ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

石巻・女川町を訪問して参りました(その4…栄光教会で機材の仕込み)

2012-06-29 01:03:07 | 能楽の心と癒しプロジェクト
。。午後、階下の金田さんから「ピザが届いているよ」の声で起床。うわ~いマジですか? ここでも相変わらず遠慮のない ぬえはバクバク頂きました~。

そのあと宿泊にあたっての注意点など伺いましたが、まあ被災した建物をオーナーのご厚意でボランティア事務所として提供頂いているので、雨漏りの心配とか施錠の問題などが主になりました。電気・水道は通じているのですがガスはカセットコンロがひとつあるだけ。もちろんお風呂はないので相変わらずスーパー銭湯「元気の湯」の常連さんです。入浴料もバカにならないので ぬえは今回ようやく会員になりました。

ようするに寝る場所の確保を主な目的として拝借する「ふれあいサロン」ですが、ボランティア団体の事務所ですから寝具も寝袋程度。ぬえはいつもレイちゃん2に寝袋を積んであるので自前のものでOK。ぬえの寝袋はファスナーを開くと掛け布団にもなるすぐれモノですぞ! そういえば石巻でずうっと写真を撮っている「記念写真屋さん」加藤昌人さんも「いつも車に寝袋を3つ積んでいる」と言っていましたね~。それでも畳の上にじかに寝袋を置いて寝るのは結構厳しいです。その対策にプチプチを持っていきましたがこれは気休め程度ですね。もちろん1年前のことを考えれば畳の上で眠れるだけ天国のようなものですが。。そういえば避難所時代の湊小学校の教室にはブルーの地に日本赤十字のロゴが入った四つ折りのコンパクトな携帯用マットレスが山積みされてあって、これはとんでもなく優秀な品でした。なんせ小学校の教室の固い床にこれを敷いて寝てもぐっすり安眠! あれならずっと避難所に常駐していたボランティアさんもさぞ助かったことでしょう。このマットレス機会あるごとにホームセンターで探しているのですが、同じレベルのものはないですね。欲しいな~。どこかに売ってないかな~

さて午後になってから、翌日に迫った初の自主公演「星と能楽の夕べ」の上演の準備のために機材を搬入・セッティング作業へ。途中、はじめて当地を訪れた共演者のために門脇地区や、取り壊しが決まった「木の屋」の缶詰型タンクを見ながら大街道地区へ走り、翌日の会場となる石巻栄光教会に到着しました。

いよいよ明日ですね~。プロジェクト初の自主公演。2月に幽玄堂さんの企画で大成功を納めた大崎市でのプラネタリウム公演を石巻に持ち込みたい、という ぬえの思いが結実します。この1年でいろんな事を考えて、折々に変化を続ける被災地に、その時々に応じて能楽師として出来うる限りのことはしてきたと思います。最初は避難所の掃除からでしたが。。次には能の上演を通じての浄化。。幸福が当地にもたらされる祈りと長寿の願い。被災地がその時々に必要としているこういう心の空隙を補う曲が。。能にはあるんですよね。この1年、被災地に通って ぬえが思ったことは、なんて能って強力なんだろう、という感慨でした。ぬえなんぞが上演してこの大任が勤まるのか、という疑問はありまするが、少なくとも能が本来的に持っているはずの呪術的なパワーというものは、こういう非常時にこそ初めて目に見えて来るものなのだと実感しています。それくらい平和で安定した世の中に我々が慣れ過ぎていて、忘れてしまっている事が多いのかも。学生時代から斯道に飛び込んだ、しかも現代人らしく無宗教、というより宗教には懐疑的だった ぬえは、最初は能を「演劇」の1種としてしか捉えられなかったです。でも、いまの ぬえは、特定の宗教宗派を信仰しているわけではないけれど、広い意味での信心は強く持っています。これは能楽師としての経験によって培われましたね。そうして能は古来寺社で奉納されてきたように、言霊を通じて浄化も招福もできるように作られているし、それを実現するために長い歴史の中で技術的にも深化してきたように思います。

おっと。。ちょっと ぬえごときでは演説するべき身分でもありませんですね~。いやそれどころか話が脱線してしまっていました。ま、こんなわけで、折々に考えてきた事として、これからの石巻に文化の復興。。なんて言い方ではナマイキですが、市民が純然と芸術文化を楽しめるような、そんな事を展開していきたいな、と思ったのでした。能が本来的なパワーを持つ、という前言とは矛盾しているようですが、現代としての能の捉え方に対応する包容力も能にはあると思います。星空の下での「羽衣」の上演は、宗教的な意味は内在したままで、それをも超えた美の世界。これはこれで成立しちゃう。。やっぱり能ってすごいと思います。

で、今回は栄光教会さんの敷地の中にある付属幼稚園のホールを拝借させて頂くことになっていました。早速にお電話でしかお話をしていない小鮒實牧師さまにご挨拶。とっても優しい方でした! 幼稚園の運動会直前(なんと公演日はリハーサルの前日!)や、なんといまだに続いている震災被害の復旧工事の予定にも拘わらず会場ホールでの仕込みなど、初対面の ぬえに色々と便宜を図ってくださり、あまつさえ公演の広報宣伝まで。。ありがたい限りです。

今回の公演では「石巻にプラネタリウムを出現させる!」とエラそうな触れ込みなのですが、実際にはPCとプロジェクターを使って正面の壁面に星空を投影する程度。。いや、今回はこちらから協力を願った幽玄堂さんが独自に天井に星を投影する自作の機材を持ち込んで頂いたので、なんとか3Dに投影することができましたが、あくまでも半球形のプラネタリウムを石巻に建設するのではなくて、擬似的な星空の空間を箱形の部屋の中に現出させよう、という試みです。まあ。。子どもだまし程度かもしれませんが、音楽も駆使して予想以上の効果は出せたのではないかと思います。

さて会場での仕込みですが、プロジェクトメンバーのTさんが ものすごい分量の機材を持ち込みました。パワードミキサーでしょ~? ワイヤレスマイクでしょ~? 「亀戸の夜能」で見たよりもさらに強力な照明機器。それを集中してコントロールするコンソール。まるでNHK職員のようだ(爆)。

ええと、ぬえもマイクとミキサー、小型アンプを用意したのですが出番なし(泣)。それでもいろいろ演出を考えまして、まずはLEDで光るティーキャンドルを(100均で)40個購入して床に並べる! …これは、まず ぬえ自身が準備中にひとつを思いっきり踏んづけて壊しました。。翌日の公演直前にはここの幼稚園の保母さんが ぬえのところにやって来て「すいません。。踏んづけて壊してしまいました。。」。。ダメじゃん!

あ~それから。。そうだ! アロマオイルをテスターに含ませて当日お出でになったお客さまに手渡す、というサービス。暗闇の中の投影でほのかに香る、それが幻想の世界へお客さまを誘い。。ところが準備段階で「これ、臭いね」という意見も共演者から飛び出し。。ダメじゃん!(×_×;)

石巻・女川町を訪問して参りました(その3…チーム神戸に投宿)

2012-06-27 08:20:11 | 能楽の心と癒しプロジェクト
さて休憩…だったのかなあ、という感じで今回の宿舎となる「チーム神戸」の事務所「ふれあいサロン」へ。

ちょうどリーダーの金田真須美さんも石巻に滞在中で、しばし旧交を温めました。そしてこの日「ふれあいサロン」では近隣の住民さんの自主サークルで手芸教室が開かれていました。「チーム神戸」では住民さんのためにいろいろなイベントを企画しておられ、そのいくつかは住民さんがリーダーとなって今でもずっと継続して教室として運営されています。余暇を楽しみ、生き甲斐を感じるコミュニティ活動の場を提供する。。いいですね!

