虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

親のコンプレックスと子どもの困った行動

2017-01-10 18:25:49 | 機能不全家族・アダルトチルドレン
 
 
母は、私が物心ついた頃から、子育てに悩む人でした。
その悩みの8割が妹の素行、2割が私のぜんそくです。
 
それで、家には図書館で借りてきた、「母原病」やら「親業」やら育児に悩む親のための本が、何冊も積んでありました。
 
それで、私も小学校の高学年頃には、片っ端からそういう本に目を通すようになっていました。
 
ただ不思議なことに、母はそうした本を読むには読んでも、肝心な部分をすぽっと抜かして読んでいるような、自分の言いように歪曲して読んでいるようなところがありました。
 
それで、小学生や中学生時代は、私が母に本の内容を解説し、母が納得する…ということが、たびたびありました。
どうして母が、本を読んでもすぽっと抜けたり歪曲して解釈したりするのか、私には長い間謎でした。

母は子ども好きで優しい性格でしたが、私を評価する時と、妹を評価する時では、明らかに基準がちがいました。
母は私の事となると、きちんと現実を見ていないところがあって、1から10まで良い様に解釈していました。
 
私の内気なところは、おとなしくていい子だ、と言い、友だちが少ないと、この子はひとりの友人を大切にする、と言うような調子です。
 
一方妹の場合、活発で友だちが多いところに、気づいて褒めているのを見たことがありません。
 
時に妹は、強い愛情深い性質が溢れるようなところがありましたが、母は「この子には困った」というばかりです。

どうしてなのか、なぜなのか、私にはよくわかりませんでした。
何度、母にその疑問をぶつけてみても、他の事なら何でも親身になって聞いてくれる母が、その部分だけまるで見えない聞こえない人のように、感じられたものです。
 
母が妹をかわいがっていなかったか…?と言うと、そうでもなくて、母は妹が駄々をこねるのに根負けして、たびたび妹にだけ高価なおもちゃを買い与える時がありました。
 
駅前の店のショーケースに飾られていたピンクのうさぎのぬいぐるみもそのひとつでした。
 
私は、そのぬいぐるみを目にするたびに、うらやましくて頭がぼーっとするほどだったのですが、母はそんな私を指して「この子は欲のない子で、何か欲しいとわがままを言ったことがないんですよ。この子は、本当にいい子なんです。」と知人に説明するのです。
 
私には確かに、物への執着が薄くて、流行に疎いところがありましたが、それでも目の前で妹におもちゃを見せびらかされるともう欲しくて欲しくてたまらなくなって、夢にも出てくるほどでした。
 
 
 
けれど、母が裏表のある複雑な性格だとも思えませんでした。
というのも、母は純粋な少女のまま大人になったようなところがあって、他人の陰口をたたいたり、嫌味を言ったりすることは、まずなかったからです。
それでも、普段、非常に寛大な判断を他人にくだす母が、なぜか妹にだけは、ちょっとした反抗に腹を立てたり、することなすこと悪く解釈してみたり、かと思うと、
「お母さんは○(妹)のことが、一番気にかかる。あの子を誰より愛しているのかもしれない…。」と、まだ子どもの私が傷つくかもしれない…と配慮することも忘れた様子でつぶやいたりすることは、何だかざわざわする不安を私の心に生じさせました。

私は、そんな子育てに悩み続ける母のもとで、子育て本やら、教育書やらを覗き見していたため、高校に上がる頃には、そうした興味がもっと深い意味を求める思いに変って、ユング心理学に関する本を熱心に読むようになっていました。

そうして、ユングの著書を中心に、そのお弟子さんたちの考え方や、他の心理学者たちの考え方に触れるうち、母と妹の不思議な関係の謎が、次第に自分に理解できるものに変ってきました。

母と妹の問題だけでなく、私が疑問を持ち続けてきたおびただしい問いが、心の中でストンストンと納得できるようになりました。

幼いときから、私の頭の中は次々湧き上がる疑問で満杯状態でした。

いつもいつも不思議に感じたことを考え続けているので、実際、とんでもなく物覚えが悪くて、小学校の先生が、「明日○○を準備してくるように…。」と命じた言葉なんかを、覚えていたためしがありませんでした。
目の前にあるものにしょっちゅうつまずいたり、身体をぶつけたりするどんくさいところも目立ちました。
そんなわけで、身の回りの世界はとても生きづらくて、困難な場所のように感じていました。

ユング心理学で扱われている「コンプレックス」というのは、単なる劣等感という意味ではありません。
客観的に判断できる事実とは異なり、事実と関係なく当人が気にしている…のがコンプレックスなのだそうです。

コンプレックスとは、世間一般の考えから外れて、こだわっちゃうこと…当人の意識の外…
すなわち無意識の中のこだわりと言えます。

「無意識の産物」であるコンプレックスは、その人の理性的な言葉や行動を邪魔します。
親切に言ってくれる人に怒鳴って返しちゃったり、自分の理想を他人に押し付けてしまったりします。

コンプレックスの原因はその人の体験と人生の中にあります。
しかし、コンプレックスになったのには、「思い出したくない、知りたくない、意識で自覚したくない。」と思える辛い経験がもとになっています。
ですから、自分で自覚するのは、難しいようです。

しかしこのコンプレックスを放っておくと、人生に暗い影を落とし、心の病にまで発展することがあるようです。

コンプレックスを克服するには、
「私はこんなこだわりを持ってしまう人間だ」と理解することと、
「だからしかたない」と妥協したり、
「でもこの場ではコンプレックスを抑えなくては」と努力したりすることが大切なのだそうです。

親の影響がコンプレックスを植えつける原因となる場合が、多いそうです。
親の過剰な期待や理想の押し付けが子どものコンプレックスを作ります。

有能な父と、父を慕って勉強を頑張る娘…といったほほえましい間柄も、父が娘の成績を褒め続けた場合「成績が優秀でない子は、褒められる価値も愛される価値もない」という娘の感じ方につながり、
娘の人生を困難にする父親コンプレックスを植えつける原因となったりするそうです。
そして、娘のコンプレックスは、「自分の能力以上の努力をしない人間」に反発して、激しい攻撃をさせ、人間関係を困難にさせるのだそうです。

親の子に与える影響大きいですね。

もし、この女性が、自分の人間関係を混乱させ、人生を破綻させかけているコンプレックスを克服して、豊かな人生を作ろうと思うなら、コンプレックスと向き合って、自分の人間観の偏りを修正し、「父親が自分のコンプレックスを生み出した」事実を受け入れなくてはならないようです。

このコンプレックスというキーワードは、それまでずっと謎だった母の不可思議な言動や物の見方を、私の理解できるものに変えてくれました。

長くなったので、次回に続きます。
→ 親のコンプレックスと子どもの困った行動 続き


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