はぐれ雲のつれつ゛れ日記

還暦が過ぎ、そろそろ人生を振り返る歳、日々の出来事や思ったことを、思いつくままに・・・。

東日本大震災被災地~山形城

2024-06-06 23:16:23 | 東北城巡りの旅

郡山の健康ランド「まねきの湯」を6時半出発、東北に来たら訪ねたかった被災地、2011年3月11日から13年経過したが、原発の影響で復興はまだまだこれからです。

始めに浪江町に入りました。

浪江町役場は廃墟となってました。

9時からの開館まではまだ早いので入らず。

自然放射能の数値は0,05~0,08マイクロシーベルト/hだそうだ。まだ風評被害で海産物の輸入禁止をしている国がある。

回りにはまだ住んでる人はいないが神社は復活している。

この家も震災遺構として保存する話もあるそうだ(パトロールしている人が言っていた)

震災遺構・浪江町立請戸小学校・・200円払って内部へ・・

二階の部分まで津波がきた。

一階は跡形もない

請戸は永遠なり、とか、陸自がんばろう、とか書いてありました。

南相馬市にさしかかるとちょうどこの日は「相馬野馬追」の本祭り、一度見てみたいこの祭りは戦国合戦さながらの迫力、コンビニの店員さんに聞いてみると予約してないと無理らしい。行列ぐらいなら見れるかもと言ってたが本祭りでは無理だ、交通規制もしてるし、ユーチューブで我慢しよう。

山形城に向かう途中、村田町にある道の駅では三宅義信の銅像がありました。この町出身だったのか。

東京オリンピックのヒーローだった。自分もよく重量挙げのまねをした。

山形城の歴史は、羽州探題として山形に入った斯波兼頼(最上氏初代)が延文2年(1357)に築城したことに始まります。その後、最上氏11代の最上義光によって城郭の整備が行われました。現在の二ノ丸の堀や石垣は、最上氏の後、鳥居忠政によって改修されたものと伝えられています。姫路城よりも広い全国有数の規模の平城は、昭和61年(1986)国の史跡に指定されました。

最上義光公

次に芭蕉の句「静かさや岩にしみいるセミの声」で有名な山寺(立石寺)に寄ってきました。

 

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