ぬえらは まずは荷物を下ろして、午後から栄光教会さんで予定されている翌日のイベント「星と能楽の夕べ」の仕込みの機材と生活のための荷物を分けて、さて ようやくここで仮眠を取ることとなりました。

「チーム神戸」はご存知の通り ぬえが去年6月からずっとお世話になっているボランティア団体です。17年前。。ぬえはまだ書生でしたが、阪神大震災が起きて神戸は大変な被害を受けました。その記憶もだんだんと風化していく中、去年6月に ぬえが震災後初めて一人で石巻を訪れた際、こちらのボランティア団体に受け入れて頂き、その後8月・9月・12月・そして今年の3月と、いつもいつも活動の場を提供してくださったのでした。

あのとき。。いまから1年前に、ぬえがもし石巻市役所とかボランティアセンターとか、違うところに最初に相談に訪れていたら、いまの ぬえの活動はないかもしれません。当時。。震災3ヶ月半後の時点では、公的には個人ボランティアは受け付けていなかったし、個人の物資支援も受け入れできる状況ではありませんでした。ここに最初に訪れていたら、おそらく ぬえは丁寧なお言葉で。。でも謝絶されてしまったはずなのです。

ぬえはそんな事も知らずに闇雲に石巻を訪れたのですが、最初に相談に行った「明友館」でリーダーの千葉恵弘さんから ぬえたった一人のために懇切丁寧に石巻の現状をお話してくださり、何がいま必要なのか、どこを注意すべきなのか、まで細かく教えてくださいました。さらには この一日のお手伝いを、と申し出た ぬえに、湊小学校避難所と、そこで活動する「チーム神戸」を紹介頂き、そこでの活動。。避難所の掃除の中から住民さんの優しさに触れる機会を得。。これが今に至るまで継続して石巻を応援していこう、と ぬえが心に決めて活動している、その原点です。

このとき ぬえは、明友館にもチーム神戸にも、自分が能楽師だということは話しましたが、このときはまだ芸術家なんてほとんど無用の長物でしたね。。むしろ ぬえは、泥掻きさえ出来ない自分の非力を恥じました。しかし同じ日、被災地で慰問活動をしているテノール歌手の小栗慎介さんが湊小学校避難所でミニコンサートを開催され、お許しを得てそこに飛び入り参加させて頂いたことから、能楽師としての支援のあり方を見つけるに至ったのです。

じつは今回 金田さんとそんな昔話をして、自分が当時いかに幸運に恵まれていたかを知りました。まだまだ活動が麻痺状態にあった石巻の公的機関に赴かずに実質的な支援活動をしていた民間のボランティア団体を訪ねて支援の相談をしたこと。それにより石巻で必要とされていることを知り、さらには避難所での現実的な支援活動に携わることができて、住民さんと触れ合う機会さえ得たこと。そのうえさらに慰問ボランティアさんの活動が同日にあって、能楽師としての活動の視野が開けたこと。。たった1日の短い滞在時間の間にこれほどの情報が ぬえにもたらされたのです。「個人ボランティアはお断りしています」と言われて門前払いされていたら、ぬえは2度と石巻を訪れなかったし、募金もなにも止めてしまったでしょうね。こうして能楽師として ぬえにも独自の被災地支援が出来ることを知り、東京に帰ってすぐに能楽師の仲間に相談しました。。これがいまのプロジェクトのなれそめです。

明友館は被災した石巻の市民から生まれた活動であり、またチーム神戸は17年前に神戸を襲った災害の教訓をベースに、大規模災害が起きるたびに現地に常駐して住民さんたちの支援活動を行い、さらには神戸の苦い教訓の上に立って街の再建を目指す「プロの」ボランティアさんです。こういう強固な意志をもった団体に当初から受け入れて頂き、感謝の念に堪えません。

石巻・女川町を訪問して参りました(その1)

2012-06-22 20:55:39 | 能楽の心と癒しプロジェクト
現地でネット環境がなかったもので、発信ができませんでしたが、昨日の深夜に無事東京に帰って参りました~。
今回の東北地方訪問では6月17日の深夜から足かけ5日間の滞在で、石巻市・女川町にて計5回の公演活動をさせて頂きました。

まあ。。公演以外の部分ではちょっと人間関係に苦しんだ滞在ではあったのだけれど。。それほど、1年と3ヶ月が経っても現地に滞在して活動するのは過酷だ、ということでしょうか。それを事前に理解して頂くまで説明することができなかった責任は ぬえにもあります。

…とはいえ公演はどれも大成功と言ってよろしいかと思います。とくに初めて参上した女川町の町民野球場仮設住宅では50人ほど、また最終日に、これはご招待を頂いて出演させて頂いた石巻市山下地区の「福祉のつどい」では100名を超える住民さんの前で上演させて頂きました。いずれもプロジェクトの公演としては最大の集客数です。

さらにはキリスト教会の付属幼稚園ホールで開催した「星と能楽の夕べ」。初のプロジェクトによる自主公演、ということもさりながら、当日は台風4号の影響で石巻市の一部地域に避難勧告が出される中、これが「避難指示」に変わったら即時上演中止という条件下での公演となり、なんだか印象深い催しとなりました。公演は大雨の中にもかかわらず大勢のお客さまがお見えになり最後まで上演できましたし、とても良いものができたと自負しております。

。。が、なんと ぬえら出演者の宿舎のある地域も避難勧告対象地域で、宿舎に戻ってすぐに貴重品を2階へ上げ、今夜はアルコール自粛、もしも避難指示が出された場合は避難所で住民さんの支援活動にまわることになりました。結果的には無事に台風は過ぎ去り、避難所での活動もなく、当初予定通りにスケジュールを進めることができました。

今回の訪問活動にも多くの関係者の方々による献身的なご協力を頂きました。プロジェクト同人のTさん、ゲスト出演頂いたYさん、星空の下での能の上演を最初に企画し、今回は星空解説を担当頂いた小林わかばさん、ピアニストの御子柴聖子さん、御子柴さんをご紹介頂いた河向貴子さん、現地関係者ではチーム神戸・金田真須美さま、明友館・千葉恵弘さま、石巻商工会議所・佐藤洋一さま、石巻観光協会・佐藤香澄さま、石巻栄光教会・小鮒實牧師さま、立町復興ふれあい商店街のみなさま、ピースボートのみなさま、毛利スミ子さまはじめ民生委員の方々、ひばり幼稚園のみなさま、湯殿山神社のみなさま、相澤利喜子さま、藤田利彦さま、女川町商工会議所・遠藤進さま、おながわコンテナ村商店街のみなさま、女川町復興支援センター・矢竹拓さま、女川町民野球場仮設住宅の伊藤恵悟さま、東松島市復興支援センター・尾形絵里さま。。これら多くの、多くの方々のご支援によりまして無事に活動を終えることができました。この場では失礼ではございますが、改めまして心より御礼申し上げます。ありがとうございました。m(__)m

