のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

検察官

2012年02月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 3年間馬を走らせたところでどこの国へも行き着けないロシアのある地方の町は、粗野で収賄家の市長と賄賂をもらって恥じることのない小役人が支配していました。慈善病院は「死ぬやつは死ぬ。治るやつは治る」をモットーに運営され、裁判所は鳥の巣になり、学校には切れる(と言っても、頭ではなく堪忍袋が切れる)挙動のおかしな教師が暴れまくっているモラルハザードを突破した田舎町です。まるで私の住む村のようなところです。

 腐敗の極みのこの村に首都から検察官がお忍びでやってくると噂が流れます。日ごろが日ごろなので一同心中穏やかではありません。

 そんなときに市で唯一の旅館にフレスターコフというただ者ではない面構えの男がやってきます。振る舞いもただ者ではない。まさかこの男が噂の検察官か?

 腐敗役人の心中たるや水戸のご老公一団が来ていることを事前に察知した越後屋とお代官様のようなものです。助さん格さんに殴られて印籠見せられ土下座する前に、早々に気分良く立ち去ってもらわなければなりません。

 実はこの男フレスターコフは首都で博打と放蕩で身をもちくずして、役人を辞めて故郷に帰る途中の青年にすぎませんでした。何の考えもなしに行動してしまう頭の空っぽな男で、帰途の途中カードゲームで有り金をみんなすってしまい、宿泊費も払えず旅館に滞在していました。

 ところが、この男こそお忍びの検察官に違いないと思い込んだ市長は、旅館にフレスターコフを尋ねてきます。宿代を払えない自分を逮捕に来たと勘違いしたフレスターコフは居直って「何だね君は!何しに来たんだね!}と猛然と市長を怒鳴りつけてしまいます。これで「この方こそ首都の検察官」と勘違いのまま確信した市長は早速自宅で豪勢な歓迎会を催して、賄賂まで握らせてもてなします。

 フレスターコフと言う男もなかなかしたたかで、自分が国の重要人物でしかも将軍でもありさらに大作家でもあると吹聴したばかりか、自分の嘘の酔いしれてしまいます。魚心あれば水心で、やましいところがある役人・商人・大地主が貢物を持っては陳情にやってきます。

 いささかこれにも飽きてきたフレスターコフ、今度は暇つぶしに市長の娘に結婚まで申し込んでしまいます。市長とすれば、娘が首都の検察官の妻になれば立身出世の道が開けるので大喜びです。何しろ何も考えないで行動する男ですから、成り行きで市長の夫人にまで言い寄る始末。追い詰められて結局市長の娘にプロポーズして一件落着します。

 フレスターコフは思わぬ贈り物で懐も膨らみ、頭の良い召使のアドバイスもあって化けの皮がはがれないうちに退散することにします。ついでにペテルブルグの友人に、この街での出来事を自慢した手紙を出します。これがまた、自分を検察官と勘違いした市長を「老いぼれた虚勢馬のような馬鹿」、慈善病院の院長を「頭巾をかぶった豚」などとボロクソに嘲り、役人一人一人にあだ名までつけています。

 「下司な飲んべぇ」と嘲られたのは郵便局長で、この男の趣味は人様の郵便を勝手にあけて読むこと。偽検察官の郵便を、毎度のごとく開封して読んだ郵便局長がぶったまげて手紙を持って市長の家に駆け込んできて、読み上げると役人一同大爆笑。はたまた罵りあいの大喧嘩するほど愚かしく馬鹿にした内容の手紙でした。「てめえら!何笑ってんだ!自分で自分を笑ってんだぞ!」と市長が吼えます。

 一同唖然としていると、そこへ本物の検察官が到着したと言う知らせが入り、空気が凍りついたまま幕になります。

 ゴーゴリの「検察官」と言う戯曲です。学生時代の演劇で市長役を演じたことがあります。なんとも愚かしい人々ですが、権威などとは所詮この程度のものなのかもしれません。

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