ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

ジュリエット・グレコのこと

2020-09-25 22:01:44 | アート・文化

シャンソン歌手のジュリエット・グレコさんが亡くなられました。御年、93才だったとか……高齢ですね。

しかし、彼女の名前は、私にとって、自分が生まれる前の「フランスの青春」を連想させる、素敵なものでした。実際、実存主義者たちとも交流があり、その歌後や、華やかな美しさが愛されたのだとか。

映画にも出演していたというのですが、彼女の姿を「オルフェ」の映画でも観た記憶はありません。ぜひ、観たいなあ。

      

シャンソン歌手というと、どうしてもエディット・ピアフなどが有名で、私もピアフの「ラ・ヴィアン・ローズ」のハリケーンのような高音の歌声が、いつまでも心に残っているのですが、グレコの声は知りません。今でも、彼女の代表作を集めたCDは、手に入るのかしら?

昔、母が来日したグレコのコンサートへ行ったとかで、モノクロのパンフレットを見せてくれたことも記憶に残っています。そのどこかスペイン的な、気怠い容姿も、心に鮮やか。

マリー・ラフォレについで、古き良きフランスの名花が、また一人消えました……。


日々のこと

2020-09-25 12:40:33 | ある日の日記

すっかり、いい秋晴れが続く(昨夜から、今朝にかけてはすごい雨が降ったけど)。

私も用事やらなにやらで、外出が続いたのだけれど、気づくと9月も下旬――栗とか、お菓子がおいしくなる時期だから、うれしい!!

上の写真は、児童文学の同人誌「松ぼっくり」で一緒の創作仲間Oさんから頂いた、Oさんが別に属している「童話工房ぴあの」の同人誌。イラストや詩、絵本みたいな物語も入っているアットホームな本――会員仲間の息があっているという感じで、いいな。十名くらいの会員だというので、こんなほんわかムードなのでせう。

遠出や旅に出たい気分ですが、まだ県外をまたいでの移動はちょっと……だから、TVなどで別世界にふれて楽しんでいます。

  

昨日、TVを観ていたら、岡山県の秘境なるものが特集されていて、それが何と高梁市の吹屋。「まっかっかの不思議な町」という大見出しつきで。

      

確かに、町全体がベンガラ色に染まってはおりますが……真っ赤かなあ? そして、番組のリポーターが飛びこんでいったのは、昔なつかしの昭和時代で死滅してしまったかのような、大きな雑貨屋さん。今では、ほとんど見かけないような種々雑多な品物が並んでいて、まるでタイムトリップしたかのようであります。

そして、店の奥から出て来たのは、こんな山中でお目にかかれるとは、とても思えないような、きれいなおばあさん。色も白く、肌はつるりとしていて、上品な美人。しかし、御年が何と、88才! うわっ、信じられませぬ。

ところが、開口一番言ったことがふるっている!「息子は、東大、京大行きました」――始めて会った、人にいきなり、そんなこと言うだろうか……。けれど、おばあさんの今までの苦労話を聞いたり、吹屋の町のしっとりした、ベンガラ色の町を見ているうちに、何だかしみじみしてくるのですね。

もう一人紹介されていた、元気者のおばあさんは、何と98才。それでも、毎日畑仕事はしているし、リポーターの具志堅用高さんもメじゃない、バイタリティーぶり。くわ一つ持たせても、具志堅さんとは耕すスピードが全然、違う!

田舎に暮らすと、元気で長生きできるんだろうか? でも、この吹屋の近くには、横溝正史の「八つ墓村」(多分、この作品だと思う)の舞台に使われた、ベンガラで財をなした豪邸があったりするなど、土俗的でありながら、風情がある場所です。

ベンガラ色を、正式に何というのか知りませんが、赤にだいだいと、黄色をまぜたような、独特な色彩。恐ろしい言い方をすると、血の色をずっと薄くしたような色でもあります。この色に染められた町、吹屋を舞台に、横溝正史のおどろおどろしい世界が書かれた小説があれば、きっと素晴らしい名作になっただろうになあ、と残念に思う私であります。

二十年ほども前に訪れたきりの吹屋の町――この小さな美しい町を、またボンネットバスで巡ってみたいですね。

 

 


砂漠の囚われ人マリカ

2020-09-20 05:44:33 | 本のレビュー

もう、十数年も前に買った本なのですが、強く惹きつけられるものがあり、二、三回と再読してきました。

当時、世界のびっくりするような人生を送った人達の実話を収録したTV番組が人気で、この物語の主人公マリカ・ウフキルの物語もそこに紹介されていたのです。

マリカ・フキキル――モロッコ将軍の娘であった彼女は、少女時代、モロッコ国王の養女となり、王女の遊び相手として宮殿で暮らすという特殊な体験をします。しかし、1973年、突然、父親が国王に対する軍事クーデターを起こしたため、彼女は最上流の生活から一転して、家族とサハラ砂漠の牢獄に幽閉されることとなってしまいました。酷暑の砂漠で何年も、何年も――投獄された時、まだ二十歳の美しい娘であった彼女は、地獄のような長い歳月をそこで過ごしますが、ついに1987年、わずかな隙をつき、姉妹と共に脱獄。

