ぬえの能楽通信blog

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ワキ方の流儀について(その3)

2006-08-03 23:16:03 | 能楽
【シテの呼び掛け】
おワキのお流儀によって、ここが違うなあ、と特に思う箇所です。型としては微妙な違いなのですが、舞台効果はかなり違ってくるでしょう。

おワキが道行を謡い終えて「この所を一見せばやと存じ候」などと逗留の意思を示して脇座へ行きかかると、シテが「なうなうあれなる人々に申すべき事の候」などと幕内から呼び止める、というシテの登場のパターンがあります。シテはおワキが脇座に行く直前の文句で幕を揚げて幕内で右へウケ、ワキの姿を見ながら、ワキが脇座へ到着する前に呼び掛けるのですが、このとき呼び止められたおワキのリアクションがお流儀によって少し違うのです。

すなわち、脇座に行きかかり、丁度よいところで背後からシテに呼び止められたワキは、
《福王流》そのまま脇座へ行き(歩速はすこし緩めておられるのかも)、脇座の定位置に到ってから右へ振り返り「こなたの事にて候か、何事にて候ぞ」などと応答する。
《宝生流》シテに呼び止められると、その場で一瞬足を止め、歩速をぐっと緩めて静かに脇座の定位置まで進んで右に振り返りシテへ向く。

お流儀の型の優劣を申す気は毛頭ありませんが、宝生流の場合のシテに呼び止められた瞬間に足を止める型は、思いの外に呼び止められたおワキが「ん。。?」と不審を感じる様子がうまく表現されていると思います。もっともこのように呼び止められたその場で足を止めて、そのあと静かに脇座の定位置に向かう場合、シテに呼び止められる位置はおワキにとって大変重要でしょう。

シテの方でもそこは心得ていて、幕を揚げてワキが脇座の方へ歩むのを見て、ほどよい所で呼び掛けるのですが、じつは舞台の造り。。たとえば橋掛りの角度とか、橋掛りの柱によって、時にはシテからワキの姿が見えない事もあるのです。もちろん常設舞台ではそのような事はないのですが、薪能とかホール能などの仮設の舞台の場合には頻繁にある事です。またシテの視力があまりよくなくておワキがうまく見えない、という事もあるでしょう。

そのような場合にはシテが呼び掛けるタイミングを、後見が幕内でそっと教えてあげれば良いのですが、後見とシテの打合せがうまくいっていない事も。。いずれにせよ、そのような事故があったとして、福王流であれ宝生流であれ、脇座に到着してもシテが呼び掛けてくれないのでは、これはどうしようもなく困ってしまうのですが、逆にシテが早く呼び掛けてしまう事もあります。ワキはまだ舞台の中央あたりを歩いている時にシテに呼び止められるような場合ですが、こういう時は宝生流のおワキは一寸足を止め、静かに脇座に向かって歩み出すのですが、脇座まであまり距離があると、脇座に着く前に途中でシテの方へ振り返り、その後さらに静かに後ろ向きに脇座に下がっておられますね。おワキにもいろいろな苦労があるものです。