上海事変16
(しばらくはごまかせるだろう。もともとゼロはずっと行動をともにしているわけではない)
こうなってみるとゼロの秘密主義がありがたくもある。
問題はその先だ。もしブリタニアが攻撃してきたら、一度や二度は撃退する自信が藤堂にはある。だが、撃退したから良いというものではない。その間に政治的根回しが必要だ。いかんせん黒の騎士団でそういう事ができるのは、ゼロだけなのだ。ディートハルトが多少できるようだが、彼は情報屋であり、政治家や指導者ではない。第一、ディートハルトは敵国人ではないか。能力以前に仲間が認めないだろう。
どうするべきか、どうするのが一番いいか。藤堂はとりあえずゼロの部屋に行ってみた。何か今後の方針や参考になる資料があればと思ったのだ。自分ひとりでゼロの不在あるいは消滅を抱えるべきか。あるいは誰かに伝えるべきか。普通に考えれば副官の扇には言うべきだが、はたして扇と自分でこの事態を乗り越えられるか。
ゼロが生存死亡、生きていたとしてもすぐに戻れるか否か、もしゼロを捜索するとしてもどの程度までゼロの行方不明を伝えるべきか。
千葉や朝比奈は信頼できる。しかし、それは部下として仲間としてであり、指揮官としては経験に欠ける。
こんなときに限ってあの緑の髪の女もいない。彼女はゼロとかなり深い関係らしいが、ゼロの失踪と関係しているのか。
深い思案を重ねて、それでもまっすぐに背を伸ばし歩く藤堂の耳にふと懐かしい音が飛び込んだ。
こんこんちきちんこんちきちん
それは祭囃子。土すらない人工島で、それでもここは日本だと高らかに謡う、喜びの音。
「祭りだ祭りだ、踊れ、踊って見送れ!」
底が抜けているほど、能天気に聞こえる玉城の声。
やれやれ、と藤堂は思う。だが、蓬莱島の移民達にはひとつの区切りとして必要かもしれない。藤堂は一緒に踊る気は無いが、とがめる気も無かった。
「すいません、藤堂将軍。玉城のやつ送り火をすると言っていたんですが」
副長の扇が向こうの角から顔を出した。
送り火と言うより盆踊りになっている。空き箱を重ねた舞台でドラム缶の太鼓を叩く。子供達がアニメ音楽に歓声を上げる。
「うまいな」
「え、あ、玉城はドラムをやっていてたから、みんなでいた頃に」
扇の目が過去を見る。ナオトがリーダーだった頃、カモフラージュをかねてよく演奏した。ブリタニア兵士の多い酒場で情報収集のためにやつらの曲を弾いた。
「扇、副長としての君に話がある」
何かあってからゼロがまたいなくなったことに放心されるよりも、むしろ話すことでゼロの失踪状態に慣らしたほうがいい。この扇は少なくともレジスタンスグループのナンバー2で、ブラックベリオンの後、捕虜としていつ殺されるかわからない1年を耐えた男だ。それだけの強さはあると藤堂は見た。
藤堂の部屋は私物らしいものが無い。軍人としていつ散っても後に憂いを残さないためかもしれない。
「座ってくれ」と言われて扇はどうしようかと思ったが、床に胡坐をかいた。たたみは無いがここは日本の部屋だ。
藤堂が正面に座った。無意識に扇はこの奇跡の武人に敬語を使うが、本来両者は同格である。
そして藤堂は語った。ゼロが消えたと。生死不明。消息不明。藤堂は持っている情報を全て扇にも伝えた。それは、自分が死んだときの保険の意味もあった。
「おそらく、今回の失踪はゼロにとっても予測外だろう」
「あのー、それあのときに似てませんか。あの島のときの」
扇が言いたいのはゼロ・スザク・ユーフェミア・カレンが何故だが訳のわからない力で飛ばされたことだろう。
あの時はCCがいて、ゼロの生存だけは保障した。と言ってもあの時点それを多少とも信じたのは扇ぐらいだったが。
「確かに、しかしあの島にまたいるという保障もない。」
「まずはニュースを気にしてみます。建物ごと消えたのなら建物ごと飛んでいるかもしれない。うまくいけばニュースに出ます」
「頼む」
意外なほど扇は落ちついている。あるいはまだ、今後の事を考えるところまでたどり着いていないだけかもしれない。
そのとき、部屋の外から大きな声が聞こえた。
子供の声、女の声、年寄りの声。それらが皆ひとつの言葉を熱狂的に叫ぶ。
「ゼロ、ゼロ、ゼロ!」
藤堂が窓から外の様子をうかがった。そこには祭りの余興のつもりか50人ほどがゼロの服で踊っている。
さすがに仮面はつけていない。もともと使い捨ての仮面は通気性が悪く、あまり被りたいものではない。
「あれは」
祭りの一角に一人のゼロがいる。このゼロだけは仮面をつけている。
一瞬藤堂はゼロが帰ってきたのだと思った。それほどにそのゼロのまとう空気は本物のゼロに似ていた。
だが、よく見ればすぐ別人とわかる。そのゼロは本物のゼロより10センチ以上身長が高かった。そして海風になびく長い黒髪。
「黎星刻、彼か」
藤堂のつぶやき、その時点でゼロからワンへの移行は決まった。
