金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

102の4

2007-06-17 00:26:54 | 鋼の錬金術師

102の4
片手を出して手招きした後、シャオガイはそこにとどまらなかった。
それもそのはず、あのおじさんが多少でも頭が回るならここにはあの大男が落ちてくる予定なのだから。
1 2 3 と数字を数えて10まだ数えなくてよかった。
重量物の落ちる音。大量の埃。砂。そして屋根材の石のかけら。
雨のように降り注ぐ。と表現したいところだが、砂漠地帯育ちのシャオガイにはそういう知識は無い。
ほこりを吸い込まないように手近の布を頭からかぶる。ちょうど古代神官のコーナーだったので神官服を剥ぎ取った。
その神官人形の隣に巫女の人形が薄いベールをかぶって飾られている。もともとほこりだらけだったが今の落下事故(では無いが)でさらにほこりをかぶっている。以前耳欠けがこの人形を気に入っていた。シャオガイは巫女の人形の誇りをそっとはらった。ふと見上げて人形の顔があのおじさんに似ていると思った。
青白い月の横顔。整いすぎて冷たく見える人形の顔。
この街の景気がよかった頃にゼラン人形工房に特注した高級品。
「あのおじさんなら・・・(この服を着せたら)絶世の美女に見える」
いたずらぼうずの顔をシャオガイはうかべた。さぁ、どう言ってあのおじさんを引っかけようかな。

この後の話は『砂漠の洪水』作戦としてよく知られている。芝居、映画、講談、小説などあらゆるメディアに利用され人気を博した。逆にそのために当時の正確な記録があいまいになっている。ここでは一応芝居の演目から紹介する。

「これ以上は無理だ」
どうやらこうやら屋根から博物館の建物の中に降りて来たラッセルの第1声は現状把握だった。
一応ドーピング薬で持たしてはいるが薬の効き目は長くて6時間。まして健康人でもつらい砂漠の中ではよくもって3時間だろう。
『降伏するか、交渉するかは好きにしてくれ』
シャオガイは今までここまで無責任な言葉は聞いたことが無いと思った。
次のせりふは芝居上シャオガイの名せりふとされた。
『全滅を』
ここでいったん幕間の休憩がある。
そして幕が上がると舞台中央に美女が一人。さっきまで真昼だったのに(笑)漆黒の空には満月が青銀の姿を見せる。
講釈師の声が入る。
闇に抱かれて輝く月よ。地上に降りたるはいかなる罪か。
鐘の音が入る。
効果音の馬のいななきや馬蹄の音が入る。
何十人もの大男達が美女に惹かれ、吸い寄せられるように舞台中央に集まる。
『白水!アクエリアス(水瓶座)の底を叩き割れ』
美女が月に向けて片手を挙げ命じるとと月はひび割れる。その空間からから何トンもの水が、舞台上では銀の布があふれ流れる。
巻き込まれ包み込まれる馬賊たち。
動かなくなった男達の上に銀のヴェールをまとった美女が立つ。
ヴェールを客席に向けて投げ落とす。するとラッセルが軍服姿に早変わりして立つ。
ここで背景幕が落とされる。
アメストリス軍の公式行事用の青い幕が現れる。
『シン国軍を倒した一番新しい英雄。ラッセル・トリンガム』
講釈師の声、大きく響く。

102の3

2007-06-03 16:10:12 | 鋼の錬金術師
102の3
まずは先制攻撃で1撃とばかりにラッセルは跳んだ。
狙いは目である。
どんな達人でも目だけは鍛えられない。これは古今東西の用兵家・達人が認める事実である。
したがってラッセルの狙いは間違ってはいない。間違っていたのは戦術ではなく戦略だった。
ラッセルは馬賊=敵と聞き即座に戦いを選んだが、戦わない方法もあったのだから。だがラッセルはそれを考えなかった。
そして個人戦闘家としてのレベルでも間違いはあった。当然敵も攻撃を予測していることを配慮していない。今まではそれでも勝ってきたのだが。
ラッセルは跳んだ。上空からの鋭い蹴り。今まで戦ってきたレベルの相手ならそれで倒せたはずだった。
確かに切れはいい。スピードも並みじゃない。俺以外の相手なら倒せるだろうな。とはトレーニングを見ていたハボックの弁である。
あいにくこの言葉をラッセルは聞いていなかった。
ハボックの考えでは蹴られるのを待っている必要は無い。上昇中のラッセルをわしづかみにして肋骨の1本も折れば勝負はつくのだから。

馬賊の青年は良く鍛えられていた。彼はハボックのテキストどおりの行動に出た。
両手を大きく広げ交差する。
両腕の間の空間にラッセルは捕らえられた。挟み罠に捕まった小鳥のように。小鳥は苦痛で激しく啼く。その鳴声が死を早く引き寄せる。

