ああ、早く明日にならないかなあ。したいことがある。いっぱいある。来る日も来る日もよく飽かないなあ。おんなじことをしてる。光の中に座ってひとり遊び。土いじりをする。庭仕事。畑仕事。昨日は日暮れまで。もう夕ご飯ですよと呼ばれるまで興じていた。鹿の子ユリは鶏糞を好むので買いに行って来た。土を掘って取り上げて、株分けをして、鉢に移し替えて、施肥をしてあげた。ああ、早く明日にならないかなあ。玉葱の畝も草だらけだ。こんなことがどうしてこうもさぶろうを愉快にしているのかなあ。
この高齢者が誕生日パーテイをしてもらってにこにこしている。ちょっと不似合い。さぶろうは71才。果報者過ぎる。夕方、畑で掘った堀立の赤ジャガ芋料理。これを肴にしてワインで乾杯。牛肉と牛蒡のメインデイッシュ。それから小豆入りお赤飯。餅米だからもちもちしていた。バースデイケーキはない。デコポンを皮剥きしてデザートにした。毎度インジャパンの蓮華蜂蜜をコップに垂らしてちびりちびり嘗めて総仕上げにした。
七十を過ぎたというのに楽しい日々を楽しくしている。もったいもない。サイクリングにも行って来た。透かし百合の鉢植え作業もした。簡易トラクターで畑を耕すことになってその畑に侵入してきている蕗を別の場所に植え替えた。耕しておいて夏野菜の植え付けに備える。
それから3年前に植えておいた鹿の子ユリの赤ちゃんが、3年でかなりの大きさに太っていたので、これを一つ一つ丁寧に深い鉢に植え替えた。たったこれしきのことなのだが、楽しくて楽しくてならなかった。太っていたといっても花が一輪ほど咲くか咲かないかほどの太さでしかないけれど。小さいのは別の横長プランターに植え付けてもう1年2年待つことになる。待つことは楽しい。そしてこの夏には鉢植え一輪咲きの鹿の子ユリがどっさりお目見えするであろう。清楚で控え目でさぞさぞ美しいだろう。
またたくまに午前中が過ぎてしまった。あとは午後しか残っていない。何をしよう。せっかくの陽春である。どうやったらそれに見合う暮らしが出来るか。考えてみる。考えててもどうしようもない。動きだそう。
庭の隅っこに行ったら牡丹を植えた深めの丸いプランターが見付かった。草藪の中から。すっと伸びた枝先にはすでに丸い花芽が着いていた。日陰から日向に出してあげた。これでいいだろう。日射しをもらってよろこぶだろう。一年日陰にいたんだから午後を打開してもらって、さぶろうに感謝をするだろう。
快晴の春の空が広がっている。春の雲が浮かんでいる。それを背景にして時間が微笑んでいる。「わたしを楽しませてくださいな」というふうに目配せをするが、ぶきっちょのさぶろうはこれに応えられずにいる。
梅の小枝に止まってヒヨドリが菜の花を啄んでいる。そうか、菜の花はヒヨドリの好物だったのか。一つの花の冠がなくなってしまった。
さぶろうが動き出すといっても、どうせ土いじりだ。人の中に入っていくのが苦手だから、ひとり遊びだ。吹いてくる風の中に居て、黙って洟を垂らしている。それっきりだ。草を取ってそこに施肥をして、夏野菜の苗床の準備をする。お昼からはサイクリングにも出掛けたい。麦畑の中を走ってみたい。しばらくでいいからここそこに雲雀の声を聞いて来たい。それでもう夕方になるだろう。さぶろうの誕生日がこれで潰れるだろう。
勿体ない勿体ないと言いながら結局はこんな具合で、黄金の値の時間が潰れて、ものの見事という体験はしないだろう。華やかな演出もないだろう。夕方にはいつものようにおだやかな夕風が吹くだろう。日は暮れて暗くなると寝につくだろう。一日を無事に過ごせたことに満ち足りて寝につくだろう。
おはよう。おはよう。おはよう。おはよう。声が響き合っている。いのちあるものたちの掛け声だ。朝が来ている。春が来ている。光が溢れている。今日はさぶろうの誕生日だから飛びっきりの上等の空が広がっている。快晴の。あたたかい。オーシャンブルーの。向こうでは雪のように白いユキヤナギが垣根を飾っている。(他所さまの家の垣根だけど)我が家の垣根にはラッパ水仙が一列に並んで祝福のラッパを吹いている。牡丹が蕾を膨らませている。希望が膨らんでいるように見える。
昨日もまた鹿の子ユリの群落の草取りをした。ヤエムグラを取り除いてやると、大人の鹿の子ユリと、子供の鹿の子ユリと、そのまた子供の小さな鹿の子ユリも顔を出していて、さぶろうを見上げて挨拶をした。さぶろうも歓迎の挨拶をした。楽しいひとときだった。こういう晩年の、静かな穏やかな暮らしがさぶろうを待っててくれたなんて。お礼が言いたくて、東西南北四方へ低頭した。
さぶろうは、燦々と降る春の日の光の中で、この地上に生まれて来て71回もの誕生日を、嬉しく祝っている。なんと豊かな人生を恵まれたことか。苗床にはズッキーニ、胡瓜、茄子、トマトの種が芽吹いてきたようだ。夕方には水撒きをしてあげよう。台所では摘んできたワケギ(小葱)を刻む家内の包丁の音がしている。お昼の釜上げうどんに添えられるのだろう。