金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

犯人はシン国人だ   housaku1025

2008-01-19 14:42:33 | 鋼の錬金術師
housaku1025

ジャン・ハボックの自伝とされている本より参照
第5章 馬が頭を使うときより
 
ジャン・ハボックは東方で馬の馬とあだ名されていた。別に悪い意味ではない。あのマスタングがハボックの運転にだけは一度も文句をつけた事が無く、送り迎えもほとんどハボックにさせていたからだ。
 さて、その馬だが今夜の彼はある貴婦人の寝室!を目指してある館の包囲網を突破しようとしている。 ことの起こりは10日前に金色の子供たちが誘拐された事に始まる。
 ハボックは警備員達に『通常の任務』を厳命した後、一人ずつ呼び出して襲撃された状況を尋ねた。一人ずつ呼び出すのは理由がある。警備員のほとんどが『いつもどおりの警備をしていたが何だか甘い香りを感じた後、急に眠くなって、後はたたき起こされるまで何も分かりません』と答えたからだ。こういうあいまいな記憶は、複数に同時に訊くとお互いの記憶を無意識に補足しあい、当人達も補足した記憶が正しいと信じてしまう。事故現場の目撃者にもよくある現象である。
全員に聞いた後、ハボックの頭にはこの館と庭の時間帯別地図が出来ていた。ガスは庭の南側のワイン蔵から広がった。最初に気が付いたのはデン。吠え始めて15秒後、警備員が南から北へ数秒のタイムラグで眠らされた。誰一人として侵入者の姿を見ていないとなるとデンが殺されたのは全員が眠った後である。
 問題がまず2点。敵がどうやってワイン倉まで侵入したか?そしてガスがほとんど拡散することなく庭全部に広がったか?
ハボックは火のついていないタバコを強く噛み締める。
少なくとも後者の疑問についてハボックはある仮説を立てていた。それを実証するのも難しくなかった。
「こいつに火をつければ、わかるか」
空気より重いガスを使っても多少の拡散は避けられないはずである。まして襲撃を受けた時間帯は風が吹いていた。しかし、警備員たちの眠ったタイミングから見てガスは密室に注入されたような動きをしている。本来なら半数が眠ってしまったとしても戦闘可能なものが50人はいたはずなのに。
「ラッセル、大将の事を考えたのが裏目に出たぞ」
愚痴る相手がいないまま、ハボックはつぶやいた。
後者の疑問の回答仮説は以下のとおりである。
ラッセルは出かける前に庭全体に結界を張ったのだ。
あの心配性の銀色坊やは大将の体調を気にしていた。庭の空気を室内と同レベルの安全度にするために空気に壁を作ったのだ。

入力者メモ≪この結界の原理はすでに失われた知識であり、今日の科学では再現できない。とりあえず古いアニメのバリアーみたいなものだと推測している。≫

「どうしてこううまくいかないのかね。あの坊やは」
ハボックはバラの木の脇で深々とタバコを吸った。紫煙は彼の仮説通りの動きを見せて、    やがて青空へと消えた。
「やれやれ、あっちもこっちも」
紫煙が青空に立ち昇っていく。つまり、今、結界が消えたのだ。おそらくラッセルの方にも何かあったのだろう。

緑陰荘の敷地内にいる間は、完全禁煙!を命じられている警備兵たちの前で堂々と1服した後、ハボックは館の中に入った。軍にも警察にも言えない以上、全ての事情をわかっている自分が探偵役をするしかない。ホークアイにすらうかつにもらすわけにはいかない。
(こういう頭脳労働は俺の管轄外だけどなぁ)
室内に荒らされた様子はない。犯人の遺留品も発見できなかった。期待が持てないまま指紋を採取したが≪指紋の技術は1874年以降確定している≫鑑定には軍がらみの施設を使うしかなくうかつに鑑定に出すわけにはいかない。
(軍に関わる連中は使えない。となると裏の仕事師を使うか)
軍に知られては困るから、軍がらみの連中は使うわけにはいかない。退役者でもリスクを考えるとうかつに使えない。彼らがマスタングを裏切る、そう考えているわけではない。だが、マスタングつながりの誰かが動くということ自体が、軍の目に留まりかねない。しかし、そうしてリスクを排除していくと、ハボックには手足になって動いてくれる手持ちの部下がいない。
ハボックはもともと当分田舎でリハビリ暮らしと思っていたのに、ひょいとセントラルに出る事になった。マスタングはジャーナリストをやれなどと言っているが、本気だとしてもハボックが独自の情報網や人脈をセントラルでつくるには時間が足りなさ過ぎた。
≪というより、この事件の後ハボックは本気でジャーナリストを目指し始めた。あるプロカメラマンに弟子入りし、元軍人のコネを活用し、軍関連のスクープで次第に名を上げていった。むろんマスタング組の有形無形のバックアップもあった。≫

