お気楽忍者のブログ 弐の巻

ミニカー収集/お魚採取/動植物フォト/行楽記・・・趣味のごった煮ブログ

コンビニ限定トミカ R34 CALSONIC スカイライン

2020年08月14日 22時00分00秒 | 限定トミカ3

本日はミニカーのお話です。

2006年にコンビニ限定で発売された『トミカ 星野一義ヒストリーコレクション』から、「R34 スカイライン(1999年)」のジャンク品をご紹介。

販路をコンビニに限定したトミカアソートの第1号で、全6種がブラインドBOXで販売されてました。

1999年MINE(美祢)サーキットで開催された全日本GT選手権(JGTC)第4戦の出場車が元ネタですね。

この時は星野一義と影山正美とのドライブで6位に入賞しています。

外箱は無くなっちゃいましたが、非常に状態のいいジャンクとして保存できてます。

1972年に山口県に完成したMINEサーキット(厚保サーキット→西日本サーキット→MINEサーキット)も2006年に営業を終了。

今は主にマツダ美祢自動車試験場としてマツダのテストコースとし て使われてるそうです。

閲覧ありがとうございます。応援クリックでランキングがアップします!


にほんブログ村


紀伊半島1周 南紀 那智勝浦

2020年08月14日 14時00分00秒 | 紀伊半島1周の旅

南紀の中でも屈指の良港を有する和歌山県東牟婁郡那智勝浦町。

世界遺産 熊野那智大社を有し、歴史、自然、温泉などの観光資源が豊富で多くの人が訪れる町です。

過去記事<紀伊半島1周 熊野速玉大社

那智勝浦漁港。

日本有数のマグロ延縄漁の漁業基地で、水揚げは焼津、三崎に次ぐ第3位。

生マグロの水揚げ量に限っては日本一を誇ります。

遊覧船オルカ号

観光桟橋からは景勝地の紀の松島めぐりの遊覧船に乗ることもできます。

管理人たちは桟橋から船に乗って・・・

那智勝浦で一番の人気を誇る老舗ホテルの『ホテル浦島』へ。

半島ひとつが丸々ホテルの敷地で、本館の他に3つの別館がある巨大ホテルです。

本館から高低差77mの山上館へ向かうホテル浦島名物のエスカレーター『スペースウォーカー』。

3つのエスカレーターを合わせると154mもあるエスカレーターで、昇るのに6分弱もかかります。。。

途中、熊野の海も眺望することができましたが、高所恐怖症の管理人にとってはかなり怖いエスカレーターでした

ホテルからの眺めはチョー最高

遠くに見える船は海上保安庁の巡視船ですね~。

ホテルに入ってしまうと夕食や温泉の時間まで暇なんで、ホテル前の船付き場で息子と釣りに挑戦

でも、風が強くてコンディションも悪く、小さいメジナ(グレ)しか釣れませんでした~。

夕食のバイキングではマグロの刺身や漬け、名物のサンマの押し寿司が旨かったなぁ

20年くらい前に那智本宮大社に行った時に初めてサンマの押し寿司を食べて以来、すっかりその虜になっちゃてます(笑)

ホテルには5つの温泉があって、中でも有名なのがこの洞窟の中にある忘帰洞温泉。

※写真はホテルのHPから拝借しました。

泥岩層の破砕帯が熊野灘の荒い風波に浸食された天然洞窟を利用した温泉で、ホテルが大正時代に営業を始めた時、旧紀州藩の徳川頼綸公が訪れ、「帰るのを忘れるくらい心地良い」と言われたことが名前の由来なんだそうです。

洞窟の間口に露天風呂もあって、そこからの景色も絶景でした~

遠くの山に大きな卍がハッキリと見えますね。

黄泉(よみ)の国への入り口とも言われ信仰を集める真言宗妙法山阿弥陀寺がここにあります。

この時の行程には入ってませんでしたが、一度は行ってみたいお寺さんです。

道の駅 なち

地元産の野菜やお土産物を売ってる小さな道の駅でした。

熊野那智大社へ向かう道と国道42号線の分岐点にあるJR紀勢本線 那智駅。

那智大社の社殿を模したような駅舎が目を惹きますね。

駅自体は無人駅なんだそうですが、その前に世界遺産情報センターや町営温泉「丹敷の湯」がありました。

『紀伊半島1周の旅』カテゴリはコチラ

よろしければ、応援クリックお願いします!


にほんブログ村


紀伊半島1周 熊野速玉大社

2020年08月14日 04時00分00秒 | 紀伊半島1周の旅

過去の旅行・行楽記から『紀伊半島1周の旅』と題して、再編・再録して紹介しています

三重県紀宝町から熊野川を渡り、いよいよ和歌山県新宮市に入りました。

熊野川がかつて交通の大動脈だった頃、その河原は多くの熊野詣での客で賑わい、ご覧のような川原家という形態の建物が軒を連ねてお店を開いていたそうです。

和歌山県新宮市は熊野川の西側に位置し、熊野三山のひとつの熊野速玉大社の鳥居前町として栄えてきました。

過去記事<紀伊半島1周 ウミガメの町

熊野川は年に数回大水が発生する暴れ川で、川原家は釘を使わず解体・組み立てできることから、大水の都度 店を畳んで高いところに引き上げ、水が引けばまた河原に建て直して開店していたそうです。

熊野三山のひとつ、全国の熊野神社の総本宮、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)にやって来ました。

熊野速玉大社は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ;イザナギノミコト)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ;イザナミノミコト)を主祭神としています。

平日の午前中だったから参詣客もほとんど居らず、綺麗な写真が撮れました 

青空、緑の木々、朱い社殿のコントラストがめっちゃ素敵でした

自然信仰が根付く熊野の神倉山ゴトビキ岩に神々が降臨し、景行天皇58年、現在の地に真新しい宮(新宮)を造営して神々をお迎えしたことが熊野速玉大社の起こりと云われてます。

熊野信仰は自然を御神体とする原始信仰から神社神道へと型を変えて現在に至ります。

摂社の神倉神社のゴトビキ岩も見てみたかったけど、時間の関係でこの時は断念しました。また次の機会ですね。

熊野三山、高野山、吉野大峯の霊場とそこへ向かう参詣道が2004年にユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道(熊野古道)』に登録され、この熊野速玉大社ももちろんその世界遺産の構成資産のひとつなってます。

『紀伊半島1周の旅』カテゴリはコチラ

よろしければ、応援クリックお願いします!


にほんブログ村