はぐれ雲のつれつ゛れ日記

還暦が過ぎ、そろそろ人生を振り返る歳、日々の出来事や思ったことを、思いつくままに・・・。

熊野古道、馬越峠

2020-05-03 20:55:23 | 熊野古道ウオーク

全国に出ている「緊急事態宣言」コロナウイルスはまだまだ拡大中で各自、不要不急の外出は控えるようにいわれているが

熊野古道はいいだろうと思い、友人と「馬越峠」を歩いてきた。

道の駅海山も閉まっている。駐車場とトイレは解放している。

天狗倉山(てんぐらやま)では休校中の地元大学生と一緒に集合写真、

青春真っ盛りといった感じで、ふざけたり、歌を歌ったり、3人ずつでカップルが出来上がってるんだろうか?

「一緒にみんなで撮りませんか?」と言ってくれた。オジサンでもいいの?と

今日は霞んでて景色はいまいち。

山頂は大きな岩の上

不動尊と行者の滝

尾鷲市に降りていくと面白い家がありました。はじめは奥にある家だけだったんやろな。ピザ窯があるみたい。

メルヘンチックな人なんやろか?

帰りに国道を歩いていたら、山頂で会った大学生が車から顔を出して手を振ってくれました。2台男女に分かれて・・

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熊野古道(伊勢路コース)ゴール!

2013-09-25 22:34:21 | 熊野古道ウオーク

世界遺産・熊野古道(伊勢路コース)をスタートしたのは、2010年2月27日。途中、1年ぐらいブランクがあったが、2013年、9月24日やっとゴールしました。^0^/ 長くかかったので感激はなかったな。でも今、ブログでそれぞれのコースを振り返ってみると、はっきり思い出します。精一杯生きた証しですね。わずか二十数日やけど・・・・。 熊野の海は台風の影響で波浪警報が出てた。 丸山千枚田を過ぎてカーナビを熊野本宮大社で検索してセットしたがこれがとんだ間違い。 「目的地まで九百・・・・キロ」といったはずなのに”無視” 山の中だし、ここは三重、奈良、和歌山の県境あたり、十津川村・・・ん!なんか変?時間もかかりすぎ? 車を止めて、人に聞くと地図を出してくれて確認、ここは169号線だった。168号線まで出ないといけない。 かなり時間のロスをした。 よく見たら、カーナビは東北にある「熊野本宮社」を目的地にしてた。 走りながらセットしたし、ちゃんと確認すればよかった。よく似た所があるんだねえ・・反省 本宮大社に車を駐車して、バスでスタート地点の「志古」に向かい、歩き始めたのは12時半だった。 5時間コースなので急いで歩いた。 茶店跡 沢で手を洗う 林道や山道を2時間近く登りつめ、やっと伊勢路コースと中辺路コースの分岐に出る。 ここからは快適な下り道 やっと視界がひらけ、国道に出る。 大鳥居 本殿は屋根の葺き替え工事が始まるらしい。 達成記念に”良い方に導く八咫烏のお守り”を買いました。 スタート時に買った、ダンロップのウオーキングシューズもご苦労さん。すべてこの靴で歩いた。 季節は秋の彼岸 帰りは遅くなるけど、寄りたかった「湯の峰温泉」の公衆浴場で疲れをとりました。(250円) 硫黄のニオイが漂っていた。 さあ今度は何処を歩こうか?・・・町歩きか?山歩きか? 西国三十三か所も行きたいし・・・? 四国八十八ヵ所は2か月かけて歩きたいな?仕事やめないと無理だし・・・・。 スイス、アルプス、マチュピチュ、シベリア横断鉄道・・・・・ お金が・・・・ついて来ない・・・・

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熊野古道(内宮~田丸)

2013-06-23 19:29:00 | 熊野古道ウオーク
熊野古道、伊勢路コースをスタートしたのは玉城町(田丸城址)からだった。
昔の道標に「くまのみち」とあるし熊野詣はここが起点だったのかも・・・?
しかし伊勢路コースは内宮までとなっている。
内宮~田丸間はまだ歩いてなかったので、昨日歩いてきた。

田丸城址内の役場に車を止め、JRで伊勢市駅まで行き、そこからバスで内宮までいった。バスはすでにぎゅうぎゅう詰めで外宮前で少し降りるがまた満員に・・・もう始発の宇治山田駅で満員になる。土曜日だったが伊勢神宮の人気はすごい。
内宮へは参拝せずに鳥居前から10時半スタートした。