手元に人材がいないときどうするか。今のわが国なら人材派遣業社を利用する。この業界の歴史は意外に古く江戸時代の口入屋(くちいれや)、ローマ時代の角屋(当時の人材派遣業)までさかのぼる。どこの国にも表社会用と裏社会用のこういう商売は存在する。
 ハボックが利用した裏の紹介屋はセントラルの繁華街の1画にある『5番街』という店だった。覚えていらっしゃるだろうか。この店はラッセルの出入りしている店であり、プライドがファーストの名で使っている巣穴の1つでもある。

 今回、ハボックが雇ったのは屈強な筋肉が自慢の大男と、もう一人は10代の少年である。大男にはハボック自身が動けなくなったとき車椅子ごと担ぐ役目を依頼し、少年には車椅子で入れない狭い場所で用件を果たしてもらう。完全に手足の代理であり、金で雇った期間以上の関係を持たない。
 
ハボックはまず緑陰荘から徒歩15分のオートメールの店に行った。看板にはバラの絵が描かれ、赤地に大きく金の文字で≪麗しのガーフィールの店 2号店≫と書かれている。看板だけを見れば化粧品店と間違えそうだが、ここは間違いなくオートメールの専門店。ウィンリィの仕事場である。
ハボックはここに入るのは気が重かった。だが、(黙っているわけにもいかないしな)。意を決して店内に入る。伝えないわけにはいかない。デンの死を。
ウィンリィはハボックが拍子抜けするほど静かにデンの死を聞いた。ハボックはたんにデンが死んだ事のみ伝えたので、自然死と思ったのかもしれない。ハボックのそんな考えをウィンリィは一言で否定した。
「それで、エドは無事だったの?」
ハボックはとっさに返答できなかった。デンの死について聞かれると思っていたらいきなり痛いところの核心を突いた。
(さすがは大将の幼なじみ。強いぜ)
しかし、事実を伝えるわけにはいかない。ウィンリィを疑うわけではないが、この店には軍人のオートメール使用者が多く出入りしている。真実を教える事により彼女を危険にさらす場合もある。
ハボックの返答を30秒待ってから、彼が答えられないのを見て、ウィンリィは質問を変えた。「デンは私に返してくれる?」

 デンはオートメールの店に裏庭に葬られる事になった。ウィンリィが墓穴に花を敷き詰める。葬儀に立ち会ったのはウィンリィとハボック、そしてブラックハヤテ号。デンの葬儀のための花を買いにいったウィンリィの上着のすそに、いつもはおりこうなブラックハヤテが食いついて離さなかった。まるで自分も連れて行けというように。花屋の女の子はウィンリィとラッセルがお友達と信じていた。 ・・・事実はまるで異なるが・・・ だからウィンリィにハヤテの散歩を頼んだ。おかげでハヤテはデンの葬儀に出る事が出来た。

ク―ン
ハヤテが鳴いた。いつも答えてくれたデンはもう何も言わない。
「デン、ありがとう」
小さいころから一緒に育ってきたデン。いつの間にかデンだけ大人になってしまって、それでも一緒に遊んで、いつも私達を守ってくれた。
デンの血はウィンリィに見せる前にハボックがきれいに拭いていた。だからデンはただ眠っているだけのようにも見えた。
クーン
またハヤテが鳴いた。ウィンリィがデンを花の上に降ろした。後は土をかけるだけである。
ハボックの横でいい子に座っていたハヤテが立ち上がった。そのまま穴の中のデンのところにいく。ペロリ。デンの鼻先をなめた。
ぺろぺろとハヤテはなんどもデンの鼻先をなめた。
「こら、ブラック」
ハボックがブラックハヤテ号を止めようとした。
「いいのよ。お別れしてくれるのね」
ウィンリィが淡い笑みをうかべた。
ペロリ、ハヤテが大きくなめた拍子に固く閉じていたデンの口が開いた。
ころり。
小さいものがデンの口から転がり落ちた。ウィンリィがそれを拾い上げる。
血に汚れた小さい石に見えるそれはまがう事なき真珠の粒だった。

もしや、まさか、やはり。
その小さいものが真珠であると確認したときハボックの中である事が確信になった。
手がかりが無かった誘拐事件、犯人の手がかりを掴んだ。犯人はシン国人だ。




犯人はシン人だ!