恐怖心。圧倒的な力に対する恐れ。普段は抑えているラッセルの感情が重石をなくして叫ぶ。
「ア!?ア、アアァ!」
馬賊は笑った。嘲笑ではない。単に笑った。その顔は体格から予測されるよりはるかに若い。むしろ幼い。日焼けしているのでわかりにくいが彼はラッセルより若かった。
(あの人、ひょっとして馬鹿かもしれない)
いったんは穴から逃げたシャオガイはこっそりと穴から覗いていた。体格差を考えれば、向かっていくのは無謀だ。それをあえてやるのは。
馬鹿か、あるいはよほど自信があったのか?
どっちにしても結果は同じだが。
どうするべきか。見た目は幼児でもシャオガイは11歳。まして異常な育ちのせいで年齢よりはるかに大人びた精神を持っている。精神年齢だけならエドを超えているだろう。
(今、この街で戦えるのはせいぜい30人。その中で銀時計持ちが2人。ただし、一人はすでに捕まっている。救助を求めようにも近くに味方はいない)
(大体ベイロンジュも戦いには向いていない)ベイロンジュとは白水の名である。アメストリス語にはこれに対応する発音は無い。この表記音も厳密には異なる。
(僕がやるしかないけどさー。もう少し自分の実力を把握していて欲しいなぁ。銀時計術師のレベルは言われているより低いんじゃないかな)
やるしかないと決めたけどシャオガイは無理をしない。第一無理したくてもこの幼児体型の身体では「できないもんね」
できることとできないことがある。人は生まれながらに同じでも平等でもない。それをシャオガイほど身にしみてわかっているものは この時代には他に一人しかいない。
(ま、やれることをしようか。やっちゃいけないこともやるかもしれないけど、それこそ-子供のやることーだし)
この街はもう死んでいる。いまさら壊しても何の問題も無い。シャオガイはそれを知っている。
僕はこの街のサイゴノ子供。

ラッセルは知らないが彼らがいるのは博物館の屋根の上。シャオガイは遊び仲間が生きていた頃見つけた玩具を使うことにした。大槍や弓。青銅の剣。古代の大鍋。
コドモのいたずらで、オトナが死ぬこともある。
それが現実に証明されるまであと数時間。

馬賊が交差した腕に力を入れればそれだけでラッセルは簡単に殺せる。だがなぜか馬賊は力を入れようとしない。
馬賊の青年は単純な世界に生きていた。一族の上の者にただしたがっていればいい。自分で考えることは必要なかった。
敵は殺せ。そう教えられていた。
しかし馬賊はもうひとつの掟にも縛られていた。 敵の女を手に入れるのは勝った後、上の者が分け与えるのを待つこと。
さらさらの銀の髪。透けるような肌。ヤギの乳より白い肌。これは最高の女。
馬賊はラッセルを女と確信した。女なのに戦いを挑んできたのはおかしいが、異国にはそういう女もいるのだろう。
完全に無色透明の瞳が見上げてくる。
「おまえ、きれいだな」
馬賊の言葉はラッセルにはわからない。ただその目の色に不快感を持った。
欲情の色。
ラッセルは強烈な嫌悪を感じた。
「離せ!」ラッセルは叫んだ。
強烈な命令形。むろん命令したからといって効くわけはないとわかっているが。
(え、?)
ラッセルは馬賊の両手の力が緩むのを感じた。とまどう暇もなく逃げる。すばやくしゃがんで両手の隙間をすり抜ける。
馬賊にとっては小鳥がリスになったようなものだ。
身軽さを利用してラッセルは屋根の上を走った。ゴールの目当てはわずかに見えた小さな手。その手が手招きしていた。
(フレッチャー!)
ラッセルは屋根の1画に走る間の3秒間、弟を追っているつもりだった。小さいころ迷子になった弟。エド達が去った後誘拐された弟。
自分は弟を助けるために守るために弟を追った。
屋根の状態を見たときラッセルは現実に戻っていた。
(ここは、なるほどそういうことか)
そのあたりの屋根の板には細かいひびが大量に入っていた。自分の体重でさえ屋根はわずかにきしんでいる。ましてあの大男なら。
(意外に頭が働くチビちゃんだ)
頭のよしあしは脳の大きさと完全には相関しない。シャオガイはそれを証明した。
ラッセルは微笑んだ。馬賊に向かって。昔よくしていた皮肉げな笑みではなく、ただ鮮やかに。
「捕らえたいなら、ここまで来い」
できるだけ抑えた低い声で馬賊を誘う。
馬賊は引き込まれるようにまっすぐ走った。
単純な彼の脳では処理できない感情に引き寄せられて。それは魔性に魅入られ自滅する男、自らも自滅を望む欲望。
めきっ、べきべきばき、ぎしぎし。屋根板がいやいやをするように大きく動いた。べしべしぃびびばりぃ。化粧の厚い女の肌さながらに屋根にひびが広がる。
最初の振動を足先に感じたときラッセルは跳んだ。あの大男と一緒に落ちる気は無い。
立ち上る大量の埃。それが収まったとき屋根の上にはラッセル一人がいた。
しりもちをついた状態で。
誰も見てないだろうなと左右を確認する。そしてギャラリーがいなかったことに安堵する。
崩れつつある屋根の上に降りるのは、足を挫く可能性が高い。こういう場合安定性のある姿勢が正解である。
理屈はわかっていてもラッセルは恰好を気にした。
足場を確認して上着の埃を掃い、まっすぐ立ってからようやく考えた。
(チビは無事かな)