おはらい町も抜けるとやっと人ごみも少なくなる。


猿田彦神社の横の「牛谷坂」を上り、古市へ・・




途中、「伊藤小坡(しょうは)美術館」に立ち寄り、約10分の紹介ビデオも見せてもらった。



=パンフレットより=
京都画壇の中心として活躍し、明治・大正・昭和を代表する女流日本画家。
明治10年(1877)に猿田彦神社宮司である宇治土公差貞幹の長女として生まれ、18歳で伊勢の磯部百鱗に入門。21歳で京都に出て森川曽文・谷口香嶠に師事し画業にいそしみ、昭和3年には上村松園と同じ竹内栖鳳の門下に。
高齢に至るまで画筆をとりつづけ、多くの名作を残しました。

長峯神社(天鈿女命(芸能の神様)を祀ってある)のところにあった神宮奉納白石


桜木地蔵

伊勢の山田奉行を勤めた大岡越前守忠相もこの地蔵を訪れ江戸町奉行に出世したという伝えから出世地蔵とも呼ばれている。
近年は武蔵川部屋の力士が毎年訪れることでも知られている。武蔵丸は幕下のころから毎年参拝して横綱になったことから出世地蔵の名が一段と増した。

今も営業している「麻吉旅館」




大林寺

左に見えるのは油屋おこんと孫福斎(まごふくいつき)の墓です。

油屋騒動=ウイキペディアより=

寛政8年5月4日夜、孫福斎が伊勢古市の油屋に立ち寄った。油屋は日本三大遊郭・古市の中でも特に大店で、部屋持ち遊女だけでも24人を数えたという。斎の相方(あいかた)になった遊女はお紺。しかし斎の座敷はおもしろくなかったのか、お紺は途中で呼ばれて他の客の部屋に移ってしまう。お紺に自分の席を去られた斎は、侮辱されたと感じて憤る。下男下女になんとかなだめられていったんは帰ろうとするが、玄関口で脇差を返されると、いきなり下女の一人に切りつけ、ついで下男にも切りかかった。狂乱状態に陥った斎はお紺を探して部屋に駆け戻り、目の前に現れた者を次々と切りつけた。

お紺はなんとか無事に逃げたが、結局死者2名、負傷者7名を出す大事件となった。逃げ切れないと覚った斎は、5月14日に自刃して果てた。

この事件は伊勢参りに来た参拝客によって瞬く間に日本中に知れ渡り、有名になったお紺を見ようとする客で油屋は大繁盛したという。またこの事件を題材に歌舞伎『伊勢音頭恋寝刀』(通称『伊勢音頭』)が書かれて評判となった。同作は現在でも上演回数の多い演目となっている。


古市を下りたあたりの「起矢食堂」で伊勢うどんを食べる。ここはテーブルが4席しかない小さな店だがわりと有名です。水森かおりとAKB48(2名)の写真付きサイン色紙が飾ってあった。

小田の橋


外宮前


小西万金丹

「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて萬金丹、それをのむ奴ァあんぽんたん」
江戸時代お伊勢参りの旅人に重宝された「伊勢の霊薬」として三百年間親しまれてきました。
現在は薬でなく、毎日の健康を維持する食品として幅広く親しまれています。 =小西萬金丹HPより=

今は欄干だけの「筋向橋(すじかいばし)」


神宮奉納花火大会準備が始まった度会橋付近


尾崎咢堂記念館にある全米桜の女王来訪記念樹2013年


最近の道標(ここで熊野道の表示が・・)


田丸に着きました。


ゴールの田丸城址


この後、多気の湯に行き万歩計をはずす。


熊野古道(伊勢路コース)もあと1日(志古~熊野本宮大社)を残すのみとなりました。


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熊野古道(丸山千枚田~本宮道~志古)

2013-05-06 22:30:17 | 熊野古道ウオーク
振り返ってみれば、前回歩いたのは2011年4月18日、あれから2年もほったらかしてた。

今回のコースは距離も長く、一泊しないと難しい地区だったのでつい先延ばしにしてた。バス路線がない、熊野、新宮川を境に三重県側と和歌山県でバス会社もちがう。

初日は車を志古(瀞峡ジェット船乗り場)の駐車場に泊めて、バスで新宮駅へ行き、新宮からJRで熊野市まで行き、熊野市からバスで千枚田・通り峠バス停まで行った。

こどもの日に出発、七里御浜にはたくさんの鯉のぼりが泳いでいた。


順調に熊野市まで行ったものの、千枚田までのバスは1時間50分待ち・・・10分前に出たばかり
交流センターで読書で時間つぶし・・


千枚田に着いてから日が暮れるまでいました。たくさんの写真マニアが高級カメラでシャッターチャンスを待っていた。
カメラ携帯で撮ってるのは私だけ・・・・?

















