間狂言からの報告を聞いた居士は、事情を察知して少女を救出しに向かうことになります。
シテ「あら曲もなや候。始めより彼の女は様ありげに見えて候。その上諷誦を上げ候にも。ただ小袖とも書かず。蓑代衣と書いて候よりちと不審に候ひしが。居士が推量申すは。かの者は親の追善の為に。我が身をこの小袖に替へて諷誦を上げたると思ひ候。さあらばただ今の者は人商人にて候べし。彼は道理こなたは僻事にて候程に。御身の留めたる分にてはなり候まじ。
間「さやうの者ならば。大津松本のあたりへ参らうずる間。某追っつき止め申さう。
シテ「暫く。御出で候分にてはなり候まじ。居士この小袖を持ちて行き。彼の女に代へて連れて帰らうずるにて候。
間「さやうに候はば。七日の説法が無になり候べし。
シテ「いやいや説法は百日千日聞し召されても。善悪の二つを弁へん為ぞかし。今の女は善人。商人は悪人。善悪の二道こゝに極つて候は如何に。今日の説法はこれまでなり。願以此功徳普及於一切。我等与衆生皆共成。
七日間も続けた説法を無にしても、少女を救出しようとする居士。まさに少年活劇の世界ですね。
舞台上ではまたしても間狂言の仕事が大変なところで、シテが「今日の説法はこれまでなり」と謡い出すと、シテの前に展べられた縫箔を三つ折りに畳んで、「我等与衆生皆共成」までにシテの後ろからマフラーのように首に掛けるのです。シテは「願以此功徳普及於一切」と謡いながら合掌しますが、間狂言が縫箔を首に掛けると合掌の手をほどいて左手でそれを押さえます。
この縫箔ですが、裾の方がシテの右肩から胸の前に、そのうえから襟の方をシテの右肩から胸の前にかぶせるようにして前で合わせるように掛けて頂くよう、間狂言にお願いしておきます。これは後でこの縫箔を左手だけでワキの方へ投げつける型があるための便宜なのですが、こういう細かい打合せを事前にきちんとしておかないと、舞台の上で失敗につながることもありますので要注意ですね。
ちなみに「願以此功徳普及於一切。我等与衆生皆共成」というのは、次に続くシテの謡「仏道修行の為なれば」と掛詞になっています。「仏道修行の為なれば」からの部分は章句の構成や節付けから「一セイ」と呼ばれる小段になりますが、このように小段にまたがって、しかもすべてシテが謡う文句の中で掛詞があるのは珍しい例だと思います。「願以此功徳普及於一切。我等与衆生皆共成仏道」とは音読して「がんにしくどくふぎゅうおいっさい。がとうよしゅじょうかいぐじょうぶつどう」と読みます。「願わくはこの功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道成らんことを」というような意味で、本文は「法華経」にあり、読経の終わりに読み上げる常套の文句らしいです。いや、白状しちまいましょう。信心はあっても特定の宗派の信仰は持っていない ぬえにとって、この回向文は覚えるのが大変でした。いまでもまだ、つっかえずにスラスラと謡うところまで到達していましぇ~ん。(×_×;)
シテ「仏道修行の為なれば。
地謡「身を捨て人を助くべし。
ワキ/ワキツレ「今出でて。そこともいさや白波の。この舟路をや。急ぐらん。
シテ「舟無くとても説く法の。
地謡「道に心を。留めよかし。
一セイの「仏道修行の為なれば」でシテは立ち上がり、大津へ追い向かう心で橋掛リへ行きます。間狂言はシテの床几を引き、これにて舞台より退場します。またワキとワキツレは、少女を同道して大津に到着して船を出す心で、脇座にて左肩を脱ぎ、竹棹を持って立ちます。シテは地謡「道に心を。留めよかし」で大津に着いた心で三之松より見回し、ワキを発見すると、囃子の手をよく聞いて「打上」という終止の手にかぶせるように謡い掛けて呼び止めます。
シテ「なうなうその御舟へ物申さう。
