パパと呼ばないで

再婚した時、パパと呼ばないでくれと懇願した夫(←おとうさんと呼んで欲しい)を、娘(27)「おやじ」と呼ぶ。良かったのか?

街結君と太郎君⑫

2016年08月06日 | 野望
勝負の期末テストは勝利に終わった。
もちろん、自分との勝負ってことだ。
苦手な理系教科は正解率7割どまりだったが、文系分野は8割とれた。
この調子なら中央大学の推薦枠の評定も夢じゃないかもしれない。
まだ、学部も将来やりたいことも、全然決まってないが、とりあえず、初めて目標というものを持った。
これって、結構いいもんだな。
俺は小さい頃、習い事ジプシーのごとく、いろんなものをやった。
そして、案外全部うまくやってきたんだ。
たいして努力するでもないのに、器用に、そこそこの結果を修めてきた。
そして、ある程度までやれたら、さらにその先を目指すという気概もなく次の新しい何かに手を出す。
そういうことを繰り返してきた。
熱中とか、一生懸命とか、がむしゃら、なんてことを、どこかで馬鹿にしてた。
でも、今、俺はがむしゃらに勉強してる。
ただ、テストの点数をあげるために。
ただ、中央大学の指定校推薦枠をゲットするために。
ただ、太郎と、文化祭で漫才をしたいために。