こんな珍道中ではありましたが、まずは日を追って活動報告をさせて頂きます~


【6月17日(日)】

東京での舞台予定を終えて帰宅し、しばし休憩をとってから夜10時すぎ羽田空港にまず到着し、Yさんと合流してからプロジェクト同人のTさんのお宅へ。今回の最大の目的である「星と能楽の夕べ」公演のための照明・音響機材はすべてTさんの調達によったため、その積み込みをしました。やがて深夜11:30頃、一路東北へ向けて出発。久しぶりの深夜走行ですが、今回は運転手が3人もいるので安心です。

【6月18日(月)】

早朝5時半頃 石巻に到着しました。早めの朝食をとりましたが、休憩のために使わせて頂ける事になっていた観光協会さんの事務所は午前8:30オープンのため、どうしようか。。としばし考え、おおそうだ、と 馬っ子山に登ることにしました。馬っ子山。。正式名は「トヤケ森山」といい、石巻市民なら誰でも知っている、みんなに愛されている小山です。小学生のときに遠足でみんなで登るらしい。。ま、その後1度も登ったことがない、という市民がほとんどらしいですが。

しかし、なんといってもこの絶景と言ったら! 震災前はよくパラグライダーもこの山から滑空したそうですが、ここから飛び立って石巻の上空を飛ぶのは気持ちよいでしょうね~。

というわけでまずは今回の出演者3人で記念写真を撮りました。。ちとイメージが濃ゆいですか??

「星と能楽の夕べ」…文化の復興のために

2012-06-17 01:22:29 | 能楽の心と癒しプロジェクト
伊豆から帰って来ました~
明日は先輩の催しに出演してから深夜に東京を出発して、石巻へ出発です。震災から1年を過ぎて、とうとう瓦礫の第一次処理(要するに泥かき)以外のボランティア車両はすべて高速道路の無料化措置は撤廃され、ぬえたちも再び深夜走行で高速道路料金の割引を狙う姿に逆戻り~~

思えば最初に一人で石巻と気仙沼を訪れた去年6月は深夜に東京を出発して一人で運転したっけ。初めて被災地を訪れる緊張でほとんど疲れは感じなくて、仙台に近づいてからPAで仮眠を取った程度でした。が、帰りは気仙沼からの一人旅で疲労困憊、このときはPA/SAごとに停まって仮眠するような有様でした。ついで8月に笛のTさんと狂言のOくんと3人で、まだプロジェクトは結成していない以前の話ですが、石巻の湊小ではじめて能を上演した際は、やはり深夜出発の終夜運転でしたが、明け方頃に仙台に至った頃、石巻での公演前に1日視察の日を設けてあったこともあって、せっかくだからというので、一気に気仙沼まで車を走らせました。ドライバーの交代ができるってこんなに行動半径が広がるもんなんだ~。

この日は気仙沼~階上~大谷~歌津~志津川~石巻~野蒜~宮戸~松島と視察を重ねて、塩竈に投宿するまで20時間ほども運転を続けたと思いますが、塩竈ではちゃんと(?)飲みに行ったし、元気に過ごしました。このあとプロジェクトを結成した頃に、ボランティアセンターから災害派遣の認可を受けて高速道路の無料通行許可証を頂けることになって、ようやくやや無謀な終夜運転はしないで済むようになったのですが。あの頃に逆戻りですね~。

さてさて今回の活動は正味4日間あるのですけれども、初日の18日は終夜運転のあとでもあり、また翌19日に開催される「星と能楽の夕べ」の前日でもあり。「星と能楽~」のための仕込みとリハーサルに専念することにしてあります。

ここまで「星と能楽~」にこだわっている ぬえの理由は、まずは 繰り返しになりますが、プロジェクトとして初の自主公演であること。これに尽きます。

ご存知の通り、ぬえらプロジェクトでは仮設住宅や仮設商店街、また社寺での奉納など能の上演活動の場は多岐に渡っているのですけれども、そのどれもが、自主公演というよりは実際には各地の地元の有志。。たとえば仮設住宅の自治会長さんとか商工会の方とか。。に能の上演を打診して、これを受け入れて頂いた結果上演できているのです。いうなれば、自分たちの地元をなんとか建て直したい! と考えるこれら地区の代表者の方のお手伝いをしていることになります。

もとより東北に稽古場も親類もなにもなく、ただ何年か前に学校公演で訪れた、そのときの好印象だけで活動をしている ぬえにとっては当時は東北地方に知り合いの一人もなく、自主的にお客さまを集めて能の上演をするのは会場の確保、集客ともにまったく糸口さえないほど不可能なことでした。これら地区の代表者に ぬえを紹介してくださったのは地元の、あるいは当地にやってきたボランティア団体で、その出会いがなければ今の ぬえの活動もありません。

…それでももう1年になりますが、ぬえも活動を続けているうちにどんどん地元の方とも知り合いになり、友人も増えていきました。最近では宿泊はこれら個人の方のご厚意によってご自宅に泊めて頂けるようにまでなってきました。そんな事もあって、ついに今回、初の自主公演…すなわち会場だけを提供頂いて、機材の調達、プログラムの作成、宣伝活動はすべてプロジェクトとして行うイベントを企画したわけです。

このイベントを企画する決断には更にほかの要因もありました。

まずは今回の活動で東松島市・宮戸島での活動が実現しなかったこと。東松島市では生活復興サポートセンターさまのご厚意によってこの3月に仮設住宅での活動が実現したのですが、じつは今回の活動で訪問を打診した宮戸島ではお断りがありました。その理由が「漁業が少しづつ活動を始めていて、平日の昼間では仕事に出かけていて人が集まらないと思う。それでは申し訳ないので…」とのこと。公演が実現しなかったのは残念でしたが、復興の歩みが進められているのは喜ばしい限りです。現地の事情は少しづつ変わり始めている。。

さらに思うのは、2月の大崎市のプラネタリウム公演で得た素晴らしい成果。この時すぐに ぬえは、これを石巻にそのまま持ち込んで、石巻のみなさんに見て頂きたい! と切望しました。

いま事態が変わってきている被災地への支援活動のあり方として ぬえは、口はばったいようですが、「文化の復興」を視野に入れての活動にだんだんと移行していくべきなのではないか、と考えています。

今回の活動でも仮設住宅や仮設商店街も廻り、これはこれで仮設住宅の孤立化の問題への取り組みの一助や 仮設商店街の集客イベントとして経済活動の再開のお手伝いになると思いますし、これは今後も続けていくことになるでしょう。しかし、もっと大きな意味で石巻全体が元気になってもいい頃かな? って思って、それがこの「星と能楽の夕べ」の企画となって結実しました。鎮魂や寿福をもたらす、という意味合いを常に思いながら活動してきた ぬえですが、能を娯楽として楽しんで頂けるようになって頂きたいなあ。

この歌

2012-06-16 00:30:44 | 能楽の心と癒しプロジェクト
今回の宮城県訪問活動では、石巻の仮設商店街での公演や、初の女川町での活動。。それも仮設商店街と仮設住宅の2カ所での公演が実現するので、それはそれで特筆したいところなのですけれども。

