憶良らは今は罷(まか)らむ子哭(な)くらむその彼(か)の母も吾(あ)を待つらむぞ
山上憶良
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このわたし山上憶良めはもう仕事は此処までにして退出するといたしましょう。家には可愛い子ども等が泣いていましょうに。いやその子ども等の母者、つまり愛しい妻女もわたしめを待っていてくれていましょうから。みなさんお先にご免くだされ。
憶良さんも宮中に出仕するサラリーマンだったんですね、日が暮れかけてきたら、家が恋しくなる。ちょいと一杯のお誘いを払いのけて家路に向かったんですね。何せ彼は子煩悩。それを臆することもなく、回りにも吹聴することが出来る人。たぶんに、子育て休暇をも申請できた男性だったのかもしれませんね。
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銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに勝れる宝 子に及(しか)めやも
こどもが可愛い。こどもこそは我が宝。銀貨も金貨も勾玉も及ぶまい。
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遣唐使として海を渡って長安まで出掛けて行ったハイカラ出世びとなのに、万葉集きっての文化人だったのに、万事執着がない。世の決まり事にも汲々としていない。太っ腹。腹に異物を飲んでいない。すっきりしている御仁だ。
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この老爺は、今日は暫く、暑さを忘れて、万葉集を紐どいています。万葉の和歌はふさふさした毛糸の玉。猫になってじゃれています。