(しばらくはごまかせるだろう。もともとゼロはずっと行動をともにしているわけではない)
こうなってみるとゼロの秘密主義がありがたくもある。
問題はその先だ。もしブリタニアが攻撃してきたら、一度や二度は撃退する自信が藤堂にはある。だが、撃退したから良いというものではない。その間に政治的根回しが必要だ。いかんせん黒の騎士団でそういう事ができるのは、ゼロだけなのだ。ディートハルトが多少できるようだが、彼は情報屋であり、政治家や指導者ではない。第一、ディートハルトは敵国人ではないか。能力以前に仲間が認めないだろう。
どうするべきか、どうするのが一番いいか。藤堂はとりあえずゼロの部屋に行ってみた。何か今後の方針や参考になる資料があればと思ったのだ。自分ひとりでゼロの不在あるいは消滅を抱えるべきか。あるいは誰かに伝えるべきか。普通に考えれば副官の扇には言うべきだが、はたして扇と自分でこの事態を乗り越えられるか。
ゼロが生存死亡、生きていたとしてもすぐに戻れるか否か、もしゼロを捜索するとしてもどの程度までゼロの行方不明を伝えるべきか。
千葉や朝比奈は信頼できる。しかし、それは部下として仲間としてであり、指揮官としては経験に欠ける。
こんなときに限ってあの緑の髪の女もいない。彼女はゼロとかなり深い関係らしいが、ゼロの失踪と関係しているのか。
深い思案を重ねて、それでもまっすぐに背を伸ばし歩く藤堂の耳にふと懐かしい音が飛び込んだ。
こんこんちきちんこんちきちん
それは祭囃子。土すらない人工島で、それでもここは日本だと高らかに謡う、喜びの音。
「祭りだ祭りだ、踊れ、踊って見送れ!」
底が抜けているほど、能天気に聞こえる玉城の声。
やれやれ、と藤堂は思う。だが、蓬莱島の移民達にはひとつの区切りとして必要かもしれない。藤堂は一緒に踊る気は無いが、とがめる気も無かった。
「すいません、藤堂将軍。玉城のやつ送り火をすると言っていたんですが」
副長の扇が向こうの角から顔を出した。
送り火と言うより盆踊りになっている。空き箱を重ねた舞台でドラム缶の太鼓を叩く。子供達がアニメ音楽に歓声を上げる。
「うまいな」
「え、あ、玉城はドラムをやっていてたから、みんなでいた頃に」
扇の目が過去を見る。ナオトがリーダーだった頃、カモフラージュをかねてよく演奏した。ブリタニア兵士の多い酒場で情報収集のためにやつらの曲を弾いた。
「扇、副長としての君に話がある」
何かあってからゼロがまたいなくなったことに放心されるよりも、むしろ話すことでゼロの失踪状態に慣らしたほうがいい。この扇は少なくともレジスタンスグループのナンバー2で、ブラックベリオンの後、捕虜としていつ殺されるかわからない1年を耐えた男だ。それだけの強さはあると藤堂は見た。
藤堂の部屋は私物らしいものが無い。軍人としていつ散っても後に憂いを残さないためかもしれない。
「座ってくれ」と言われて扇はどうしようかと思ったが、床に胡坐をかいた。たたみは無いがここは日本の部屋だ。
藤堂が正面に座った。無意識に扇はこの奇跡の武人に敬語を使うが、本来両者は同格である。
そして藤堂は語った。ゼロが消えたと。生死不明。消息不明。藤堂は持っている情報を全て扇にも伝えた。それは、自分が死んだときの保険の意味もあった。
「おそらく、今回の失踪はゼロにとっても予測外だろう」
「あのー、それあのときに似てませんか。あの島のときの」
扇が言いたいのはゼロ・スザク・ユーフェミア・カレンが何故だが訳のわからない力で飛ばされたことだろう。
あの時はCCがいて、ゼロの生存だけは保障した。と言ってもあの時点それを多少とも信じたのは扇ぐらいだったが。
「確かに、しかしあの島にまたいるという保障もない。」
「まずはニュースを気にしてみます。建物ごと消えたのなら建物ごと飛んでいるかもしれない。うまくいけばニュースに出ます」
「頼む」
意外なほど扇は落ちついている。あるいはまだ、今後の事を考えるところまでたどり着いていないだけかもしれない。
そのとき、部屋の外から大きな声が聞こえた。
子供の声、女の声、年寄りの声。それらが皆ひとつの言葉を熱狂的に叫ぶ。
「ゼロ、ゼロ、ゼロ!」
藤堂が窓から外の様子をうかがった。そこには祭りの余興のつもりか50人ほどがゼロの服で踊っている。
さすがに仮面はつけていない。もともと使い捨ての仮面は通気性が悪く、あまり被りたいものではない。
「あれは」
祭りの一角に一人のゼロがいる。このゼロだけは仮面をつけている。
一瞬藤堂はゼロが帰ってきたのだと思った。それほどにそのゼロのまとう空気は本物のゼロに似ていた。
だが、よく見ればすぐ別人とわかる。そのゼロは本物のゼロより10センチ以上身長が高かった。そして海風になびく長い黒髪。
「黎星刻、彼か」
藤堂のつぶやき、その時点でゼロからワンへの移行は決まった。