千枚田荘は閉鎖してたため、千枚田オートキャンプ場のバンガローへ車無しで泊まる。



コースは林道が多く、これといった見どころもなかった。



明倫小学校跡(明治9年~昭和45年)


楊枝薬師堂


新宮川(この橋から奥に見えるジェット船乗り場までがつらかった)


GPSでの軌跡(20キロぐらいか?)



万歩計の初日は「8377歩」二日目は「24834歩」でした。


短い脚でよく歩いたわい









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熊野古道(横垣峠~風伝峠~通り峠口)

2011-04-18 21:17:10 | 熊野古道ウオーク
日曜日は土曜に引き続き、熊野古道ウオーク。連続して行ったのは初めて。
というのも通り峠の近くには「丸山千枚田」がある。
そして今、田植えのシーズンを迎え、棚田には水が引かれてるだろうと思ってこの時期、見てみたかった。
次回通り峠を経て、丸山千枚田を散策するつもりだ。

二日間歩いたコースをたどってみた。(クリックで拡大)





途中、道に迷って行き過ぎてしまい、ルートがつながっていないところがある。この余分なウオークは気分的にも疲れる。
GPSは今回も軌跡をたどるだけでルートポイントの設定はしてない。(地図ルートをダウンロードできるGPSならいいけど)

峠は道しるべがあるけど、一般林道は何もないところが多いのでよく迷う。

通り峠バス亭に車を止める。


バスで横垣峠まで戻り、ここからスタート


途中、一部通行止めがあると事前にわかっていたが、藪漕ぎでもして通ればいいと思ってた。


でもどうってことなかった。通れた。








亀島の灯篭


棚田のある風景


上野の大杉



ゴール後、今度歩く通り峠付近まで車で行き、「丸山千枚田」を眺めた。


水が少ないのか、全部の棚田には水が入ってなかった。大小1340枚もの規模を誇る日本一の棚田景観です。
オーナー制で5月に入れば、都会から田植え体験を兼ねたイベントで賑わうらしい。
手植えしかできないから地元だけでは大変だ。


夏には虫送り行事があって千本以上の松明の火が・・。見てみたい。




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熊野古道(熊野市~横垣峠入口)

2011-04-16 22:08:23 | 熊野古道ウオーク
すっかり暖かくなって、今日も薄曇りの日だったが気温は20度になった。

久しぶりに熊野古道を歩いてきた。
残すところ、伊勢路コースは熊野本宮大社へのルートのみ、これからはバスしか利用できない。
しかも和歌山県との県境を歩くため、本宮大社までのバスが三重県側からは出ていない。
ゴール地点まで車で行き、そこからスタート地点までバスで戻る。バスも昼に乗り遅れると夕方まで無い。
最後のコースは一泊を予定している。

今日は手ぶらで携帯と財布とGPSのみ、これといった見所もなく舗装道ばかりを歩いた。山の中だが、木々も新芽を出し、田んぼも田植えの真っ最中だ。ツバメも飛んでいてカエルもないてきた。

産田(うぶた)神社 (さんま寿司発祥の地)とある。






ゴールの「なかよしステーション」で高菜漬けを買った(100円)

さっそく「めはりずし」?ではなく「高菜おにぎり」をつくった。


ハンディGPSも初の試み、今日歩いた軌跡をカシミールの「ウオッちず」に記してみました。



ちょっと画像が大きすぎた。
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熊野古道(那智駅~那智大社」~青岸渡寺~那智の滝)

2011-02-26 20:59:07 | 熊野古道ウオーク
一か月半ぶりに熊野古道を歩いた。
いよいよ熊野三山は残すところ、熊野本宮大社のみ。最後は究極の熊野古道大雲取越コースを行くか、それとも熊野市から丸山千枚田を通り本宮道を行くか、伊勢路コースならこちらだが・・。

朝8時に出発、那智駅に11時に着く予定がこの時期、道はあちこちで集中工事の片側交互通行、おかげで40分ぐらい遅れた。

補陀洛山寺から曼荼羅の道へ




尼将軍(北条政子)供養塔

市野々王子


枝垂桜,梅?も開いてきた


大門坂登り口


夫婦杉(樹齢800年)