前述の通り「能楽の心と癒やしプロジェクト」として初の自主的主催公演である6/19「星と能楽の夕べ」には どうしても力が入っちゃう! ぬえも、能舞台を飛び出しての能の上演であるならば、プロジェクターでなにかの映像を流してその前で舞うとか、ちょっと目線を変えた演出には興味がないでもありませんでした。このために2月の大崎プラネタリウムでの公演が予想以上の効果を生むことがわかると、すぐにプラネタリウム公演の発案者である幽玄堂さんに ぬえから、石巻でプロジェクターを使って同じような公演を実現できないか、打診してみたのです。

幽玄堂さんもやはりプラネタリウムを出て、プロジェクターによる投影をしながらの上演について考えていた、とのことで、これで一挙に話がまとまりました。

それからはいろいろと考えながら。プロジェクターで映す星空はDVDなどあらかじめ作っておいた映像を単純に垂れ流すのか? それでは星座の解説の際など映像を任意に動すことができないのでは? またはPCを使って天文ソフトを動かすか? この場合は学術的な指向で作られたソフトであろうから、星空が流れる様子を音楽を聞きながら鑑賞するような場面に対応できないのでは? それでは星空解説の際は天文ソフトを使い、星空鑑賞の時間にはDVDを流す折衷案か? それでは二つの投影の品質のギャップが違和感を生むかも。さらに2つの機材の切り替えが違和感なくスムーズにできるのか。。?

結局、この方面では専門家の幽玄堂さんのお勧めで、画像がきれいな天文ソフトを使うことになりました。機器の切り替えは不要になったのですが、やはり星空鑑賞のときには操作が難しいようですが。。

ぬえは、開場時にすでにお客さまの気分を盛り上げるために、5月にビデオ撮影した金環日食の映像を中心に、簡単なイメージビデオを作りました。これを会場に流すのですが、映像や画像の合間にこんなキャプションも入ります。
「2012年は天文現象が多い年…」
「星降る夜空を見上げていると 天女も舞い降りてきました」
「幸せを石巻に届けるために…」

「能楽の心と癒やしプロジェクト Presents 星と能楽の夕べ」

「美しいピアノの旋律に身を任せて 夢のひとときをお過ごしください…」
「星降る夜を あなたと…」

く~~~っ ぬえったら詩人~~! (T.T)

今回は御子柴聖子さんというピアニストの方も演奏を披露してくださいますが、一部ではBGMも必要。そこで ぬえが選んだのはこちらのCD(タイトル画像)。

こちら、リチャード・サウザーというアメリカのミュージシャンの作品で、12世紀の修道女 ヒルデガルド・フォン・ビンゲンが作った賛美歌などを現代のアレンジで甦らせたもの。ヒルデガルドさんは神の幻視「ヴィジョン」を幾度となく体験し(これがCDのタイトルになってもいる)、教皇の信頼を得たほか、医学や薬草学にも傑出した才能をみせたひとです。日本で言えば役行者みたいな人ですね(違)

このCD、グレゴリオ聖歌などがブームになった いにしへ、どなたかに頂いたのだと思いましたが、当時の ぬえはこの良さがわかりませんでしたね~~。今回は会場が石巻の栄光教会さんなのでとっても良く合うと思います。

星と能楽の夕べ in 石巻栄光教会

2012-06-14 23:58:16 | 能楽の心と癒しプロジェクト
来る6月19日(火)、能楽師有志による東日本大震災支援団体「能楽の心と癒やしプロジェクト」は宮城県石巻市にて「星と能楽の夕べ」と題するイベントを行います。

すでに本年冬に同県大崎市のプラネタリウムで行い、好評を頂きました同名のイベントを石巻市でも行おうという試みです。
降るような星空の投影の下、能楽『羽衣』の天女が幸せを運ぶために舞い降ります。星空投影の鑑賞や、ピアニストの演奏もあり、ロマンチックなひとときを過ごして頂けたら、と考えております。

もとより石巻市にはプラネタリウムはありませんが、栄光教会さまのご協力を頂き、同教会付属幼稚園のホールを拝借し、PCやプロジェクター、PA機材などをすべて持ち込んで、擬似的なプラネタリウムを現出させたいと考えております。あまり立派なものはできませんが、精一杯のアイデアと努力を盛り込んで、癒やしの空間が生まれればなあ、と期待しています。

入場無料ですので石巻近郊の方はぜひお誘い合わせの上ご来場賜りますようお願い申し上げます。

【星と能楽の夕べ】

〔とき〕2012年6月19日(火)午後6時30分~8時 入場無料
〔ところ〕石巻栄光教会 付属幼稚園2Fホール 石巻市大街道北二丁目12-3
〔上演内容と出演者〕
・能楽解説
・素囃子演奏
・星空投影と星空解説
星空解説 小林わかば(星と能楽の融和プロジェクト)
・ピアノ演奏
  ドビュッシー「アラベスク第1番」「月の光」リスト「愛の夢」ほか
ピアノ演奏 御子柴聖子
・能楽『羽衣』
天女 八田達弥(観世流シテ方)(能楽の心と癒やしプロジェクト)
  寺井宏明(森田流笛方)(能楽の心と癒やしプロジェクト)
太鼓 吉谷潔(太鼓方金春流)


「能楽の心と癒やしプロジェクト」では昨年6月から石巻市を中心に気仙沼市・東松島市・南三陸町・大崎市などで活動を続けておりますが、今回は初めての主催公演となります。すでに石巻市を中心に1,000枚のチラシ(と少数のポスター)にて宣伝を行っておりますので、ご覧になった方もあるかもしれません。現地での公演準備や設備、機材等、時間も資材も限られておりますが、出演者一同はりきって勤めさせて頂く所存です。

どうぞ夕暮れのひと時をお楽しみ頂きたく、ご来場をお待ち申し上げております。


能楽の心と癒やしプロジェクト

代表 八田達弥

石巻にプラネタリウムを持ち込みます大作戦っ!(も少しマシなネーミングはないのか…)

2012-06-12 23:22:49 | 能楽の心と癒しプロジェクト
突然ながら、来週の月曜から。。正確には今度の日曜の深夜に東京を出発して、石巻および女川町で支援活動を行って参ります。ぬえにとってはこれが8度目の支援活動になります。

で、今回の目玉企画が「石巻にプラネタリウムを持ち込んじゃおうっと大作戦!」。。ん? ちょっとタイトルと表記が違う? 。。ん、まあ、そゆ企画なんです。

冗談はさておき、企画の正式名称は「星と能楽の夕べ」。この2月に宮城県大崎市で行った同じタイトルの催しを、今度は石巻に持ち込もう、という ぬえ独自のアイデアです。

2月に「大崎市生涯学習センター」愛称「パレットおおさき」のプラネタリウムで行った同公演は、長年この企画を暖め続けていた幽玄堂さんから ぬえに出演のご相談を頂いて実現しました。ぬえにとってもこういうシチュエーションの下での演能は考えないこともなかったですが、なんせ会場やその関係者、また必要な機材面を考えても ぬえにはほとんど当てというものがなく。ところが幽玄堂さんはすでに東京でプラネタリウムと謡のコラボの企画を実現させていましたが、同じような計画を宮城県で行う話が持ち上がり、石巻など宮城県の被災地で活動を続けている ぬえにわざわざお話を持ち込んでくださったのです。投影された星空の下で舞うのはとってもロマンチック。実際には暗闇の中で舞うのも同然で、苦労も絶えない公演ではありましたが。。でも、出来上がった舞台の成果は、思ったよりもずっと素晴らしいものだったと思います。