それを伝えた小さな真珠はハボックの手の中にある。
(最初からシンを疑うべきだった。だが・・・)
だが、なぜ、いま、大将を連れ去ろうとする?
エドをさらった犯人の目算として軍関係、ホムンクルス関係、マスタングに怨恨を持つもの達、青の団、金銭目的の誘拐団などあらゆる可能性を考えた。だが、結果が出てみればシン国。考えてみれば、お家の事情で動く彼らは一番怪しい存在だったのに。しかもシン国のヤオ家はリン皇子を通じてエドのことを始め、マスタング側の事情をよく知っている。それなのにシンをさらにはヤオ家を疑う考えは無かった。
なぜか。
エドがリンを信じていたからだ。ただそれだけだった。
(なぜ? なぜ、いま裏切る?)
エドがリンに持つ思い。なぜ、いま、それを裏切る?
緑陰荘に滞在し始めてから、ハボックはエドのお守り兼話し相手だった。
すっかり細くなってしまった腕を振り回しながら、〈後で、フレッチャーに怒られた〉対スカー戦を再現放送するエドは実に楽しそうだった。
『そのあと、リンが青竜刀1本で切り結んだんだ』
あの大総統と短時間とはいえ切り結ぶとは、しかも負傷者を抱えたままだ。
『戦闘力も相当だが、・・・』
このときハボックにしては珍しく言葉に出さないまま語った。
(あのときの大佐、あんたみたいなやつだ。リン皇子か。 バカ、だな)
エドがハボックと視線を合わせてにかっと笑った。
『女好きなとこもそっくりだぜ』
だれと、とは言わず、ほかに似ているところも声にはぜず。

だが、現実にエドはシン人に、いや、間違いなくヤオ家の手のものにつれさらわれた。


シンが絡んでいるとなると、この雇い人2人だけでは不足だとハボックは思った。
大佐が戻れば、この状況をどうするか?そう考えてハボックは慄然とした。焔の錬金術師が指揮官となってシンとの全面戦争。ハボックはあわてて否定しようとしたが、ありえない話ではない。軍事的に政治的にシンと戦争状態でないのはあの沙漠のお陰。もしそれを踏み越えて対決するとなると・・・。錬金術の歴史上最大の戦いとなる。シンとアメストリス、大国同士の戦争は世界の軍事バランスを大きく揺るがす。世界大戦の引き金になりえるのだ。
「だめだ」
ハボックは声に出した。後ろで車椅子を押していた少年が怪訝そうにのぞきこんだがハボックは気付きもしない。
何としてもマスタングの個人レベルの話で終わらせなければならない。
そして、東方の女神様のご神託がある。
『大佐はあの兄弟の事となると自分を見失うところがあるから』
そう、だから絶対に大佐が帰るまでにエドを無事に連れ戻さなければならない。
ハボックはため息をつかなかった。そんな暇はなかった。



エリナ 

2008-01-19 10:02:24 | 鋼の錬金術師

エリナ 
この話は時系列的には輝きの兄弟の時期の話ですが、独立色強いのでここでもぐりこませます。

マダム・ベラドンナには子供がいない。何度か妊娠したがいずれも出産まで持たなかった。手にすることができなかった子供の代わりという気持ちもあって、ベラドンナは姪をかわいがった。姪はまだ10歳だがすでに経済や経営に関心を抱き、ベラドンナは自分の後継者として期待していた。ただ、この姪には後継者として困った点があった。10歳にしてすでに大変な男嫌いであった。原因は実父母の夫婦仲。北部出身の父親は女を支配し隷属させるものとしか思っていなかった。
 姪の将来のために男性嫌悪は克服させた方がいい。ビジネスの相手は男が多い、そういう時に女の身を有利な要素として利用することもあるのだから。そう考えたベラドンナはある男を姪に会わせることにした。姪の父とは外見も精神も180度異なった男。女を支配するどころか、女が守ってやりたいと思う男。
『この子を守ってやらないと・・・危なくて見ていられない』そんな想いを抱かす男。繊細で可憐、華麗で怜悧。

