わたしは、すきです
小さいころの天子は髪を梳かれるのも結われるのも嫌いだった。鏡に映る姿はいつも自分だけ違うから。
「なぜ、わたしはこのようなすがたをしているの?」
白い髪、赤い瞳、他に誰もいない。
問いに答えは無い。
返答はある。
宦官達は口をそろえて言う。
「天子様でありますゆえに」
女官達は困ったように視線を交わす。それから(しかたないわね)と言いたげな顔をして、朱王朝最初の天子、朱源天のお話をする。紅い瞳、白い髪の戦士が月の聖地より降り立って中華を統一するおはなし。天子にはおはなしが信じられない。だって、話してくれる人が誰もおはなしを信じていないから。
天子がむずかりあやしきれなくなると、面倒になった女官達はある下級官史を呼ぶ。
黎星刻、本来天子と直接言葉を交わせるような生まれではない。だが、大宦官の第1人者たる
高亥が手元においているゆえに、連絡役として重宝されている。
もう日も高いのにいまだに乱れたままの髪をしている天子に星刻は小さな櫛を手に白絹の髪を漉いた。さらさらの心地よい手触り。天子の髪は癖がほとんど無い。
黄金と朱玉に縁取られた鏡がうつすのは星刻のつややかな黒髪。天子の白い髪。
「しんくー」
「はい、天子さま」
「どうしてわたしだけこの姿をしているの」
その疑問を天子は初めて星刻に問う。
しんくーは答えてくれる?
鏡の中、珠玉の瞳が揺れる。
髪を漉く星刻の手が止まる。星刻は女官達から言われていた。もし、天子様が問うなら朱源天のおはなしを答えよと。
しかし。
それは彼女の聞きたい答えではない。
「わたしはすきです」
えっ?
鏡の中の揺れる瞳が止まる。
「天子様の髪も、瞳も」
さらり、櫛を手放して、星刻の指が直接に天子の髪を漉く。
止まっていた天子の瞳が大きく見開かれる。
「わたしもすき。シンクーの髪」
勿体ないお言葉と答えようとして星刻は固まる。
天子の小さな手が鏡の中の星刻の髪に触れている。
その手を離せなくて、星刻は動けなくなる。
「切ってはいや」
以後、黎武官は「軍人にあるまじき」とさんざん批判されても、髪を切ることは無かった。
小さいころの天子は髪を梳かれるのも結われるのも嫌いだった。鏡に映る姿はいつも自分だけ違うから。
「なぜ、わたしはこのようなすがたをしているの?」
白い髪、赤い瞳、他に誰もいない。
問いに答えは無い。
返答はある。
宦官達は口をそろえて言う。
「天子様でありますゆえに」
女官達は困ったように視線を交わす。それから(しかたないわね)と言いたげな顔をして、朱王朝最初の天子、朱源天のお話をする。紅い瞳、白い髪の戦士が月の聖地より降り立って中華を統一するおはなし。天子にはおはなしが信じられない。だって、話してくれる人が誰もおはなしを信じていないから。
天子がむずかりあやしきれなくなると、面倒になった女官達はある下級官史を呼ぶ。
黎星刻、本来天子と直接言葉を交わせるような生まれではない。だが、大宦官の第1人者たる
高亥が手元においているゆえに、連絡役として重宝されている。
もう日も高いのにいまだに乱れたままの髪をしている天子に星刻は小さな櫛を手に白絹の髪を漉いた。さらさらの心地よい手触り。天子の髪は癖がほとんど無い。
黄金と朱玉に縁取られた鏡がうつすのは星刻のつややかな黒髪。天子の白い髪。
「しんくー」
「はい、天子さま」
「どうしてわたしだけこの姿をしているの」
その疑問を天子は初めて星刻に問う。
しんくーは答えてくれる?
鏡の中、珠玉の瞳が揺れる。
髪を漉く星刻の手が止まる。星刻は女官達から言われていた。もし、天子様が問うなら朱源天のおはなしを答えよと。
しかし。
それは彼女の聞きたい答えではない。
「わたしはすきです」
えっ?
鏡の中の揺れる瞳が止まる。
「天子様の髪も、瞳も」
さらり、櫛を手放して、星刻の指が直接に天子の髪を漉く。
止まっていた天子の瞳が大きく見開かれる。
「わたしもすき。シンクーの髪」
勿体ないお言葉と答えようとして星刻は固まる。
天子の小さな手が鏡の中の星刻の髪に触れている。
その手を離せなくて、星刻は動けなくなる。
「切ってはいや」
以後、黎武官は「軍人にあるまじき」とさんざん批判されても、髪を切ることは無かった。