 この経緯が、TVで紹介されていたのですが、その時中年を過ぎていたはずのマリカが、インタビューに答えていた様子が、今もくっきり印象に残っています。今なお美しく、アラブのプリンセス然とした風格がありながら、運命に痛めつけられた様子が、彼女の表情に漂っていて、俄然、その人生が詳しく知りたくなってしまい、この本を購入したという訳。

一読して、愕然とするのは(今は、多少開かれているのかもしれませんが)、モロッコという国の神秘的にも、恐ろしい側面。王室の力は絶大で、マリカも将軍の娘というトップ階級の出でありながら、まるで人質のように王室に差し出され、家族とも離れたまま、王女の遊び相手を務めさせられます。いうなれば、黄金の鳥籠に閉じこめられた小鳥のようなもの?

このモロッコの宮殿たるや、奇々怪々で、その迷路のような部屋部屋の奥には、かつての愛妾たちが、年老いた今も、監禁同様の身で暮らし、何十年振りかで、太陽の下に出るという描写があったと記憶しています。

そして、マリカが暮らすこととなったサハラ砂漠の牢獄――そこには何があったか? 正直、本に書かれていることを見ると、ひどい虐待があったとか、恐ろしい目にあったという描写はさほどないのですが、本当はあまりにもつらくて、今なおマリカが口をつぐんでいる凄絶な事実があるのかもしれません。

私が最も印象に残っているのは、彼女が牢獄からサハラ砂漠の夜空を見ながら、涙を流すシーンです。

青春の盛りという若さで、こんな絶海の孤島にも等しい場所に閉じこめられ、むなしく年を取っていかねばならないという悲嘆。本当に、つらい体験だったろうなあ、その胸の内を思うと、何とも言えない気持ちになってしまいますね。

しかし、明けぬ夜はない。彼女はついに、機会をつかみ、家族と共に脱獄することができたのですが、モロッコからマリカの救いを求める電話を受け取り、誠意をもって答えたのが、かの、フランスの大スター、アラン・ドロンだったというのが面白い!

「モロッコに私の人生はない」マリカは作中で、幾度も、こう呟いています。自分はモロッコの大地を愛しているが、そこで生きるすべはないのだ、と。晴れて自由の身になった(実に、1991年になっていた)彼女が、かつての遊び相手であったモロッコ王女の宮殿に行った時、王女が自分の牢獄での暮らしの逐一を知っていたことに、慄然とする場面でのことです。

最後に、彼女がモロッコを離れ、パリに行き、そこでフランス人建築家と結婚した後、今はフロリダで幸福に暮らしている、というエピソードを知った時には、本当にホッとしてしまいました。

「私は、牢獄で過ごさねばならなかった後、すでに老いの入り口にいる。それは、とても不当だし、つらいことだ」――彼女の言葉が、こちらの胸に突き刺さるとしても。

 

P.S  どこかで目にしたのですが、現代モロッコのラーラ・サルマ王妃が、公の場面から、この一年以上姿を消しているとのこと。モロッコ王室というものが神秘のベールに包まれているため、誰も詳しい経緯を知る者はないというのです。何だか、怖いですね。

今なお、閉ざされた国というのは、世界中にいくつも存在するのかも。


むかし僕が死んだ家

2020-09-11 10:16:25 | 本のレビュー

  

「むかし僕が死んだ家」 東野圭吾 講談社文庫

これは、昔図書館で借りて読んだことがあります。その時も「とっても、面白いな」と思ったのですが、今回書店で文庫本を購入。

再読という訳でありますが、やっぱりgood! 名にしおうベストセラー作家、東野圭吾。それでも、やはり彼の作品が一番面白かったのは、初期の頃だと思っています。 デビュー作の「放課後」とか、あの素晴らしき傑作「白夜行」etc.

直木賞を受賞した容疑者Xの献身」などは、こうした作品に比べると、プロットこそ高度になっているけど、さほど面白くなかった記憶があります。

前置きが長くなりました。さて、この「むかし僕が死んだ家」――この意味ありげなタイトル。好奇心をそそり、頭の中にいつまでも、フレーズが残るようなタイトル。これだけでも、うまいですね。

まるで、マザーグースを思わせる薄気味悪さと、思わず手に取らずにはいられないミステリアスさを醸し出しております。

あらすじは――というと、主人公の「私」は、とある大学の物理学部の准教授となっているのですが、何年ぶりかで催された高校時代の同窓会で、かつての恋人沙也加に再会します。