太郎が突然うちにやってきたのはクリスマスイブだった。
前日の終業式の日、俺の、急上昇した成績を祝う会をスマートでやってもらった。
マスターが、俺の好きな物を山ほど作ってくれ、小さい頃のお誕生日会のようだった。
ケーキまで焼いてあり、ご丁寧に「まちゆい、おめでとう」とまで書いてある。
どこまでマメな人なんだ、この人。
たらふく食べて、「でもケーキは別腹」なんて女子が言いそうなことをいいながらケーキも食って
マスターの美味しいコーヒーを飲んでいる時だった。
太郎のかあちゃん千春さんが入ってきた。
荒木さんと一緒だ。
荒木さんとは、千春さんの同僚のダンディな男の人で、俺も前に一度、一緒に食事をしたことがある。
太郎の話だと、あの後も、千春さんと荒木さんとかわいこちゃんは良くスマートに食事をしに来たらしい。
かわいこちゃんってのも同僚で、河合さんっていうんだけど、ホントにカワイイ人なんだよなあ。
太郎が「かわいこちゃん、ますますどんどん可愛くなっていっててさぁ~
俺の冗談とかにクスクス笑うんだよねえ。かわいこちゃん、もしかして俺のこと好きかも。」とデレデレしていたが、
ある日、どんよりした顔で「どうやら、かわいこちゃんは荒木さんのこと好きみたいだ。」
そりゃそうだよなあ。荒木さん、男のオレたちから見てもカッコいいもんなあ。
荒木さんとかわいこちゃんなら、あきらめもつくなあ。
そんな話をしたのはつい最近のことだ。
荒木さんの姿が見えた時、心ならずも、その後ろにかわい子ちゃんがいるんじゃないかと期待してしまったが、
どうやら千春さんと荒木さんだけのようだ。
マスターが、「飯食った?今日はまちゆいのお祝いパーティだったから結構頑張って作った料理があるけど、食う?
二人分くらいなら、用意できるよ。」
しかし、千春さんは「食事はしてきたの。元ちゃんと太郎に話があるの。」
いつになく緊張したような千春さんの顔を見て、俺は帰った方がいいなと判断した。
そして、少し不安げな顔をしてるマスターと太郎を残して、末さんとスマートを出た。
末さんが「千春ちゃん、余計なこと言わなきゃいいが・・・」とつぶやくので聞き返すと
ちょっとためらった後
「もしもの時には、太郎の力になってほしいから少しだけ話しておくか。」とまたつぶやいた。
「俺の勘が正しければ、千春ちゃんと、あの荒木さんだっけ?渋イケメンなやつ、
ありゃあ出来てるな。
千春ちゃんが、あの時と同じ顔してた。」
20年くらい前のある夜、千春さんは、男の人を連れてスマートに入ってきて
マスターに「この人と結婚したいんだけど」と切り出した。
千春さんにしてみたら、マスターは恋愛対象ではなく、末さん達と同じレベルの幼なじみだ。
いや、もっといえば、年は同じだけど、どこか兄ちゃんみたいに思ってるところがあって
「元ちゃんが許してくれたら結婚する」という感じだったらしい。
マスターは、とってもマスターらしいのだが、厨房で泣きながら美味しいフランス料理を作って
二人を祝福するパーティを開いたらしい。
末さんが「あーなったから言うわけじゃないけど、オレたちは、少し心配だったんだよ。
その男ってのがさぁ、またいい男なんだよ、中井貴一みたいなさあ。
あ、今、中井貴一もおじさんになったけど、その当時は、いい男で優男で、少しダメな感じの大学生をやらせたらぴか一だったんだぜ。
オレたち勝手に千春ちゃんの旦那のこと「きいち」って呼んでたくらい似てたなあ。
太郎のとうちゃんだから、悪口は言いたかないけど、オレたちが心配してたのが大当たりで、
女をとっかえひっかえしては千春ちゃんと大げんか。
千春ちゃんたちはこの街に住んでたわけじゃないから直接聞いたわけじゃないし、
千春ちゃんも、オレたちに対しては意地みたいなのがあったんだろうな、しばらくスマートに顔出さなくなった。
でも夫婦仲はますます最悪険悪になって、千春ちゃんちのばあさんが元ちゃんに相談したんだ。
幸せに暮らしてると信じ込もうと努力してた元ちゃんだからねえ、そりゃもうびっくりしてすぐ千春ちゃん呼び出して問いつめたら
最初は「単なる夫婦喧嘩よ、ったくおばあちゃんたらオーバーなんだから」とかごまかしたりしてたらしいけど、
元ちゃんが「飯食え!」っておにぎりとカボチャのコロッケを出したんだ。
かぼちゃのコロッケを一口食べたら、千春ちゃんぼろぼろ泣き出して、
きいちの浮気やら暴力やら全部打ち明けたんだって。
それから、元ちゃんが、知り合いの弁護士に頼んで離婚させたんだ。
なんだかさあ、荒木ってやつ、きいちと同じ匂いがするんだよなあ。
千春ちゃんのメンクイにも呆れるけど、もう、いい大人なんだから、別にイチイチ目くじらは立てないよ。
でもさあ、どっか真面目なとこがあるんだよなあ千春ちゃんって。
秘密の恋でも不倫でも、何でもいいんだけどさ、こっそりうまくやればいいのに、
変なところで律儀というか「正々堂々」と青空の下で、みたいなところがあるんだなあ。
元ちゃんにも、太郎にも、認めてもらいたい、とか思ってなきゃいいんだけどなあ。
心配だなあ。
元ちゃんも心配だけど、太郎はもっと心配だ。
あいつ、しっかりしてるようにみえるけど、なんだかんだまだ17才だろ。
母親の恋愛なんて認められるか?
もし、あいつから相談とかされたら、力になってやってくれよ。」
そんな話を聞かされ、俺は、自分を太郎に置き換えたりしながら帰りの電車に乗ったのだった。
そして、もし、太郎から相談されたら、俺は一体何て言えばいいんだろうと考えて考えて
でも、何の答えも出ないでいたところだったから、
太郎が来た時、思わず「わ~~っ」と驚いてしまった。


街結君と太郎君①
街結君と太郎君②
街結君と太郎君③
街結君と太郎君④
街結君と太郎君⑤
街結君と太郎君⑥
街結君と太郎君⑦
街結君と太郎君⑧
街結君と太郎君⑨
街結君と太郎君⑩
街結君と太郎君⑪
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