか、と思うけど、本人はそう思う。いろんなことを、最初から諦めている。そんな、人生だった。仕事を辞めて、新しい職にも就かず、何もしない毎日。十分なお金はあるから、あくせくすることもない。老後も安泰だ。だから、もう働く必要自体がない。しかし、そんなふうにして、人は生きていけるのか。

でも、そんな日々の中で、彼は少しずつ変わっていく。何が目的で、何をしたくて、生きているのか。わからない。でも、そんな彼の毎日をみつめていくうちに、(この小説を読んでいくうちに、だが)なんだか、不思議に心は落ち着く。人にとって一番大切なことは何なのか。その答えに向かい、小説は進んでいく。答えは当然出ないまま、終わる。なのに、なんだか心地がいい。ふわっとした気分になり、そのまま終わる。やはり、これは不思議な小説だ。


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