年上の女が《弱くなる》年下の男の条件』とは、まず美しさ。新鮮さが立ち上がるほどの若さ。知性。豊かな感受性。
古代の詩集をめくっていたマダム・ベラドンナは上の文章に付け加えた。
私が守ってやらないと何をしているかわからない不安定さ。
これこそが最大の魅力


 ラッセルは博物館の入り口で女の子を待っていた。少しして高級車から降りたのはエリナ、マダム・ベラドンナの姪である。
「初めまして、レディ」
ラッセルはマスタング仕込みの完全な礼儀作法と天性の涼やかな笑顔で少女を迎えた。
少女の手を取り一人前の淑女を扱うかのように手に接吻しようとしたが、あっさり払いのけられてしまった。
(・・・まだ子供だから、恥ずかしいのかも)
ラッセルは好意的に解釈した。
『心のそこまで裸にされている気分になるわ』。有力なマダム達にそう褒められて、この時期のラッセルは自分の銀の瞳に自信を持っていた。
『あなたの瞳に映されて心溶かされない女はいないわ』
実際、この時期のラッセルは〈マスタングの天敵〉と呼ばれるほどだった。

「叔母様が案内をさせると言っていたけど」
あんたがそうなの?
少女は表情で続けた。
「はい、レディ・エリナ」
ラッセルは微笑む。ゼノタイム時代から鍛えてきた対女性用の優美な微笑だ。
しかし、少女は固い表情でラッセルを見た。ラッセルの身長が高いので見上げる形になるが、少女は心の中では彼を見下ろしていた。
博物館は昔の王家の城館を改装してつくられていた。巨大な城は出入り口だけでも10箇所あった。そして、とにかく広い。すべての展示品を見るためには10日はかかると言われている。
 ラッセルはしきりにエリナに話しかけたが、エリナは完全に無視した。そして2時間。
「歩き疲れたでしょう」というラッセルの言葉で館内のティールームでお茶の時間となった。実際にはエリナはちっとも疲れていなくて、疲れ果てたのはラッセルの方だが。
(懐いてくれないな)
マダム・ベラドンナに「姪っ子をお守りしてね」と言われて、エリサと同じ歳と聞いて何気なく引き受けたが、少女は少しも気を許してくれない。
(困った・・・いない!)
ほんの少しラッセルがよそ見をした隙に、少女はいなくなった。
一瞬、ラッセルは誘拐を疑った。しかし、ここの警備体制からいってその可能性は薄い。となると勝手に歩いているのだろう。
(ここは広すぎるし、小さい子が迷子になったら大変だ)
ラッセルはすぐ少女を探しに出た。そして1時間。少女は見つからない。
落ち着いて考えれば、下手に探しにいくよりも館内放送をかけるなり、その場にとどまって帰ってくるのを待つなりしたほうがいい。しかし、ラッセルは頭がいい割にこういう面では完全に無能者だった。

さて、エリナは別にラッセルを困らせようとしたわけではない。手前のコーナーの展示品を見たくなって、ちょっと行っただけだった。その間5分。戻ってみるとラッセルは消えていた。ティールームの店員に聞くと真っ青になって走っていったという。その方向はエリナが行ったのと反対に。
少女はラッセルよりよほど落ち着いていた。いざとなれば駐車場で待機している運転手のところに戻ればいいと考えた。だから、走って探しにいったラッセルが、すでに本人も迷子になっており、さらに迷子になっている事に気が付いてもいないとまでは考えなかった。
 
エリナは賢い少女だった。ティールームを離れなかった。そして1時間ラッセルは帰ってこなかった。待ちきれなくなったエリナは一人で展示を見ながら、ラッセルを探そうとティールームを出た。そして10分後、疲労困窮したラッセルがティールームで座り込んだ。