彼女は今は結婚し、幼い娘もいる身。本当なら、もうかかわりあうことのない二人なのですが、突然、沙也加から私のもとに電話がかかってきます。彼女が言うには、「あたしには、幼い頃の記憶が全然ないの。その記憶を取り戻すきっかけとなってくれそうなものを見つけた。あなたに、あたしと一緒に、ある家に行ってほしい」

この家が表題の「ぼくが死んだ家」という訳なのですが、この家の設定が何とも素晴らしい。読者の興味をぐいぐい引っ張らんばかりなのです。

別荘地とは言え、山の奥深く、人もほとんど通らぬ場所に、ぽつんと立っている家。それは、沙也加の亡くなった父親が、残していった鍵によって開くのですが、なぜか、玄関は固く閉じられ、出入りできるのは、地下への扉のみ。

なぜ、こんなことがしてあるのか? そして、不思議なことに、この家には最初から水道も電気も通っていなかったらしい。埃のつもった家には、一つの家族が住んでいた痕跡があるのですが、子供部屋に残された少年の日記が、謎を解く鍵となる――というのが、おおまかな前段ですが、このあたり、東野圭吾は、本当にうまいですねえ。

他のミステリー作家だと、どうしても筆致がねっとりしていたりするものですが、ミステリーのくせに、さっぱりしているところが、東野作品の魅力なのでは?

少年の日記から、この家に起こった事件は、二十三年前にさかのぼるらしいことが判明します。少年は、なぜ死んだのか? そして、沙也加という女性は、本当は一体誰だったのか? 彼女は、本来なら何のかかわりもない、この家と何の関係があったのか?

これらの謎が、この不気味な家で一夜を明かす私たちのやりとりで、しだいに明らかにされます。この時、私と沙也加の間を流れる、かつて恋人同士だった者ならではの、スリリングさと親愛の情も、読み応えあり(しかし、かつての恋人の頼みで、遠い山中までつきあってあげるなんて、主人公の「私」も、ちょっといないくらい、いい人ですね)。

そして、不思議なことに、物語が終わった後、鮮やかに立ちのぼってくるのは、私と沙也加という二人の主要人物ではなく、「ぼく」という少年なのです。この日記だけの存在にすぎない少年。

もしかして、彼は今も、「僕が死んだ家」で眠り続けているのかも。


洋画の今昔

2020-09-07 10:37:10 | 映画のレビュー

離れの床の上に、昔観た映画のパンフレットを並べてみたところ。

    

今から、ずーっと昔のものばかりです(もう、今では映画館に行っても、パンフレットを買うことなんて、なくなってしまいました)。

レオナルド・ディカプリオが、ハワード・ヒューズに扮した「アビエーター」や、マルグリット・デュラスの「愛人」をジャン・ジャック・アノーが映画化したもの。 当時、四十才近くだったと思われるブラッド・ピットが、アキレスを演じた「トロイ」など。

         

そして、こちらは、個人的にファンのルキノ・ヴイスコンティの映画がリバイバル公開された時のパンフレット。

「ベニスに死す」と(巨匠が最も愛した、二人の美しき男たち)というキャッチフレーズつきの「山猫」&「ルードヴイヒ」です。本当に、アラン・ドロンとヘルムート・バーガーの二人が、アドーニスそこのけの美しさですね。

この間、本当に、久しぶりに、これらのパンフレットを開いてみたのですが、ほう……(思わず、ため息)。映画評論家という方たちの文章の上手いこと!

映画への愛情が、こちらにもひしひしと感じられそうなほどなのであります。 今では、新聞の紹介欄やネットでの情報で間に合ってしまうため、「映画評論家」という仕事も、消滅してしまったように思うのですが、何とも、もったいなことですね。

  そして、ふと気にかかったことがあって、所有しているDVDや、昔のビデオものぞいてみました。

 

左側が、デザイナー、イブ・サンローランのドキュメンタリービデオ。他2点が、「ミッドナイト・イン・パリ」と「去年の夏 突然に」です。

昔、レンタルビデオ屋さんで、ビデオを借りる際にも、好きなスターや、好きな題材であることを見て取った後でも、参考にしていたのが、裏面に書かれた「紹介」の文章。これが、とても上手く、作品やスターの魅力を鮮やかに切り取っていてくれたもの。今、イブ・サンローランのビデオの紹介を見ても、うっとり、ため息がでそうなほどです。

ところが、今のDVDでは、裏面の紹介を呼んでも、すごーくカンタンで、「えっ、それだけ?」と言ってしまいそうなほど。「去年の夏、突然に」は、キャサリン・ヘプバーンとエリザベス・テイラーの共演というのが、考えても凄いし、内容もエキセントリックで面白い。それなのに、「二大女優の競演が見どころ」とあっさり、片づけてしまっているのです。もったいないなあ……。洒落た紹介文があれば、DVDを手に取った人の期待感や、ドキドキ感がぐんとアップするのにね。

         

読み終わったパンフレットは、本棚に。なぜか、これも若い頃、「おいしそうだなあ」とうっとり眺めていたお菓子作りの本と一緒に並んでます。