で、ぬえとしては このような企画をぜひ石巻に持ち込んでみたいな、と考えたわけです。

ところが、じつは宮城県にはプラネタリウムは仙台と大崎市の2カ所にしかありません。石巻にはプラネタリウムはないのです。そこで、今回は疑似プラネタリウムを石巻に現出させてみることにしました。

星空はPCを使って映像を用意し、それをプロジェクターを通して壁に投影するのです。プラネタリウム、と呼ぶにはどこまでもちゃちな機材装備ですが、少しでもロマンチックな空間を作り上げたいといろいろと演出を駆使しています。キャンドルを並べたり、アロマオイルをお客さまに配ったり。。

それで、昨日は東京の公民館のような集会施設を借りて、2度目の試験投影をしておりました。



集会施設の館長さんの計らいで、特別に会議室を暗室にして頂き、笛のTさんと幽玄堂さんと ぬえの3人で、約10日前に行った前回の試験投影で出た問題を解決する方法を実験したり、投影するソフトを確認したり、さらには機材の扱い方を幽玄堂さんに覚えてもらったり。。

いや、今回一番大変なのは幽玄堂さんだわ。なんせ前回の大崎市のプラネタリウムでの公演のときは、プラネタリウムの専門の技術者さんが機械操作をしてくれましたもん。今回は東京から参加する人数自体が少ないうえに、そのほとんどは舞台に出演しているという。。結局、照明の操作、投影のスタート/ストップや微調整、アナウンス、BGMまで、なんと たった一人でこなさなければならないんです。



でも、ま、写し出された星空はとっても美しかったです。ん~、もうすでに成功の予感。。

子ども創作能、久しぶりのお稽古

2012-06-11 02:39:26 | 能楽
週末は子ども創作能のお稽古で伊豆に行っておりました。なんか久しぶり~。

いや、お稽古はコンスタントに続けているんですが、たまたま前回のお稽古のとき、学校行事やらといろいろ重なってしまって、ほとんど子どもたちが集まれない、という状況になり、当日になってからお稽古が中止になってしまったのでした。子どもたちが集まらなかったためにお稽古が中止になったのは、13年間続けてきたお稽古の中で初めてでした! こんなこともあるのねえ。

んで、たまたまその中止になったお稽古日とその次の…つまり今回のお稽古の間に3週間も間隔が開いてしまっていまして。だからもう伊豆の子どもたちとは1ヶ月くらい会っていない計算になります。

そんな事もあって、この日のお稽古は一人もお休みの子がなく(ま、大概のお稽古日は欠席する子はいないんですが)、午後1時から5時まで みっちりのお稽古になりました。ぬえも汗だくでお稽古~。ん~このお稽古のブランクでちょっと忘れちゃった感じもあった子どもたちでしたが、そのうち思い出してきて、まずはひと安心しました。8月に大きな舞台を控えているので、そろそろスパートを掛けてお稽古しなきゃなりません。



おや? お稽古しながら笑ってるね~。それもそのはず、お稽古途中で「はい!そこでストップ!」と大声を発した ぬえに間違いを注意されるのかと ギョッとフリーズした子どもたち。続けて ぬえが「は~い、そのまま、そのままぁぁぁ」と言いながらデジカメを取り出して撮影を始めたので。。これは困っている苦笑の笑いですね。だって姿が良く決まってたんだも~ん。

さてお稽古が終わってから、伊豆のある方のお宅にお邪魔して被災地への支援物資をお預かり。じつはちょっと以前にふとしたキッカケから ぬえは伊豆で人の窮地を助けるようなことになりまして、その折に なんとなく子ども創作能のことや被災地支援活動のことに話題が及び、それならば、と支援物資を頂くお約束をして頂いたのでした。それをこの日になって思い出して。。ちょうど来週、8度目になる被災地支援活動として石巻と女川町に行く予定ですんで、突然のことながら物資を受け取りに行くことに。もっとちゃんと計画を立てていれば、ご知友の方にも声を掛けて物資を集めてくださったのですのに、思いつきでお伺いした ぬえはご迷惑お掛けしてしまいましたよねえ。。でも仮設住宅の集会所に寄贈する本を箱いっぱいにご用意くださいました。ああ、ありがたや~

それからまた引き返して韮山へ。じつは毎年この季節を ぬえは心待ちにしていたんですが、伊豆ではこの頃に野生の蛍(!)が見れるんです。とくに有名な場所が韮山にありまして、ここには付近に大きな駐車場もあるし、蛍の飛ぶ頃に合わせてコンサートなども開かれています。蛍を観察できる小川はこれらの施設から徒歩でほんの2~3分のところにありまして、こちらはもちろん街灯もない静かなところ。そこに。。まあ、たくさんの蛍が飛んでいるんです。毎年見ているけれど、やっぱり感動してしまいますね。

子ども創作能のお稽古の際に、一緒に蛍を見に行こうよ~、と子どもたちに呼び掛けてはあったのですが、集合時刻は夜8時。。おねむの子もある時間帯。。どうかなあ、と思いつつ待っていると、6人の子どもたちがお母さんに連れられてやって来てくれましたよ!

それからは、わあわあ、おっと静かに! 先生、先生! こらこら静かに! こっち来てこっち! 静かにしなさい! ねえねえ見て見て! そこ、走らない! 延々とこんな。

子どもたち、いつの間にかどんどん走り出していて、父兄や ぬえは、もう川に落ちる子が出るんじゃないかと冷や冷やしていましたが。。ところが!

子どもたちのあとを追っていくと、なんと今まで ぬえが知らなかった蛍鑑賞の穴場を子どもたちが見つけていました! これは。。

もう先にそこに到着していた子どもたちが ぬえに寄ってきて、重ねた両手をそっと開いて見せてくれました。その手の中には。。蛍。つかまえていたんです。。驚いた。。 蛍はゆっくりとこの子の手の中から舞い上がりました。

この観察場所は有名で、旅館からバスでお客さまを送迎して見せていたりする場所なんですが、そこからちょっと離れたところに自分たちのまわりに蛍が舞い飛ぶような場所があることを ぬえは知らなかった。。というより、この日来てくれたご家族の中でも「初めてここに来ました」という人が多かったのに、子どもたちは柔軟で行動力があるから、大人が気がつかない発見をするんですね~。

この穴場の場所は ぬえと子どもたちの秘密にしておこうと思っています。なんにせよ、驚かせてくれるよね。この子たちは、いつも。

あ、説明が遅くなりましたがタイトル画像は伊豆の国市の中で発行されている「能のまち伊豆の国新聞」です。

年1回発行の新聞で今回が第2号なんですが、なんと今回は 子ども創作能がメイン記事に! ユイちゃんが新聞の「顔」として大きく取り上げられていますね~



そのほか8月の舞台の主要メンバーの子も舞台に向けての抱負まで入れて取り上げてくださっています。ん~! 子ども創作能、愛されてるう!