 エリナは歩いていた。1時間たってもラッセルとは出会えなかった。館内放送でもかけてもらおうかしらとエリナが思っていたとき突然ダーンと大きな音がした。
銃声?
その音を聞いた全員がそれを疑った。
ラッセルもその音を聞いた。情けない事だが、歩きすぎで疲れたラッセルはティールームの奥の休息室で横になっていた。
さすがにすぐ飛び起きた。
(子供が!)
最悪の想像が走る。
実際にはあの音は銃声ではなくて、車のバックファイヤーだった。
だがラッセルにそんな事が分かるはずもない。休息室を飛び出して少女を探す。
「エリサ!エリサ!」
名前を間違えている事にも気付かないまま少女を探す。
エリナもさっきの音に不安を感じていた。
だが、折悪しく警備員がいなくて尋ねることが出来なかった。
中世王宮コーナーの部屋に入ったときエリナはラッセルに出会った。
ラッセルはエリナを見ると一瞬、立ちどまり、それから走ってきた。すっかり青ざめて、硬い表情だったのでエリナはラッセルが怒っているのかと思った。
エリナの前まで来てひざを付いて彼女の視線に真っすぐあわせると、彼は小さい声で言った。
「よかった、会えて」
エリナは彼を見た。彼は、氷河湖よりも深く、クリスタルより透明な瞳に涙をうかべた。
「ごめん、不安にさせて」
エリナは思わず彼を抱きしめた。



数日後、マダム・ベラドンナは家に戻った姪っ子から手紙を受け取った。
そこには10歳にしてはしっかりした文字で、先日のお礼とマダムへの挨拶が書かれていた。
その挨拶の最後にこう書かれていた。
安心してください。叔母様の後は、ラッセルさまは私が守ってあげます。


マダム・ベラドンナは手紙をまじまじと見た。姪っ子の男嫌いを直そうとして、ラッセルに会わせたのは成功なのか失敗なのか。
ベラドンナは手紙に鮮やかに微笑んだ。アメストリスの花束(アメストリスで最も美しい女)の筆頭としての彼女がそこにいた。
「まだまだ負けないわよ。エリナ」
この日、叔母と姪は女として同じ位置に立った。

102-9日記より  housaku1024

2008-01-01 14:55:41 | 鋼の錬金術師
(いちばんたいせつなひとだから。だからこそ兄さんはぼくにエドさんを託したのに。それなのに、こんなことに)。昇りつつある月が兄の瞳に重なる。
『エドを頼む』
あの兄が一番大切な人を託してくれたのに。それなのに「ぼくは何も出来なかった」
フレッチャーは唇を噛みしめた。エドが起きているときには決して見せない表情。不安、あせり、後悔、恐れ。そういうマイナスの感情がフレッチャー・トリンガムの瞳を陰らす。
「にいさん」
つぶやく声は誰の耳にも届かない。
エドワードとフレッチャーは誘拐された。

「フレッチャーの緑陰荘日記」より抜粋および参照
〈守れなかった。兄さんが託していった人を〉
1915年12月28日の日記はこの一文で終わった。

1915年12月28日、少し遅めの昼食を終えた。
「な、お昼食べたからいいだろ」
エドワードさんが上目遣い(身長が僕より低いのでどうしてもこうなる)に見上げてくる。
外で遊びたいと言うのだ。遊ぶといってもせいぜい庭の中で愛犬のデンを散歩させるだけだが、ここで甘い顔をしてはいけない。一緒に暮らしてみてわかったことだが、エドさんは子猫みたいな人で一つ許すと次々にやりたいことをしたくなるのだから。(この兄を制御していたアルの偉大さがよくわかる)
お昼のメニューはシチューににんじんのすりおろしのゼリーよせ。離乳食みたいなメニューだ。消化力の落ちたエドさんに合わせるとこうなる。ご相伴した僕としてはもっとお腹にたまる料理が欲しいが、兄が戻るまでは毎食離乳食で我慢するしかない。
「だめです」
「ラッセルはいいって言ったし、」
「僕は兄とは方針が違います」
小声でつぶやいたエドさんにぴしゃりと決め付けた。

お昼が済んだら次はお昼寝タイム。
すっかり老犬になったデンもこの時間帯はいつも昼寝をする。だがこの日に限りデンは激しく吠えた。一度は横になったエドワードさんは起き上がってガラス窓越しに庭を覗き込む。
「デン、やけに吠えていますね」
「何かあったんじゃないか。俺見てくる。フレッチャーは危ないからここにいろ」
(あぁ、この人は)
エドさんの言葉に僕は思う。
(何があっても自分自身がどんなことになっていても『兄』なのだ)

