日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

比較政治学で「民主化」測定の「物差し」として採用されてきたR・ダールの「ポリアーキー」(概念)に欠落した問題視角とそれによって隠蔽され続けてきた「幸福な結婚」論と「憲法愛国主義」論の問題点

2021-01-07 | 日記

比較政治学で「民主化」測定の「物差し」として採用されてきたR・ダールの「ポリアーキー」(概念)に欠落した問題視角とそれによって隠蔽され続けてきた「幸福な結婚」論と「憲法愛国主義」論の問題点

(最初に一言)

今回の拙論の引用箇所は、第Ⅰ章の1である。前回記事で引用解説した拙論と同じく、今回の内容も、私にとって非常に大事な箇所である。願わくば、何度も何度も読み返してほしい。

(拙論の引用始め)

第Ⅰ章 中国の「ナショナリズム」と比較政治学の「民主化」研究

1 中国の「民主化」を測定する「物差し」の問題点

                     (一)      

さて、これから以下において、中国の関税自主権回復運動、治外法権撤廃運動の展開をとおして見えてくる、ナショナリズムの主たる構成要素である、国権と民権の「幸福な結婚」(論)(3)に潜む問題を、換言すれば、「憲法愛国主義」や「ポリアーキー」(4)または「(自由)民主主義」や「市民的自由」の実現を「正しい軌道」として提唱してきた比較政治学の「民主化」研究がこれまで抱えてきた問題を考察していこう。その問題とは、「幸福な結婚」を実現したとされる国か、たとえば、イギリス、フランス、アメリカに代表されるいわゆる「市民革命」「産業革命」の「二重革命」を実現した国が、なぜそうした「革命」の実現をアジアやアフリカ、ラテンアメリカ諸国(諸地域)においては許そうとしなかったのか。それどころか、そうした諸国を自らの植民地、従属地として囲い込んでいったのか、という問題である。
 なぜ筆者がこの問題に拘泥するのかといえば、これまでの筆者の研究において何度も指摘してきたように、それはたとえばイギリスとインド、あるいはイギリスとアイルランドの歴史を少し垣間見ただけでも分かることである。(5)ここではとくに、民主化研究の観点から筆者がどうしてもこだわらざるをえない理由に関して、イギリスと中国の関係を念頭において、言及しておきたい。

                    (二)

比較政治学の民主化研究では、中国の「民主主義」実現の歩みを語る際、イギリスにおける「民主主義」実現の歩みを測る「物差し」と「同じ」物差しが、当然のように使われている。別言すれば、中国の「民主主義」に向かう歩みを測る物差しは、かつて中国を侵略し、半植民地状態としていたイギリスの民主化を測る物差しと同じである。そこで語られているのは、イギリスがどのようにして国権と民権の「幸福な結婚」を実現していったかということにほかならない。民主主義の実現の歩みは、相当に時間を要するし、市民革命を実現したから、選挙権の拡大がおこなわれたからといって、それでめでたく終了とはならない。その歩みは、当然ながら、歩みであり、過程である。ここで大切なのは、ポリアーキーに向けての歩みを測定する物差し(「公的異議申し立て」と「参加」)には、本来ならば当然の前提として、国権の歩みが包含されているということである。
もっとも、すぐ以下でも述べるように、R・ダールのポリアーキーの図式ではそれは含まれてはいないのである。この点を銘記しておかなければならない。「幸福な結婚」論や「憲法愛国主義」、あるいは「正しい軌道」は、そうした点を理解した上で議論されなければならない。つまり、そのことの意味は、イギリスの民主主義実現の歩み(すなわち民権の歩み)は、国権の歩みと切り離して語れないということである。ところが、ダ-ルのポリアーキー論は、国権の歩みと切り離されて、つまり両者の関係を共時的に捉えて位置づけないままに、各々独自の次元で語られていることを確認しておく必要がある。
たとえば、それは以下のくだりにも垣間見ることができる。すなわち、ダールは一方において、ポリアーキーのために求められる条件について、「政府が、長い期間、政治的に平等とみなされている市民の要求に対して責任をもって応えつづけるためには」、すべての市民に対して「民主主義にとって欠くことのできない三つの必要条件」が与えられなければならない」とみながら、他方において、「次に、これら三つの機会が、現在の国民国家を構成している多数の民衆の間に存在するためには、社会の諸制度が、少なくとも8つの条件を満たしておかねばならない」(6)と指摘しながら、そこから先の「公的異議申し立て」と「参加」の二つから構成されるポリアーキー概念を導くのである。ここには、あらかじめ国民国家が民主化の前提として想定されていることに留意しておかなければならない。すなわち、国権と民権の相互の共時的関係を問うことができない論の展開である。私たちは、ダールによるこうした前提に対して、やはり問い直さなければならないのではあるまいか。すなわち、そこで前提にされている国民国家は、それでは、どのようにすれば、実現できるのか、という問いである。
              
