上海事変17
中華サイドのターンです。
蒼天講の中核メンバーと洪古の父、天子、何故だか女官長までが小部屋に集まってひそひそと話している。
「軍法予備会議を止める手は無い」
洪古の父、老洪がはっきり言う。すでに引退した身の老洪にできることは限られている。
一方で蒼天講の若い世代では対抗するだけの力が無い。
星刻もきれいな事だけしてきた男ではない。その点は天子以外の全メンバーが確信している。そのどれが今回の予備会議で叩かれるのか見当も付かない。そもそも副官を務めていた周香凜でさえ全てを知ってはいない。おそらく証拠も捏造も向こうは用意しているだろう。
最初に部屋に入ったとき天子は人形のようにただ座っているだけだった。それが次第に変化する。
星刻が殺されかけている。対抗手段は無い。老洪が、洪古が、周香凜が、そして蒼天講の古株のメンバーがどうすることもできないと絶望の言葉を吐くたび、天子は最初小さく震えた。天子の震えが急に激しくなる。周香凜はなだめるように天子を抱きしめる。
連れてこない方が良かったが、今の天子は一人にはできない。
「シンク―シンク-死んじゃうの、殺されちゃうの」
不安定な天子にはいささかきつすぎる話である。
「いいえ、決してそんなことはさせません」
香凜は力強く答える。だが、彼女に打つ手があるわけではない。
天子の目には、つい数日前の記憶が焼きついている。
ぐったりと横たわる星刻、赤く染まった花びら。残月の姿。
「いや、いや」
天子は激しく首を振る。痛ましげに見つめるいくつもの視線。
その視線にひとつだけ違った色を感じて香凜は視線の主を見つめる。
女官長が、皺だらけの顔で見返す。
「臣下が天子様の処罰を覆す事はできません」
すぐに理解し返答できたのは老洪。
「さきに天子様が処罰してしまえば予備会議は不敬罪に当たり成立しないか、しかし」
それは天子の公式な勅命でなければならない。
だが、天子は過去に勅命を出した事がない。そもそも正式の勅命の出し方を知りもしない。
老洪さえも正式な勅命を受けた事がない。今の天子の3代前の天子から大宦官の傀儡と化していたためだ。
「わたくしは知っています。女官に成りたてのころ、天子様が最後に勅命を出された日のことを」
そこからは早かった。全女官に命令し、勅命に必要な広間を掃除する。後宮の老女達さえも協力した。50年も使われなかったそこは10センチも埃が摘んでいた。怒涛のごとき数日が過ぎた。青竜の間、白虎の間は見事に磨き上げられた。それから儀式の飾りつけをする。この準備にために女官50人が過労で寝込んだ。
さて、文武百官に呼び出し状を出して明日は勅命を出す日、ようやく香凜は大変な事に気が付いた。天子は3000人もの大人数に演説した事などない。それどころかそんなにたくさんの人を見たことすらない。幼い天子にいきなり勅命の発布などできるはずがない。
中華サイドのターンです。
蒼天講の中核メンバーと洪古の父、天子、何故だか女官長までが小部屋に集まってひそひそと話している。
「軍法予備会議を止める手は無い」
洪古の父、老洪がはっきり言う。すでに引退した身の老洪にできることは限られている。
一方で蒼天講の若い世代では対抗するだけの力が無い。
星刻もきれいな事だけしてきた男ではない。その点は天子以外の全メンバーが確信している。そのどれが今回の予備会議で叩かれるのか見当も付かない。そもそも副官を務めていた周香凜でさえ全てを知ってはいない。おそらく証拠も捏造も向こうは用意しているだろう。
最初に部屋に入ったとき天子は人形のようにただ座っているだけだった。それが次第に変化する。
星刻が殺されかけている。対抗手段は無い。老洪が、洪古が、周香凜が、そして蒼天講の古株のメンバーがどうすることもできないと絶望の言葉を吐くたび、天子は最初小さく震えた。天子の震えが急に激しくなる。周香凜はなだめるように天子を抱きしめる。
連れてこない方が良かったが、今の天子は一人にはできない。
「シンク―シンク-死んじゃうの、殺されちゃうの」
不安定な天子にはいささかきつすぎる話である。
「いいえ、決してそんなことはさせません」
香凜は力強く答える。だが、彼女に打つ手があるわけではない。
天子の目には、つい数日前の記憶が焼きついている。
ぐったりと横たわる星刻、赤く染まった花びら。残月の姿。
「いや、いや」
天子は激しく首を振る。痛ましげに見つめるいくつもの視線。
その視線にひとつだけ違った色を感じて香凜は視線の主を見つめる。
女官長が、皺だらけの顔で見返す。
「臣下が天子様の処罰を覆す事はできません」
すぐに理解し返答できたのは老洪。
「さきに天子様が処罰してしまえば予備会議は不敬罪に当たり成立しないか、しかし」
それは天子の公式な勅命でなければならない。
だが、天子は過去に勅命を出した事がない。そもそも正式の勅命の出し方を知りもしない。
老洪さえも正式な勅命を受けた事がない。今の天子の3代前の天子から大宦官の傀儡と化していたためだ。
「わたくしは知っています。女官に成りたてのころ、天子様が最後に勅命を出された日のことを」
そこからは早かった。全女官に命令し、勅命に必要な広間を掃除する。後宮の老女達さえも協力した。50年も使われなかったそこは10センチも埃が摘んでいた。怒涛のごとき数日が過ぎた。青竜の間、白虎の間は見事に磨き上げられた。それから儀式の飾りつけをする。この準備にために女官50人が過労で寝込んだ。
さて、文武百官に呼び出し状を出して明日は勅命を出す日、ようやく香凜は大変な事に気が付いた。天子は3000人もの大人数に演説した事などない。それどころかそんなにたくさんの人を見たことすらない。幼い天子にいきなり勅命の発布などできるはずがない。