いよいよこれより少女をめぐってシテとワキの丁々発止の駆け引きが始まります。
シテ「あら曲もなや候。始めより彼の女は様ありげに見えて候。その上諷誦を上げ候にも。ただ小袖とも書かず。蓑代衣と書いて候よりちと不審に候ひしが。居士が推量申すは。かの者は親の追善の為に。我が身をこの小袖に替へて諷誦を上げたると思ひ候。さあらばただ今の者は人商人にて候べし。彼は道理こなたは僻事にて候程に。御身の留めたる分にてはなり候まじ。
間「さやうの者ならば。大津松本のあたりへ参らうずる間。某追っつき止め申さう。
シテ「暫く。御出で候分にてはなり候まじ。居士この小袖を持ちて行き。彼の女に代へて連れて帰らうずるにて候。
間「さやうに候はば。七日の説法が無になり候べし。
シテ「いやいや説法は百日千日聞し召されても。善悪の二つを弁へん為ぞかし。今の女は善人。商人は悪人。善悪の二道こゝに極つて候は如何に。今日の説法はこれまでなり。願以此功徳普及於一切。我等与衆生皆共成。
七日間も続けた説法を無にしても、少女を救出しようとする居士。まさに少年活劇の世界ですね。
舞台上ではまたしても間狂言の仕事が大変なところで、シテが「今日の説法はこれまでなり」と謡い出すと、シテの前に展べられた縫箔を三つ折りに畳んで、「我等与衆生皆共成」までにシテの後ろからマフラーのように首に掛けるのです。シテは「願以此功徳普及於一切」と謡いながら合掌しますが、間狂言が縫箔を首に掛けると合掌の手をほどいて左手でそれを押さえます。
この縫箔ですが、裾の方がシテの右肩から胸の前に、そのうえから襟の方をシテの右肩から胸の前にかぶせるようにして前で合わせるように掛けて頂くよう、間狂言にお願いしておきます。これは後でこの縫箔を左手だけでワキの方へ投げつける型があるための便宜なのですが、こういう細かい打合せを事前にきちんとしておかないと、舞台の上で失敗につながることもありますので要注意ですね。
ちなみに「願以此功徳普及於一切。我等与衆生皆共成」というのは、次に続くシテの謡「仏道修行の為なれば」と掛詞になっています。「仏道修行の為なれば」からの部分は章句の構成や節付けから「一セイ」と呼ばれる小段になりますが、このように小段にまたがって、しかもすべてシテが謡う文句の中で掛詞があるのは珍しい例だと思います。「願以此功徳普及於一切。我等与衆生皆共成仏道」とは音読して「がんにしくどくふぎゅうおいっさい。がとうよしゅじょうかいぐじょうぶつどう」と読みます。「願わくはこの功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道成らんことを」というような意味で、本文は「法華経」にあり、読経の終わりに読み上げる常套の文句らしいです。いや、白状しちまいましょう。信心はあっても特定の宗派の信仰は持っていない ぬえにとって、この回向文は覚えるのが大変でした。いまでもまだ、つっかえずにスラスラと謡うところまで到達していましぇ~ん。(×_×;)
シテ「仏道修行の為なれば。
地謡「身を捨て人を助くべし。
ワキ/ワキツレ「今出でて。そこともいさや白波の。この舟路をや。急ぐらん。
シテ「舟無くとても説く法の。
地謡「道に心を。留めよかし。
一セイの「仏道修行の為なれば」でシテは立ち上がり、大津へ追い向かう心で橋掛リへ行きます。間狂言はシテの床几を引き、これにて舞台より退場します。またワキとワキツレは、少女を同道して大津に到着して船を出す心で、脇座にて左肩を脱ぎ、竹棹を持って立ちます。シテは地謡「道に心を。留めよかし」で大津に着いた心で三之松より見回し、ワキを発見すると、囃子の手をよく聞いて「打上」という終止の手にかぶせるように謡い掛けて呼び止めます。
シテ「なうなうその御舟へ物申さう。
いよいよこれより少女をめぐってシテとワキの丁々発止の駆け引きが始まります。