去る3月11日の石巻・鹿島御児神社さまでの奉納の前日、ぬえはNHK-FMの「FM能楽堂」の収録がありまして、それから東北道を走って宮城県に入ったのはすでに午後10時近くでした。
笛の寺井さんと寺田さんも同じく前泊ということで、宿の予約を早めにしておいたのですが、それが今日ご紹介する「Kibotcha(キボッチャ)」です。
場所は石巻ではなく、そのお隣りの東松島市・野蒜(のびる)なのですが、宿泊予約サイトで野蒜に宿があると知った ぬえはびっくり。この辺りは9年前の東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた場所で、東松島市民によれば「あのへんは全滅だな。。」という言葉も聞いたことがある地区なのです。このあたりには「貞山堀(ていざんぼり)」という運河があって、ここを海から遡った津波によって、その周囲に集まって建てられていた住宅や野蒜駅が全壊している様子は ぬえも震災3か月目に目にしております。
貞山堀は仙台空港の南、岩沼市の阿武隈川の河口から、途中仙台港と山が迫る松島で中断はしますが、海岸線に沿って延々と50km近い長さで石巻まで続く運河で、正確には南部の貞山運河と中部の東名運河、それに北部の北上運河という、建設時期も異なる3つの運河の総称として使われています。東日本大震災では海からの津波が川を遡上して内陸に被害を及ぼしましたが、とくに石巻ではかなり内陸にまで運河が入り込んでいまして、ここから溢れ出した海水が周辺に浸水被害を起こしていました。野蒜の辺りでは海岸からと運河からの海水は浸水ではなくもろに津波となって集落を襲ったもののようです。
さてそんな場所にある「Kibotcha」は旧野蒜小学校の校舎を改装したもので、宿泊施設もありますが主な目的は防災を学ぶ場で、しかも対象は子どもたちなのだそうです。遊びや様々な体験を通して防災の意識や避難の方法などを教える「防災キャンプ」などのイベントもあるそう。ちなみに野蒜小学校は津波の被害を受け、その後ほかの小学校と統合される形で消滅しました。「Kibotcha」の入口の受付では1階の天井すれすれのところに浸水した水の跡が今でも残されています。野蒜駅も海から離れた場所に再建されましたが、どうも周辺はあまり賑やかではなさそうでした。。
宿には夜遅くに到着したものであまり画像は撮れませんでしたが、こちらが宿泊した1~2名用のお部屋。
。。ん~、教室を細かく分けて部屋にしたためなのか、不思議な造作。あまりくつろげる感じではありませんでした。広い部屋もあるようですが、防災キャンプなどに使うことを考えるとドミトリーかも。しかし1階にあった大浴場は、よくまあ学校施設をここまで作り変えたねえ、と思うほどの広さがありました!
なお当日の宿泊客はプロジェクトの3名のみ。どうやら3月初旬でありながらすでに新型コロナウイルス問題で新規の宿泊予約を断っていたようで、すでに予約を済ませていた ぬえたちだけがキャンセルされずに宿泊できたようです。
震災によって被災した建物を再利用した例はいくつもありますが、「Kibotcha」は ちょっと他とは変わった面白い、また有益な取り組みだと思います。通常の宿泊客のためにも、東松島の名所? を走り回って、そこに隠されたアイテムを集めると、ごほうびに大量のカキがプレゼントされるイベントなどもあるみたい。翌日の石巻での奉納を前にしながら心動いた ぬえでしたが、残念ながら現在はこのイベントも休止しているみたいです。残念。
こちらは付近の野蒜海岸。かつては海水浴場として人気があったそうですが、まだ防潮堤の工事も始まっておらず、土嚢が並べられてありました。。
笛の寺井さんと寺田さんも同じく前泊ということで、宿の予約を早めにしておいたのですが、それが今日ご紹介する「Kibotcha(キボッチャ)」です。
場所は石巻ではなく、そのお隣りの東松島市・野蒜(のびる)なのですが、宿泊予約サイトで野蒜に宿があると知った ぬえはびっくり。この辺りは9年前の東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた場所で、東松島市民によれば「あのへんは全滅だな。。」という言葉も聞いたことがある地区なのです。このあたりには「貞山堀(ていざんぼり)」という運河があって、ここを海から遡った津波によって、その周囲に集まって建てられていた住宅や野蒜駅が全壊している様子は ぬえも震災3か月目に目にしております。
貞山堀は仙台空港の南、岩沼市の阿武隈川の河口から、途中仙台港と山が迫る松島で中断はしますが、海岸線に沿って延々と50km近い長さで石巻まで続く運河で、正確には南部の貞山運河と中部の東名運河、それに北部の北上運河という、建設時期も異なる3つの運河の総称として使われています。東日本大震災では海からの津波が川を遡上して内陸に被害を及ぼしましたが、とくに石巻ではかなり内陸にまで運河が入り込んでいまして、ここから溢れ出した海水が周辺に浸水被害を起こしていました。野蒜の辺りでは海岸からと運河からの海水は浸水ではなくもろに津波となって集落を襲ったもののようです。
さてそんな場所にある「Kibotcha」は旧野蒜小学校の校舎を改装したもので、宿泊施設もありますが主な目的は防災を学ぶ場で、しかも対象は子どもたちなのだそうです。遊びや様々な体験を通して防災の意識や避難の方法などを教える「防災キャンプ」などのイベントもあるそう。ちなみに野蒜小学校は津波の被害を受け、その後ほかの小学校と統合される形で消滅しました。「Kibotcha」の入口の受付では1階の天井すれすれのところに浸水した水の跡が今でも残されています。野蒜駅も海から離れた場所に再建されましたが、どうも周辺はあまり賑やかではなさそうでした。。
宿には夜遅くに到着したものであまり画像は撮れませんでしたが、こちらが宿泊した1~2名用のお部屋。
。。ん~、教室を細かく分けて部屋にしたためなのか、不思議な造作。あまりくつろげる感じではありませんでした。広い部屋もあるようですが、防災キャンプなどに使うことを考えるとドミトリーかも。しかし1階にあった大浴場は、よくまあ学校施設をここまで作り変えたねえ、と思うほどの広さがありました!
なお当日の宿泊客はプロジェクトの3名のみ。どうやら3月初旬でありながらすでに新型コロナウイルス問題で新規の宿泊予約を断っていたようで、すでに予約を済ませていた ぬえたちだけがキャンセルされずに宿泊できたようです。
震災によって被災した建物を再利用した例はいくつもありますが、「Kibotcha」は ちょっと他とは変わった面白い、また有益な取り組みだと思います。通常の宿泊客のためにも、東松島の名所? を走り回って、そこに隠されたアイテムを集めると、ごほうびに大量のカキがプレゼントされるイベントなどもあるみたい。翌日の石巻での奉納を前にしながら心動いた ぬえでしたが、残念ながら現在はこのイベントも休止しているみたいです。残念。
こちらは付近の野蒜海岸。かつては海水浴場として人気があったそうですが、まだ防潮堤の工事も始まっておらず、土嚢が並べられてありました。。