                    (三)

さらに、ここで非常に厄介なのは、イギリスの国権の歩みを語る際、イギリス「一国」に限定して語れないし、語ることができないということである。国権の、すなわち〈国造り〉の歩みには、イギリスの「衣・食・住」を充足していく営為が含まれている。イギリスがその営為のために必要となる国民経済をつくる上で、先のアイルランドやインドとの関係は切り離せない。さらには、アヘン戦争以降の中国との関係は、イギリスの国民経済を語るとき、重要な位置を占めている。この関係を、アイルランド、インド、中国の側から見直すとき、どうなるのだろうか。それら諸国は、イギリスにより、植民地、従属地としての地位を押し付けられていくことから、そこでは国権の歩みは、最初は国権(主権)回復運動(治外法権撤廃や関税自主権回復運動)の歩みとならざるをえないのだが、ある期間、絶望的な状態となるのは必至である。そのことは、アイルランドやインドそして中国においては、国権の歩みを前提とした「民主主義」実現の歩みを許さないことを意味している。逆に言えば、イギリスは、アイルランドやインド、中国における国権の歩みと民権の歩みを阻止、阻害しながら、自国における国権と民権のバランスの取れた状態(幸福な結婚)を実現することが可能となる。ここには、国権と民権の歩みが、両者それぞれ共時的に相互に関係していると同時に、「一国」を越えて、二つ以上の諸国や諸地域との「関係」を前提として展開していることが示されているのである。これはいったい何を物語っているのだろうか。

                   (四)

ところで、筆者の見る限りでは、中国の民主主義を語る研究者は従来ほとんどすべてといっても過言ではないほどに、「幸福な結婚」論や「憲法愛国主義」、「ポリアーキー」、「(自由主義的)民主主義」を、「民主主義」実現の歩みを測る際の「物差し」として採用している。(7)そのことは、すぐ上で述べたイギリスとアイルランド、イギリスとインド、そしてイギリスと中国との間に見られた国権と民権の「関係(史)」を、結局は「正当化」してしまうことを意味しているのではないか。すなわち、イギリス、フランス、アメリカを始めとした先進諸国の帝国主義(植民地支配)を不問に付してしまうのである。民権の歩みは、帝国主義と矛盾しないばかりか、むしろ車の両輪の関係にあることを筆者の普遍主義に関するモデルは端的に示しているのである。そのことは、アイルランド、インド、中国における国造り(国家建設)が、ある時期(かなりの期間だが)、イギリスによって、「差別」、「排除」されることを許してしまう、当然のこととして正当化することにならないか。それは同時に、民主主義の実現の歩みを測定する「物差し」に、差別や排除を、当然のこととする関係が、組み込まれていくことを、意味しているのではないだろうか。
 筆者は、拙著や拙稿においてこうした問題を考察してきたのだが、もし筆者の診断どおりだとすれば、イギリスによって、永い間にわたり、「国造り」の歩みを妨害され続けてきた中国の「民主主義」実現の歩みを測定する際に、中国研究者が、ここで筆者が論究してきた、その「物差し」を使い続けているとしたとき、筆者は彼らとその研究に対して、どのように向き合えばいいのだろうか。(8)彼らが、筆者の見方に対して、「いや〈民主主義〉はベストではないし、ベターであり、またそれに代わるものが現在ない以上、たとえ問題があっても仕方がない」云々というとき、その民主主義を「自由主義的民主主義」として理解しているのではないか。またたとえ問題があってもという際の「問題」なるものが、先にみたイギリスとアイルランド、イギリスとインド、イギリスと中国の「国造り」の「関係」における「問題」であるとしたときに、それでもそうした「差別」や「排除」に対して「仕方がない」と言い放つのみで満足できるのだろうか。現実世界のことはいざ知らず、研究上の問題として位置づけ考察するときには、やはり物足りなさを感じてしまうのは、筆者一人だろうか。いずれにしても、またまた厄介な問題に直面す事態となってしまった。
(以上、今回の引用、終わり)

(最後に一言)

第1章の小見出しが今はわからないので、また後で追加しておきたい。最初においても述べていたように、今回記事の引用箇所は、私がこれまでずっと考え続けてきた内容である。私からすれば、比較政治学を始め政治学研究者の民主主義・民主化理解には重大かつ深刻な陥穽が見い出せるのだが、これまでそれが不問に付されてきたのである。その理由は今さら言う必要もないだろうが、私にはやはり辛すぎる現実である。だが、生きている限りは、その現実と向き合い、それを告発し続けるのが、「システム人」の私に与えられた役割なのだから、甘受するしかない。

(今回は、ここまで)


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