ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

晴子情歌

2013-11-08 20:19:44 | 本のレビュー

十日ばかりかかって、高村薫の「晴子情歌」を読み終える。最初は、物語の中に入っていけず、読むのに退屈していたのだが、下巻に入るころからぐんぐん面白くなって、ううんと唸りながら完読。

それにしても、昭和の初め頃の世相や東北の風土をここまで克明に書けたものである。東京は本郷の下宿屋に生まれた晴子が、父に連れられ、青森に行くところ、北の海の漁の光景、地元の言葉・・・等々生々しいまでの筆致である。

東大を出ながら、マグロ漁の漁船の船員となる影之に向けて、母晴子が、長い手紙を百通も送り続けるという設定自体、「こんなこと、現実にあるわけないだろう」という感じなのだが、圧倒的な文章力が不自然さをかき消してしまう。 海上の影之の物語と手紙の中に描かれた晴子の人生の物語が交互に語られてゆくというストーリー。

晴子はやがて、青森随一の名家、福澤家に子守として雇われるのだが、ここで数奇な縁から不肖の末息子、淳三と結婚することとなる。長い歴史を持ち、政界にも勢力を伸ばす福澤家--晴子の人生はこの家の血脈とわかちがたく結びついてしまうのだが、私にわからなかったのは、晴子と淳三との結びつき。

生涯働かず、絵ばかり描いて過ごす淳三という人もそうだけれど、兄への嫌がらせみたいにして、自分と結婚した夫にひたすら仕える晴子もわからない。 周囲の人々に素晴らしく魅力的に見えたらしい晴子・・・「私は、こんな人生を望んでいたんじゃない!」とか叫びたくなったりしないんだろうか? でも、結局初恋の人が遭難したと聞いて、海に駆けつけた晴子は、二日ばかり家を空け、それが原因で肺炎になった淳三は死ぬ。

自宅の裏庭をひたすら描き続けた淳三は、それを「青い庭」と呼ぶのだが、最後その絵の中に晴子の姿を描く・・・そこまで読んで、「ああ、こういう形でしか表わせない愛もあったんだ」と心の水面に何かが落ちるような気がしてしまった。 この物語はまだまだ続き、「リヤ王」の前章となる。 

最後に海に向かって叫ぶ、影之の独白--「僕も、一人だ。母さんも一人だ」という声は、晴子の耳に届いただろうか?