近くで火を焚いていて煙がいい感じで木漏れ日を演出してくれた



那智大社

西国三十三霊場一番札所の青岸渡寺


三重塔


那智の滝(飛龍神社)



西国一番札所に参ったとき思ったこと、父も生前三十三か所を巡拝した。盆にはその時の掛け軸を掛ける。
自分も巡拝してみようか。
いつか四国八十八か所をと思っていたが、西国三十三霊場に決めた。
あのフォーク歌手の高石ともや、はマラソンで巡拝した。
早速、「西国三十三霊場納経帖」を1500円で買いました。これはもう行くしかないな


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熊野古道(新宮~那智)

2011-01-08 20:07:29 | 熊野古道ウオーク
三連休初日、久しぶりに熊野古道を歩きたくなった。
明日は区の総会と少し仕事だし、那智大社に初詣に行くにはもう1コース歩かなくてはならない。

早朝6時半に家を出る。矢ノ川峠では雪の降ったあとがあり、気温は-4度。ちょっとびっくり!
9時半に那智駅に着いた。(早すぎた)
10時23分発のローカルで新宮駅へ、10時50分スタート

浜王子(王子神社)

参考: 紀伊路は、平安中期から鎌倉期にかけて盛んに行われた法皇や上皇らの御幸ルートで、道筋には熊野権現の末社として九十九王子社が祀られていた。



海と線路の間の小道を歩く。
 





高野坂より王子ヶ浜を望む


金光稲荷神社


那智海岸


小狗子(こくじ)峠は風の通り道か?木がたくさん倒れていた。


那智海水浴場


浜の宮王子


 世界遺産 補陀洛山寺(ふだらくさんじ)


15時15分、那智駅に到着


隣の丹敷の湯(にしきのゆ)で疲れを癒した。風呂から海が見える。
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熊野古道(阿田和~熊野速玉神社~新宮駅)

2010-11-21 22:45:37 | 熊野古道ウオーク
とうとう熊野三山の一つ、熊野速玉神社に到達しました。

今日は友人と一緒に出掛けた。11時20分阿田和駅をスタート、はじめは国道沿いを排気ガスにまみれながら、七里御浜を眺めながら道の駅「紀宝町ウミガメ公園」へ
 

そこで寿司弁を買い、海を眺めながらランチタイム、波の音を聞きながら熱いコーヒーをすする。
 

横手延命地蔵

日本一小さい村だった旧鵜殿村を望む。

午後3時ちょうど、熊野速玉神社に着く。
 

 
御由緒
 熊野速玉大社は、熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮です。今から約二千年ほど前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と申します。

帰りに友が「宮川大助だ」というので「こんなところに一人で来るなんて」と、ちょっと疑ったが
近くの文化会館でお笑い芸人の公演があると聞いて確信しました。
八咫烏神社の右側で熱心に参拝してるところ、私は左側で参拝しました。


新宮城跡(正しくは丹鶴城址)
 
本丸より熊野川、三重県側を望む。


徐福公園(徐福の墓があったが熊野の波田須にもあったな)
  


4時、新宮駅に着く。よく歩いて疲れた。16キロぐらい歩いたよ。帰りはまたミカンを購入。
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熊野古道(浜街道・・熊野市~阿田和)

2010-11-13 22:38:51 | 熊野古道ウオーク
今回は、峠越えのないコース。
長い七里御浜を2つに分けて歩く、七里御浜を過ぎればいよいよ熊野三山のひとつ、熊野速玉大社にたどり着く。
熊野三山とは熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3つの神社で名のとおり、仏教的要素が強い。
那智大社への道は伊勢路ではなく大辺路になるが、三山を参拝して達成としたい。

熊野市駅を11時30分スタート、まずは獅子岩へ 


日本書記に出てくる、花の窟(いわや)神社
  
この神社には神殿はなく、巨岩を御神体とする日本最古の神社といわれている。

これより浜街道へ・・砂の上を歩くと大変なので堤防の上を歩く。 昼は、いなり寿司、巻き寿司、紅茶、蒸しパン、ミカン。
  

雄大な海にはロマンがある。
    

   

海ばかりでなく、花にも目がいく。
ハマアザミ ハハコグサ?

ツワブキ  ? 
 紀州ミカンは無人販売所で100円で買ったが、帰りにまた専売所で購入した。
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