『兄』の言葉に感動したからといってエドワードさんを簡単に外に出すわけにはいかない。
「いいですよ。内線で警備主任に訊きますから」
あっさりかわして電話を手にする。しかし、いつもなら3コール内に取られる電話を今日は10コールを越えても誰も出ない。
デンの吠え方が激しくなる。と、その声がぷつりと消えた。
(何かあった!)
そう思ったとたん背中にざわざわした感覚が走る。
〈このとき僕はそのざわめきを武者震いだと思った。だが、後に軍で正式の訓練を受けてからあのときの感覚は素人が暴力に感じる恐怖心だったと考え直した。この緑陰荘のなかで、僕は戦闘に対する唯一の素人だった〉
すぐ紅陽荘へのホットラインを手にする。だが。
「でない」
いつもならワンコールで取られるはずのホットラインがただ鳴り続けるばかりである。
すでに紅陽荘も制圧されたと見るべきだった。
ギャン
いちどとぎれたデンの声がいやおそらく断末魔の叫びが響いた。
その声を聞くなりエドワードさんは外に向かって走り出した。すぐさま僕はエドさんを追った。エドさんの生身の腕を掴みぐっと引き戻す。
「だめです。エドワードさんはここにいてください」

建物の構造上からも、エドワードさんの部屋は一番安全な場所を選んでいる。最悪の場合、建物の壁や天井を落として(壁の石は1.5メートルの厚さがある)エドワードさんの部屋だけを要塞化することもできる。だが、(僕には、出来ない)。
シリコン系の錬金術はアームストロング家のお家芸。アームストロング家の建築物には必ずこの仕掛けがあるそうだ。この仕掛けの使い方をマスタング准将はやり方を聞いただけでマスターしたそうだ。兄は何度か手を取って教えてもらって『たぶん出来ると思う』と言っていた。
しかし、ずっと治療に特化していた僕はまだとてもそこまでいっていない。

引き寄せたエドワードさんの腕を手早くベッド柵に縛る。有無を言わせずオートメールの腕も縛る。もちろん縛る位置は両手を打ち鳴らせない位置を選んでいる。
あんまりな扱いに口を開けても言葉が出てこないエドワードさんに僕は言う。
「ごめんなさい」
「お前、言う事とやることが違いすぎだ」
「ごめんなさい」
もう一度僕は言う。
さっきは立ったまま、今度はひざを突いて、エドワードさんを見上げて。
こうすると、小さいころのように『兄』を見上げることになる。
「僕、エドワードさんには一番安全でいて欲しいから。だから、ここにいてください」
声が震えた。必ずしも芝居ではない。頼りになる人が誰もいない不安感が僕を追い詰めていた。
言い終えると同時に僕は走り出した。もし、『兄』としてのエドワードさんの声を聞いたら決意が鈍って動けなくなると思ったから。
マスタング准将の部屋に入る。ここには銃がある。
(両手で持って引き金を引けば弾が出る)


正式に習ったことは無くても、軍事国家のアメストリスでは子供でも銃の撃ち方ぐらいは知っている。といってもこのときのフレッチャーはかなり動揺しており、自分の手にした銃の銃身には鉛が詰めてあり、使えなくしてあることにまるで気付かなかった。


(これはひとをころしたりおどしたりするどうぐ。でも、今はこれが大事な人を守るためにいるんだ)
僕の手に、銃は想像していたよりずっと重かった。


銃を握り締めて外に飛び出した。
〈なぜ得意技の錬金術を戦いに使おうとしなかったのかと疑問に思われる方も居るだろう。ラッセルも昔のエドも使っているのだからと。しかし、錬金術を戦闘時に用いるにはそれなりの訓練や慣れが要る。フレッチャーの立場では錬金術を使おうとしなかったのは賢い判断だと評価していい〉
冬バラが咲き誇る庭は一見何の異常も無い。
(   ?何も無い。でも電話がつながらなかったしそれに、あ、デン!)
つるバラの根元にデンが倒れていた。口もとが血にまみれている。
デンの歯はもう数本しか残っていない。わずかな牙でエドワードさんの敵に立ち向かったのだ。
(デン、あとは僕が、あの人を守るから)
デンの死因を確かめる暇もなく、僕は周りを警戒した。
ふと甘い匂いをかいだ。甘い心をとろかしてしまいそうな、有機溶剤に似た匂い。
(薬?毒ガス?麻酔?)
そのガスを吸ったのはわずかに一呼吸だった。
それでも次の1歩はもうふらついていた。
「にいさん」
とっさに口にしたのは兄の事。兄がいないのはわかっているのに。


入力者書き込みメモより 
結局、フレッチャー・トリンガムはその人生全てが『弟』というキーワードで説明がつく。彼は『兄』のために父によってつくられ兄に守られ生涯をすごし、最期は四肢を失い正気を失った『兄』を心中に導いた。