金属中毒

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仲良く風邪をひく理由1

2009-03-13 22:12:12 | コードギアス
仲良く風邪をひく理由

千葉の指摘は正解であった。
昨夜、いや、時刻は夜明け前、男女は仲良く風呂場にいた。以下はその前後の事情である。

小さい頃の天子はよくむずかって女官達を困らせた。するとそのたびに女官達はある下人を呼んだ。
彼の名は黎星刻。その後彼は大出世して現在は中華帝国の大司馬である。地位が変わっても少しも変わりなく天子だけに敬愛と忠義を捧げている。
その日天子はまるで小さい頃のようにむずかってしまった。たいした理由はない。あえて言えば環境の大変化に心が風邪をひきかけただけである。思春期の女の子にはよくあることだった。
「御召し変えを」「ご入浴を」とうるさく言ってくる女官達にとうとう天子は「私は一人でいたいの。みんな部屋から出て」と命じた。大宦官達が権力を持っていたころはその程度の言葉さえも聞き入れてはもらえなかった。だが、今は天子が中華の支配者だ。女官達は潮が引くように引き下がった。
パンダのぬいぐるみを抱えて天子はベッドに座った。自分がとても横暴で、悪いことをしたような気がする。でもいやだった。一人になりたかった。
「しんくー、わたしね」
少しくたびれたパンダのぬいぐるみを話し相手に天子は自分の感情を整理する。
このパンダは士官学校に入る前に星刻がくれたものだ。いらい天子のベッドの住人になって彼女の秘密も悩みも全て聞いてきた。ちなみに名前をしんくーという。
「ねぇ、しんくー、明日は星刻も一緒にショッピングできたらいいのに」
明日は日本に行く事になっている。公式行事が終われば少しでも街を歩ける。
でも星刻は忙しいから、きっと無理だろう。昨日の昼過ぎに神虎で出かけたきりまだ帰ってこない。
このごろは一緒に食事もしてくれない。
「しんくーは私とずっと一緒にいてくれるのね」
天子はぬいぐるみを抱きしめてほおずりした。

夜、当番の衛士が扉を守り天子は寝室にこもっている。
でも天子は眠っていない。心が落ち着かなくて眠れない。
もう夜中を過ぎた。それでも眠れない。
寝台に座ってぬいぐるみと話している。
さすがに見かねた衛士が上級女官に天子が眠っていない事を告げる。
折り良く、星刻が日本から戻ってきた。上級女官は迷うことなく星刻を呼び出した。
地位や階級からすると大司馬を女官ごときが呼び出せるはずはないが、この女官は下人の頃からなにかと星刻の面倒を見てくれていた。もともと義理堅い星刻はすぐ飛んできた。そもそも天子様のこととなればこの男に否やがあろう筈はない。

「ねぇ、しんくー」
天子がぬいぐるみに小さくつぶやく。
「はい天子様、お呼びでございますか」
「しんっくー」
びっくりしたせいか発音が丸くなってしまう。
「おかえりなさい」
天子はぬいぐるみごと星刻に抱きついた。
「天子様、もうお休みにならないと明日の調印式がおつらくなります」
「ねむれないの」
星刻は手馴れた様子で天子の室内履きを脱がせた。
絹の靴下をそっとおろす。白い素足が弱めた明かりにすらまぶしい。
星刻の手が無意識にのどに触れる。
天子の足は小さい。20センチも無い。両方の絹の靴下をぬがせるとさくらがいをはめたような小さな爪が見える。
中華の女は,普通めったに足を異性に見せない。纏足の習慣からも解るように,中華において女の足は特別な感覚器である。
すあしになった天子の両足を星刻は片手の上に乗せた。
「爪はまだお切りしなくてもよいようですね」
星刻の指がガラス細工にでも触れるかのように天子の爪に触れる。
天子の全身がわずかに震えた。ぬいぐるみが彼女の手から離れる。
「おみ足が冷たくなっていますね。これでは眠りにくいでしょう。お湯に浸かられてはいかがですか。暖かくなればゆっくりおやすみになれますから」
「行くわ」
わずかに震える声で天子は答えた。ここにいるのは星刻なのに自分は何故こわいのだろう。

蓮花湯、朱禁城内殿の一角にある天子専用の温泉である。
星空が見えるので露天風呂のようだが、実は防弾偏光ガラスの温室構造で外から見る事はできない。
常に女官が数名待機しているが、星刻はその者たちを控えの間に下がらせた。
天子の髪飾りを外し、薄いショールを肩から下ろす。1枚また1枚ころもが無くなり、天子の身体は軽くなる。
衣とともに怖さが薄れる。ここには星刻がいる。何も怖くない。
見上げる空はまるで約束の日のように、降り注ぐような星空。
『永続調和の契りをかわす』
今より少し高い星刻の声を思い出し、天子の心はキュンと音を立てる。