題名も覚えていず、作者の名前も知らない--けれど、記憶の底にかっちりと存在している本。誰しもに、そういったものはあるのじゃないだろうか?
私の場合、それは小学校3年生の頃、出会った本である。当時、私の通っていた小学校そばには、小さな図書館があって、それは公会堂の一部をなしていたものだと思う。書棚の片隅にあった、その本は古びてぼろぼろだった。まるで、わら半紙の紙でも使っているんじゃないかと思うほど、黄ばんで、ところどころ破れてさえいた。私の子供の頃で、そうだったのだから、ひょっとすると戦後間もなくの出版だったのかもしれない。
その本は、一言でいうなら子供向けの冒険小説で、主人公の少年は大尉の叔父とともに砂漠へ冒険の旅に出る。はるかな昔、存在したといわれる文明国、アトラン帝国を求めての旅だ。ようやくたどり着いたアトラン帝国は、現代よりはるかに進歩した高度な文明を持つ国で、そこは素晴らしく美しい女王が支配していた(その割には、女王は古代の衣装を着ており、クレオパトラそのものの髪型やヘアメイク、おまけに侍女たちには扇で、風をあおがせたりなどしているのだが)。
女王には、黒人の愛らしい侍女がいて、それはガーナの王女だという。そして、ある日、少年は宮殿の中で迷い、少年たちがぐるりと円形に並べられている部屋にやってくる。その真ん中にいるのは、死んでしまった女王の息子で、その回りに並べられた少年たちの死体は、女王が「息子の遊び相手」として、殺していった少年たちだとわかる。主人公も、間もなく彼らの仲間入りをするはずだった・・・。
アトランを逃げ出そうとしたある日、叔父が瀕死の重傷を負ってしまう。若く美しい彼を、女王は見染め、「夫にしたい」と言ったのだが、彼は断る。怒った女王はライオンを手向け、叔父はその牙にやられたのだ。「はやく、逃げ出すんだ」--叔父はそういった後、息絶える。
少年は、ガーナの王女である少女と命からがら逃げ出し、砂漠の中で倒れているところを助け出される。ここで終わっていたはずなのだが、私の下手なあらすじではうまく伝えられないくらい、面白い冒険物だった。挿絵も、魅力的なものだったと思う。昔の、江戸川乱歩とかアルセーヌ・ルパンの子供向けの本にあった挿絵と同じ感じで。
誰か、この小説の作者と題名を教えてくれる人がいないかしら? と私は思ってしまう。ぜひ、もう一度、読んでみたいのだ。幼い日の記憶に焼きつけられた書物・・・その魔力にかなうものがあるだろうか?