決算報告書(5/2~4)

2012-06-07 22:42:04 | 能楽の心と癒しプロジェクト
能楽の心と癒しプロジェクト
宮城県気仙沼市・大島訪問活動(2012年5月2日~4日)


 〔決算報告〕

 【収入の部】
     前回活動繰越金(ボラ扱い) 122,160円
     前回活動繰越金(ギエ扱い) 32,500円
     海をつくる会より(ボラ扱い) 50,000円
     銀行口座募金(ボラ扱い) 5,000円        収入計  209,660円
                           内訳:ボラ 177,160円 ギエ 32,500円

 【支出の部】
  〈活動費〉
    ◎交通費   41,380円
     (新幹線         39,930円)
     (タクシー)          650円
     (大島フェリー代)      800円        支出計   41,380円
        (海をつくる会から提供の50,000円-支出41,380円=今回活動の残金8,620円)

 【収支差引残額】                         残額    168,280円
                          内訳:ボラ 135,780円 ギエ 32,500円


※注※
・今回の活動は「海をつくる会」さまの海底清掃活動に随行しての活動で、同会より活動費として50,000円を頂き、これを交通費に充当させて頂いた。残額8,620円は返還の必要がないとのことで、プロジェクトへの寄付としてありがたく頂戴した。活動内容に鑑みると今回は活動終了後にプロジェクトに寄付されたこの活動費残額のみを計上すれば良いと思われるが、支出にかかる領収証等も同会に提出する必要がないとのことなので、頂戴した活動費を正当に使わせて頂いたことを証するために支出内容をご報告させて頂くことにした。

・今回はネットワークオレンジさま、海をつくる会さまのご厚意により提供されたため宿泊費の支出はなく、また恒例であるが、食費についても旅行がなくても掛かる費用であること、遊興との誤解を招くこと、酒食の区別がつきにくいことから経費として支出しなかった。

・結果として今回の支出は交通費のみ、内訳は八田・寺井の往路の新幹線料金、八田の復路の新幹線料金(寺井は公演終了後も現地に留まって「海をつくる会」の海底清掃活動に参加し、同会のバスに同乗して帰宅したため)、また大島へ渡る連絡船の乗船料、最小限利用したタクシー代だけとなった。

・今回は当プロジェクトの活動を資金面で「海をつくる会」が全面的に支援してくださった。GW連休中の活動であり、交通渋滞により東京でのスケジュールに支障を来さすことがないよう鉄路で移動したり、また同会の活動とは1日別行動をして気仙沼市内でプロジェクト独自の活動をすることも容認してくださった同会には大変感謝している。この場を借りて御礼申し上げる。

                                           以上
  平成24年6月7日





                           「能楽の心と癒しプロジェクト」
                               代表   八田 達弥

                             (住所)
                             (電話)


活動報告書(5/2~4)

2012-06-01 12:13:23 | 能楽の心と癒しプロジェクト
能楽の心と癒しプロジェクト
宮城県気仙沼市・大島訪問活動(2012年5月2日~4日)



 〔活動報告書〕

【趣旨】
 東日本大震災被災地支援を目指す在京能楽師有志「能楽の心と癒しプロジェクト」の4名(※注1)は、能楽の持つ邪気退散、寿福招来の精神を被災地に伝えるべく、2011年8月15日、9月26日~30日、12月24日~2012年1月1日、2月10日~13日、3月11日~12日の5度に渡り岩手県釜石市、宮城県石巻市、気仙沼市および大崎市にて能楽を披露する活動を行って参りましたが、このたびメンバーの八田・寺井は、去る5月2日から4日の3日間に渡り宮城県・気仙沼市および大島の計4カ所にて能楽の上演を行いました(※注2)。

 今回は昨年末 岩手県釜石市での活動に当プロジェクトが随行し、同地にて活動させて頂いた横浜のボランティア団体「海をつくる会」さま、長く気仙沼大島にて活動を続けておられる横浜のNPO法人「ともに浜をつくる会」さまの2団体による気仙沼大島の海底瓦礫清掃活動に随行させて頂いての活動で、活動にかかる経費はすべて「海をつくる会」よりご援助頂きました。また同会のご厚意によりプロジェクト・メンバーは往路同会よりも1日早く気仙沼市に移動させて頂き、かねて訪問上演を計画していた気仙沼市のNPO法人「ネットワークオレンジ」さま(知的障害者の社会参加支援活動をされています)の事務所(兼作業所・兼イベントホール)である「三日町オレンジ」内のスペース「チャの木」での公演を実現させることができました。

 「ネットワークオレンジ」さまでの能楽公演の発端は、2月に気仙沼で行った2度目の活動に遡ります。児童ミュージカル劇団「うを座」さまでワークショップをさせて頂いた折、劇団関係者の方から公演の相談を頂きました。すぐに活動の打合せを始めたのですが、スケジュールや資金面での調整がつかず、この度「海をつくる会」さまからのお招きを頂いて、ようやく実現したのでした。気仙沼は昨年7月から訪れていながら知人がなく、ずっと活動の端緒を見つけられずにおりましたが、東京の劇団「演劇倶楽部 座」の壌晴彦さまのご紹介により「うを座」さまに我々の活動を受け入れて頂き、そうして今度は「うを座」さまを通じて「ネットワークオレンジ」さまをご紹介頂きました。ご縁の広がりを感慨深く思っております。

 また気仙沼大島はプロジェクトとして初めて訪れる地であります。貴重な活動の機会を与えて頂いた事に深く感謝致します。おかげさまをもちまして離島での震災被害と復興の現状を知る事ができました。また大島の人々の人情の篤さや復興に賭ける熱い思いに触れ、非常に印象深く、成果の多い活動となりました。

 わけても大島神社さまで公演が実現しました事は、これまで気仙沼で土地の神様にご挨拶をする機会がなかった我々にとって、ようやくこの土地での活動の根拠が培われたような思いをもっております。

 そのほか今回はゴールデンウィーク連休中の活動であったため、東京でのスケジュールの合間を縫いながらの弾丸ツアーだったこと、そのため連休渋滞を恐れて車両は使わず鉄路での移動となったこと(八田は東北支援活動を列車利用で行ったのはこの時がはじめて)、あいにく嵐の荒天に見舞われたことなど、今までにない事情も様々に影響した活動でした。

※注1 プロジェクトメンバーは八田達弥(シテ方・観世流)、寺井宏明(笛方・森田流)、大蔵千太郎(狂言方・大蔵流)、小梶直人(同)の4名。ただしスケジュールの都合により狂言方2名は今回は欠席。
※注3 今回の上演場所は①気仙沼市NPO法人ネットワークオレンジ事務所内「チャの木」②気仙沼大島・大島神社③気仙沼大島・大島総合開発センター④旅館「椿荘」。

【活動記録】
 5月2日(水)
 移動日。八田と寺井はそれぞれ東京でのそれぞれの公演スケジュールを終えてから新幹線にて一ノ関へ行き、大船渡線にて夕刻気仙沼に到着。宿泊は「ネットワークオレンジ」さまのご厚意により駅前の旅館をご用意頂いた。

