日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

村田邦夫のヨモヤマ談義⑮-「システム」とは戦えない、その病気は「克服」するものではなく、「付き合っていく」ことが大事

2020-08-24 | 日記
村田邦夫のヨモヤマ談義⑮-「システム」とは戦えない、その病気は「克服」するものではなく、「付き合っていく」ことが大事

肱雲さんのブログ「肱雲の噺」にある記事「アンチノミー」(2020年8月24日)の以下の引用・貼り付けしましたくだりを、先ずはみてください。

(以下、引用、始め)
ーーー
プロ野球選手として活躍し
脚光を浴びていた川崎選手の
意外な闘病記も
森田療法的アプローチで
自分自身の内面と対峙した
記事だ

「キツかったですよね。体が動かない。頭が割れるように痛いし
毎日悪夢を見て…という感じ。体を動かすと全部つってしまい
動かないので『おかしい』と
治療するにしても、何かが痛くて、痛みが引かない
『おかしい、おかしい』という状態でしたね」

 「克服、していないですね、今も
それを持ちつつ生きています
今までは『治そう、治そう』と思ってやって
それがダメだったんです
今の僕が持っている、大事な病気。なので
治さないようにしようということで、今もいますね」
 
 「僕は、病気は克服してはいけないと思いますし
戦ってはいけないと思っています
まずは特徴を知り、それをいかに防ぐか
『取扱説明書』があるわけですから
『治す』よりも『付き合っていく』という考え方の方が
よっぽどハッピーだと思います」

ムネリンが奇しくも
システム論の核心を突く発言してるね~

システム(病気)を克服してはいけない
システムと戦ってはいけない
ーーー
(以上、引用、終わり)

それにしても、肱雲さんの話というか着眼点は毎回、毎回、素晴らしいですね。まさにその通りですね。

私も、「システム」とは戦えないと同時に、その病気と言いますか「宿痾」を克服することは到底できない、と理解しています。M・ヴェーバーの顰に倣いますと、「システム」は「鋼鉄の檻」以上の存在です。

それゆえ、「システム」の宿痾に関して、できる限り学習する中で、「してはならない」ことは避けることが大事だと、ある時期から考えるようになりました。これが難しいのですね。かゆいからといって、掻いてしまうと、ますます皮膚(の細胞)はやられてしまいます。

私は帯状疱疹に苦しんでいますが、この3年目にして、川崎さんと同じような思いをするようになりました。とにかく、一生の付き合いだから、相手にはそれなりの敬意を払うことが大事だと。それでも、なかなかこれは難しいことですよ。しかし、どうしようもないんですから、それは仕方のないことですね。

もっとも、「システム」と戦うことはしませんし、覇権システムとだなんて、それはあのヒクソン・グレーシーやミルコも、またケンシロウやラオウさえ、絶対に無理でしょうが、生きている以上、ああだ、こうだとは言い続けるのでしょうね。それがまた性というべきものなのか、これまた仕方がありません。「バカは死ななきゃ治らない」といわれますが、私はあの世でも、おそらく遍照金剛なんとかで、私の語る「システム」論談義をしていれば、これは最高だと、今から楽しみにしています。ごめんなさい、こんな言い方しかできないことを。デリカシーが欠けていますね。今のこの日本社会の状況を鑑みれば。ごめんなさい。

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