ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
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それは、想い出という名の心の糧 

アントニウスの火 ‐ 秋色のアルザス(6)

2012年09月26日 | フランス

 “ キリストの磔刑 ” やら、奇怪談?“アントニウスの誘惑 ” やらで、かなり道草をした。
 ここらで、マティアス・グリューネヴァルト(1470-1528 /ドイツ・ルネサンス)の「イーゼンハイムの祭壇画」に戻し、まずは、多翼層からなる祭壇画の構成から話を進める。

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 第一面左翼は「聖大アントニウス」(上/左)、中央には、この祭壇画の主テーマである「キリストの磔刑」(上/中)。
 そこには、「聖母マリア、マグダラのマリア、使徒ヨハネと洗礼者ヨハネ」が、右翼には「ペスト患者の守護聖人セバスティアヌス」(上/右)、プレデッラ・祭壇画下部の層には「ピエタ」(最下段/左参照)、降架されたイエスを抱く聖母マリアの姿が描かれている。

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 また、第二面左翼は「受胎告知」(上/左)、中央には「キリスト降誕」(上/中)、右翼に「キリストの復活」(上/右)が描かれている。

 第三面左翼には、「聖アントニウスの聖パウロ訪問」(下/左)、右翼には前回書いた「聖アントニウスの誘惑」(下/右)を描く。

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 これらの絵に挟まれた中央(上/中)には、中央に「聖大アントニウス」、向かって左に「聖アウグスティヌス」、右に「聖ヒエロニムス」が、プレデッラにはキリストと十二使徒」(最下段/中参照)の彫像が配され、実に諸聖人総出?の形を成しているが、像の部分は絵の部分と切り離され展示室の奥の壁に架かる。

 第一面の中央のパネル「キリストの磔刑」に戻る。
 そこには、一切の理想化を施さず、凄惨で生々しいまでにキリスト(下/左)が描かれている。
 頭をがっくりと垂れた十字架上の肉体(下/中)は皮膚病に冒されたのかやせさらばえて醜く、指先(下/右)はもがき引き攣ったまま固まり、耐え難い苦痛を窺わせる。

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 彼は何故、このようなキリスト像を描いたのか?
 この祭壇画があった聖アントニウス会修道院付属の施療院は、イネ科植物に寄生する麦角菌によって罹る麦角中毒、中世ではライ麦パンによる感染がしばしば起こった。の、病者の救済を使命としていた。

 この病に罹ると手足が燃えるような痛みに襲われ、やがて壊死するとされていて、アントニウス自身もこの病のために足を失い、当時から “ 聖アントニウスの火 ” と呼ばれていたらしい。

 病者がこの絵を見ることによって、自らの苦痛を十字架上のキリストの苦痛と同化し救済を得るようにと、このような凄惨な磔刑像が描かれたとされている。

 また、難病の病魔に打ち勝ちたいという願いを、聖大アントニウスの逸話に重ね合わせて仮託、確かな治療法がなかった時代のこと、祈りにすがったことは容易に理解できる。

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 とまれ、祭壇画(上/左・中)を前に「う~ん!」と絶句、美術館(上/右)を後にしたが、外は絵とは裏腹の秋の爽やかな陽光が溢れ、「健康っていいなあ」と暫し感慨に耽ったのである。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.518

 ※ 前号、秋色のアルザス(5)へは、<コチラ>から入れます。

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1 コメント

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なるほど、奇画と呼ぶに相応しい生々しさ、驚きま... (旅人)
2012-09-28 07:18:33
なるほど、奇画と呼ぶに相応しい生々しさ、驚きました。
わざわざ見に行く価値があったというものですね。機会があればと思いますが、少し遠いかな私には。[E:foot]
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