 5月3日(木)
 朝から大雨。プロジェクトの公演活動で荒天ははじめてのこと。午前、ネットワークオレンジさま事務所「三日町オレンジ」内「チャの木」にて公演「能楽の心と癒やしをあなたに」。公演準備中にネットワークオレンジさまの活動内容(知的障害者の社会参加支援)を聞き、またその成果や地域の児童のための活動なども聞く。日本の文化の継承などにも話題はおよび、大変有意義な時間。人間の可能性と世界にまで視点を持ったメンバーの熱い思いに感服。公演では能「菊慈童」の一部を上演、笛の体験、「羽衣」の装束着付け体験など。大変盛り上がりのあった活動となり、予定時間を大幅に超過して終了。ネットワークオレンジさまのスタッフの方に車で送って頂き大島行きの船の乗り場へ。

 14;30嵐のような天候の中出航、およそ30分ほどで大島の「浦の浜」に到着。気仙沼港を海上から見るのは初めてだが、陸上から見るよりはるかに復興がまだまだ先である事を見せつけられる。大島到着後、現地で受け入れをしてくださる菅原さまとお会いしてしばし歓談。震災当時の被害の様子など伺う。津波によって島は二つに分断され、大島の最高峰である亀山はコンビナートからの延焼で山火事となった由。。言葉を失う。やがて菅原さまのご案内で大島神社へ移動。

 大島神社は本殿の中に納められた自然石の巨岩がご神体という大変珍しい神社で、ご神体の前で舞囃子「高砂」を奉納。神主さまより神社の由来や、震災のときのお話を伺う。今年の3.11には神主さまも石巻の日和山で追悼行事に参加されていた由。終演後、再び菅原さまのご案内により次の公演会場「大島開発総合センター」に到着。。する前に今三陸一帯で旬である昆布漁の作業小屋に案内頂き、お土産にと大量の昆布・ワカメを頂く。

 大島開発総合センター公演「能楽の心と癒やしをあなたに」は19:30開演で、暴風雨の中お客さまも大勢お出まし頂いて感激でした。能「羽衣」と例によって着付け体験。1日に3つの公演…会場を変えてのこれほど多くの公演はプロジェクトの活動としてはじめて。ところが公演中に横浜からの海底清掃のボランティアの一部が到着してくださったものの、渋滞の影響で本隊は大島に渡航する船の最終便に乗り遅れたとの連絡が入る。結局ボランティア本隊は本土で車中泊となり、これまた「海をつくる会」「ともに浜をつくる会」の宿舎に居候させて頂いた旅館「椿荘」では余裕のある宿泊をさせて頂いた。

 5月4日(金)
 この日は天候が回復。早朝、ボランティア本隊が到着。本来はこの日の潜水作業直前に漁港等で能を舞う予定であったが、荒天のため潜水作業は中止となる。代わりにボランティアのみなさんを対象に「椿荘」大広間にて能「菊慈童」の一部を上演。終演後旅館の屋外で地元漁港さまのご厚意により焼き牡蠣がふるまわれる。

 八田はこれにて東京での公演スケジュールのため帰京、寺井は6日まで「海をつくる会」のボランティア活動に従事。菅原さまよりさらに追加の昆布などお土産を頂戴して帰宅(昨夜の大雨の影響により大船渡線が不通となり苦労してバスにて一ノ関に行き、新幹線にて帰京)。

【収入・支出】
 プロジェクトの活動はすべて募金によって行われております。募金にはプロジェクトのボランティア活動資金として使わせて頂くもの(以下「ボラ」)と、被災地への直接支援を目的にプロジェクトに寄せられた義援金(以下「ギエ」)に分けられます(ギエにつきましては新規募集を停止させて頂くことになりました。詳しくは後述をご参照ください)。

 これにより今回の活動資金は前回活動繰越金(154,660円=ボラ122,160 ギエ=32,500円)および銀行口座への新規の募金となります。銀行口座への募金はボラ扱いとみなされる(5,000円)でありましたので、これらの総額 159,660円(127,160円=ボラ 32,500円=ギエ)となりました。

 ところが今回の活動は「海をつくる会」の公式な活動である気仙沼大島海底清掃活動と連携して行ったため、当プロジェクトの活動にかかる費用はすべて「海をつくる会」が支出してくださいました。それも活動の実費ではなく50,000円を活動資金としてご提供頂きました。

 宿泊は「ネットワークオレンジ」さま、「海をつくる会」によりご提供頂き、食費は旅館により提供されたもの以外は参加メンバーが個人負担する方針を採っておりますので、今回の活動の出費は交通費のみ(八田往復新幹線、寺井往路新幹線=帰路は「海をつくる会」のバスに乗車したため=、気仙沼市内タクシー、大島フェリー代金)となりました。

 その結果、「海をつくる会」より頂いた活動資金から交通費を差し引いた金額 8,620円が残金として発生し、これを「海をつくる会」ご了承のもと、プロジェクトの今後の活動資金として繰り入れさせて頂きました(ボラ扱い)。活動の結果、支出を収入が上回るきわめて珍しい活動事例となりました。「海をつくる会」には活動場所の提供だけでなく、資金面でも大きなご支援を頂きました。重ねまして御礼申し上げます。支出(交通費)の内訳につきましては今回も別紙「決算報告書」にて改めてその内訳を明示致します。

 今回の活動終了時で残額 168,280円(内訳:ボラ 135,780円 ギエ 32,500円)となっております。これらは活動繰越金として次回活動の資金および現地活動団体への義援金として有効に使わせて頂きます。関係者各位に対し、厚く御礼申し上げます。

 今後のプロジェクトの活動予定としては、6月に石巻等での活動、8月に気仙沼大島への再訪の計画を立て、ただいま関係者と協議中です。以前ボランティアセンターの認定によって免除されていた高速道路通行料金も今後は支出しなければならず、また宿泊についてもボランティア団体の撤退により有料の施設を利用せざるを得ない状況が見込まれ、今後の活動には資金的に困難な状況が予測されます。引き続きまして活動支援をお願い申し上げる次第です。

【振込先】
三菱東京UFJ銀行 練馬光が丘支店(店番622)
普通預金 口座番号 0056264
名義 ノウガクプロジエクト ハツタタツヤ


【ギエの新規募集停止について】
 かねてプロジェクトでは頂いた募金を「ボラ」(プロジェクトのボランティア活動資金)「ギエ」(被災地への直接支援を目的にプロジェクトに寄せられた義援金)に区別し、募金者の寄付の目的をできるだけ反映させて頂くことに努めて参りました。具体的には、ギエにつきましては石巻を中心に活動する「チーム神戸」「明友館」の2つのボランティア団体を寄付先に認定させて頂き、プロジェクトに募金された「ギエ」はそれら団体の活動資金として寄付させて頂いております。

 しかし震災から1年を経て、地元で活動するボランティア団体が撤退、あるいは活動の形態が変わったり縮小してきている現状があり、また当プロジェクトの活動も、今後は交通費お支出の増加が見込まれる一方、震災被害への世間の関心が薄らいでくるに従って募金の減少が予測され、資金の不足による活動の困難も予想されます。

 さらに当プロジェクトでは6月に石巻で「星と能楽の夕べ」(2月に大崎市の「パレットおおさき」プラネタリウムで開催した星空投影と能楽・音楽を融合して楽しんで頂く企画)の再演を予定しているなど、仮設住宅などへの訪問による被災者への直接支援の活動と平行して、復興の歩みを進める被災地の市民全体を対象に文化的な発信を行うことも視野に入れた活動を展開していく希望を持っております。

 こうした現状に鑑み、当プロジェクトとして今後は「ギエ」の新規募集を停止する事と致しました。

 具体的にはプロジェクト銀行口座への募金のお振り込みに関しては「ボラ」「ギエ」の明記をお願いせず、またチャリティ公演等でお客さまに募金を呼び掛ける際には「ボラ」に使途を限定して募金をお願いする事に致します。

 もっとも銀行口座への募金につきましてはこの決定が周知されず、「ギエ」と表記しての募金がされることも考えられます。この場合はやはり募金者の意図を尊重させて頂き、引き続き「ギエ」として、しかるべき現地活動団体への義援金として取り扱いさせて頂きます。

 また、3月25日に開催された「亀戸の夜能」の際に頂いた募金 65,000円につきましては、この決定の以前に頂いた募金であり、使途についても明確に「ボラ」に限定して使わせて頂く旨のアナウンスをしていなかった点に鑑み、前回の報告書でも書きました通り、大崎市でのチャリティ公演の前例に倣って「ボラ」「ギエ」に等分して扱う事と致しました。これまでプロジェクトでお預かりさせて頂きました「ギエ」は2月の石巻訪問活動の時点で「ギエ」の全額を「チーム神戸」「明友館」の2団体に寄付することで精算することで一旦解消致しましたが、現状では「ギエ」はこの「亀戸の夜能」の際の 32,500円をお預かりしており、これはプロジェクトとして支援するのに然るべき団体。。被災地に拠点を置き、直接被災者の支援活動に従事することを目的とした、非営利で公明正大な活動が長期に渡って期待できる、信頼すべき団体を見つけるまで保留させて頂くことと致します。

 なおこれまで明確に「ギエ」と使途を指定されてお預かりしました金額は 5,000円でありますが、このほかプロジェクトとして「ギエ」と認定した募金額は 71,500円となり、総額で 76,500円となります。これらは下記の通り現地活動団体へ寄付させて頂きました(上記の通り亀戸の夜能の分 32,500円はまだお預かりしたままの状態です)。下記団体はいずれも当時信頼できる活動を展開されており、募金は被災者のために有効に使われたと確信しております。みなさまの善意に深謝申し上げます。

「チーム神戸」25,000円(9月30日)
         22,000円(2月13日) 合計 47,000円

「明友館」  20,000円(9月30日)
       22,000円(2月13日) 合計 42,000円

 「ギエ」総額よりも寄付金が上回っておりますが、これはプロジェクト発足当時にはまだ「ボラ」「ギエ」の募金の取り扱い方法が確立されておらず、個々の活動の結果の残額を上記団体に寄付していた経緯がございます。複雑なことで申し訳ありませんが、募金やチャリティ公演の収益と寄付金との関係は、プロジェクトの活動毎に作成しております「活動決算報告書」をご参照ください。

 活動決算報告書は「ぬえの能楽通信blog」の以下のページにて公開しております。

活動決算書(2011年9月の分)
活動決算書(2011年12月の分
活動決算書(2012年2月の分)
活動決算書(2012年3月の分)

【成果と感想・今後の展望】
 プロジェクトとして6回目となる今回の支援活動では、気仙沼大島訪問という活動地域の広がりが特筆されます。「海をつくる会」さまとご一緒に活動することは今回が2回目ですが、気仙沼の児童ミュージカル劇団「うを座」さまとの繋がりから「ネットワークオレンジ」さまをご紹介頂き、また「海をつくる会」さまの活動に同伴することによって大島のみなさんと知り合うことができました。今後のプロジェクトの活動の展開についても、協力が期待される数多くの方々の知己を得たことは大変有意義であったと思います。個人的な感想になりますが、これらお知り合いになった気仙沼の人々の人情、優しさに触れ、活動の大きな励みになりました。

 今回の活動では「海をつくる会」から全面的な援助を頂きました。そのご支援は会メンバーとは往路別行動をしてのプロジェクトの活動までも容認、包括しての援助となりました。重ねがさねご厚情に感謝致します。今回八田は「海をつくる会」さま「ともに浜をつくる会」さまの海底清掃の内容について初めて知りました。ダイビングを趣味とされる方々が集い、これほど大掛かりな活動を行っておられることに、まずもって敬意を表したいと思います。今回は八田は海底清掃活動が始まる前に東京に帰ることになりましたが、伺ったその活動内容はひと言で言えば過酷であると思います。それなのに笑顔で活動され、夜は大いに飲み食い、語り。尊い活動であると思います。今後とも良好な関係を築き、ともに活動を続けて行ければ、と期待しております。

 「ネットワークオレンジ」さまは知的障害者の社会参加支援を続けられるNPO法人ですが、その活動はそこに留まらずもっと広範に及んでいる印象を受けました。事務所である「三日町オレンジ」の入口には障害者が作った小物が展示販売されていましたが、そのほかにも子どもたちのための駄菓子なども豊富に用意されており、いつでも近所の子どもたちで賑わっているそうです。また我々プロジェクトなど気仙沼で行われる芸術活動にも積極的に活動の場を提供され、当日も事務所の正面でお客さまの呼び込みを行うなど、常にアクティブな姿勢で、気仙沼の街に根付き、親しまれている活動を行っておられます。当プロジェクトの活動に際しても宿泊施設のご用意を頂くなど、ご負担も頂いてしまいました。改めまして活動に敬意を表し、御礼を申し上げます。

 気仙沼大島では地元漁業関係者のお仕事を拝見させて頂いたり、大島神社で神前に舞囃子を奉納させて頂くなど、大変厚いもてなしを受けました。そのうえ海産物のお土産をどっさり頂いてしまい恐縮しております。本土と比べると復興の進捗状況は必ずしもかんばしくない印象を受けましたが、復興にかける熱意はほかの地区にも増して強いと思います。大島は夏に再訪する計画もすでに検討中で、関係各位に御礼申し上げ、また引き続いてのご協力をお願い申し上げたいと存じます。

 今回の活動では当地では能の公演の会場となった大島開発総合センターで大学生によるボランティア活動の様子を見るなど、ほかの団体の活動と連携したり、その活動を見学する機会に恵まれました。今回八田ははじめて鉄路を利用して訪問活動を行ったのですが、ちょうど桜が咲く季節にも恵まれ、あいにく悪天候ではありましたが、車での移動とはまた違って見聞を広める活動となったことも深い印象となっております。

 しかしながら、当地の現状は必ずしも楽観を許さないのは前回と同じ感想で、今回は当地にて震災後に1,000の方が亡くなっているという厳しい現実も伺うことになりました。震災から1年が過ぎて、被災地は自立して復興に向かわなければならない時期になっておりますが、産業基盤の崩壊やそれに伴う雇用の消失など難問は山積で、まだまだ支援の手が必要です。当プロジェクトの活動はそうした被災地の方々を心の癒やしという面でサポートする事しかできませんが、今後は当地の文化の復興など新しい視点をもって活動を続けていきたいと考えております。息の長い支援を続けていけるようプロジェクトメンバーも努力を重ねてゆく所存です。どうぞ今後も変わらぬお力添えを賜りますよう伏してお願い申し上げます。

                                        以上

平成24年6月1日





                            「能楽の心と癒しプロジェクト」

                             代表   八田 達弥
                             (住所)
                             (電話)